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京都「光る君へ」旅

大河ドラマ「光る君へ」にすっかりハマっているもんだから、学生さんが開いた“紫式部と和歌”がテーマのワークショップにまで押しかけてしまった。新歓イベントを兼ねた企画だったのに、よくもそんな迷惑行為を。

まあでも、自分が学生の頃、サークルの活動で全国大会に行くと(全国大会にはエントリーすると予選なしに出場できた。競技人口が少ないため。だから「出ると」というより「行くと」の感覚)知らない中高年の方々も応援してくれたりして、それに対してわたしたちは「ああどうも」というフラットな気持ちでしかなかった。だから、今の学生さんたちもなんとも思わないはず。今回お邪魔するのは、わたしの母校よりはるかに名門なので、知らない人が寄ってくることにも慣れているはず。

そう自分に言い聞かせて新幹線に乗り、京都駅からは循環バスで京都大学前まで。このバス、八条口のすみっこから出ているのだけど、そのICカードは使えないとか、お釣りが出るとか、乗り方を教えてくれるだけの人がバスの前に立っていて、なんだか不思議だった。日曜の午後で大学や大学病院に行く人も少ないのに、この人はどこからお金をもらっているのだ。なんかありがとう。


京大吉田キャンパス

バス車内も降りてからも、静かなものだった。時間まで無人販売の京都大学新聞(1部100円)を買ったり、時計台記念館で雨宿りついでにガチャガチャを回したりした。2台あったけど2台とも野生動物の交尾写真を木板に印刷した「木ーホルダー」のガチャガチャだった。キリンのがかっこよかったのに、シークレット扱いのニホン○ルを引き当ててしまった。無念。

制作元の京都大学野生動物研究センターさんが公式サイトでボカしておられるので、こちらもボカしておくけどさ……

京大は母校と雰囲気が似ているので、人生で2回目なのに懐かしい気持ちになる。会場になった講義室も、自分が古の時代に授業を受けていたのとよく似ていた。イベントは2部制で、京大和歌学習会と京大日本史愛好会の共催。無料。正直、わたしの申し訳なさを軽減するため、何かしらを買わせてもらいたかった。

1部の発表は4回生の方。有料講演をやれてしまいそうに仕上がっていて、1時間予定のところをほぼ倍しゃべっておられた。高校の授業では“枕詞はただの飾りで意味がないので現代語訳にするときは無視してよい”と教わっていたけど、実はそうではなく、枕詞や序詞や掛詞などは、その和歌が詠まれた背景や文脈が、ちゃんと和歌から香るように用いられるのだ――ということを、主に「源氏物語」の作中歌から例を引きながら説明してくださった。

ワークショップで取り上げられた和歌のひとつ。「光る君へ」題字の根本知さんの仮名文字で(NHKが提供するWebアプリ「かなふみ」)

訳すときには意味がないとされるけど、詠むときに意味なくそれらが使われることはないという話(意味なく使われるとしたら、それは下手な歌なのだ。ということで、末摘花の歌を例に説明しておられた。末摘花さん……)。面白かった。源氏物語では登場人物たちが合計795首も和歌を詠む。わたしは和歌の鑑賞が長らく苦手だったけど、これから源氏を読み直すともっと楽しめる気がする。

2部は3回生のお二人。主に紫式部と藤原道長の贈答歌から、二人の関係性を読み解こうというものだ。お二人とも国文学専修で、解釈の進め方がアカデミックだった。その和歌に使われている語句を抜き出し、その語句を使って他に、どの時代にどんな人がどんな和歌を詠んでいるかをデータベースで調べて、そこから、この時代にこの人物が使うなら、こういう意味合いではないかと語釈する。その上で、幾通りか成り立つ和歌全体の解釈のうち、自分はどれを採るのか、感覚ではなく論理で決めていく。

わたしは「国語の読解問題ってナンセンスだよね」系の投稿をSNSで見かけるたびに、自分の利害や気分ありきでものを言う、なんだかだらしない言説だと思ってしまうほうだ。ひきかえ、お二人の論の進め方は清潔な感じがした。

お二人とも紫式部と道長が「光る君へ」のような恋愛関係だとは考えにくいということを、少し申し訳なさそうにおっしゃって、その気遣いも印象的だった。

でも「光る君へ」を大好きなわたしでも、そこは実際、全く気にならないのだ。“こうだったに違いない”ではなく、“こうだとしたら面白いよね”という二次創作っぽいドラマであることは織り込み済みで楽しんでいるので、ワークショップはワークショップで、こういう手順で結論を導き出すのだなあということや、和歌から垣間見える真実の(真実に近そうな)関係性が、ただただ興味深かった。

終わって講義室を出るとき、ドアの外まで発表者のお一人が送ってくださった。

七条のイタリア料理店

吉田キャンパスの正門を出て東大路通りに出たら、乗りたかったバスはすぐに来た。バスは京都駅方面で、最初がらがらだったけど、観光スポットに停まるたびに人を乗せ、ほとんど誰も降ろさないので、途中からはすし詰めに。ホテルのそばの停留所でちゃんと降りられるのかハラハラした。

目的のバス停に着いても、運転席横の運賃箱に車内からはたどり着けそうになくて「外から運賃払いに行きます!」と宣言して後ろのドアからいったん降りて前のドアから入ってPASMOをピッとやって降りた。これだけのことがわたしには結構なストレスになり、この後、今回の京都旅行でバスに一度も乗らなかった。

バス停からホテルまでの間に、晩ご飯を食べたい店になんとなく目星をつけておいて、チェックインして荷物を置いてすぐそこへ行く。店主さんらしき人が料理をして、あと感じのいい給仕役の人が一人いるだけの小さなイタリア料理店だった(The Kumachi)。カウンターの一番端に座らせてもらえて、もうそれだけで冷たい海から陸へ上がったような心地になった。さっきのバスのことがあって、例えば混雑のために入店を断られるとか、オーダーが通らないとか、滞在時間を短めに制限されるとか、“何かを他の人と取り合いになって心すり減る展開”を心配していたのだと思う。

赤海老が甘くて美味しい

泡、白、赤と1杯ずつ飲みながら赤海老とか雲丹とか、好物を食べられてうれしかった。わたしがお店に入ったときは常連っぽいお客さんたちが食べ終わるところで、わたしが一皿目を食べているときに英語を話すお客さんたちが入ってきた。向こうの人は晩ご飯の時間が遅い。

灯りがついている1階のほうのお店

お店を出るとき、忙しいのに店主さんらしき人が見送りに出てきてくれた。

廬山寺

翌日は紫式部や「光る君へ」にゆかりのスポットをいくつか巡ることにしていた。まずは御所の東にある廬山寺へ。紫式部の邸宅跡であり、源氏物語が書かれた場所。出町柳駅から10分歩く。Googleは清浄華院のところを通り抜けられるかのような徒歩ルートを提示してくるけど、実際には抜けられないので、大回りになってしまった。行く人、とんかつ屋さんの手前でもう右に曲がったほうがいいですよ。

「お貧しい」感まったくないよ

廬山寺、とてもよかった。貝合わせに屏風、百人一首、絵巻物など、さまざまな時代に制作された源氏物語アートが展示されていて、ものすごいメディアミックスっぷりだ。いかに源氏物語が愛されて、書き継がれ描き継がれてきたのか、時代を超えたみんなの熱狂が伝わってくる。わたしの推し女君である花散里が描かれたものも結構あって、体温が上がった。

また「源氏物語」中の花散里の巻※1にでてくる屋敷はこのあたりであったろうといわれております
※1・・・花散里とは源氏の心を安らげることの出来る女人でした。橘の香りの懐かしいその住まいに源氏が訪ねていったのは心の憂いさに耐え兼ねてのことでした。亡き桐壷院の女御のひとりだった麗景殿女御の妹であり、のちに源氏の子「夕霧」や後に出てくる「玉鬘」の養母となります。

廬山寺の公式サイト

源氏庭は今ちょうど、橘が小さな実を多くつけていて可憐だった。庭に降りることはできないけど、庭を眺めるための場所がしつらえてあって、そこに座っていると気持ちが穏やかになり、汗が引いていった。

写真中央の小さな木が橘。足元にこれから咲くであろう桔梗たち

有名な桔梗は6月末から咲くそうで今は全然。紫式部が暮らした家の庭を彩る花が桔梗で、「光る君へ」では清少納言が「ききょう」と名付けられているのだと思うと、咲いているところが見たくなる。写経もさせてもらえるようなので、夏に再訪しようかと思っている。

NHK京都放送局8Kプラザ

廬山寺からNHK京都放送局までは2.2kmだったので歩いた。寺町御門から御苑に入って、九條池で亀を見つけて(池に鯉より亀を探すのが好きだ)、間之町口から抜けて、あとは烏丸通りを南へ南へ。

紫に敏感になる

NHK京都放送局8Kプラザはその名の通り、大画面で8K映像が再生されている。わたしの目当てはその周りに飾られている「光る君へ」のキャラクター等身大パネルやアクリルスタンドなどだ。「光る君へ」ポストカードも収集(4種あって1人各2枚まで)。月曜の昼前にパネルを見に来るもの好きはわたしぐらいなので、アクスタをにやにや眺めた。警備員とマンツーマン状態なのでちょっと緊張する。

ガラスケース内のアクスタ。一条帝の笛を定子さまがラフな姿勢で聴くあのカット、美しかった。あと香炉峰のくだり、ききょうのドヤ顔が秀逸だった

NHK京都から京都BALまで、1.2kmなのでまた歩く。目的は無印良品だ。近畿各地をイメージした色柄の靴下を奈良で編み立て、地域限定品としてご当地でだけ販売しているというので、京都限定の靴下を買いたくて。CAFE MUJIで昼食を取って、いざ!と思ったら、なんと京都BAL店には置いていないということだった。京都市内の大きめの店舗なら置いてあるんだろうと思い込んでいた。京都駅直結の地下モール内の店にはあると分かったので、靴下を買うイベントは旅行の最後に回すことにした。

京都BALはちょいとイキッた感じのおしゃれ商業施設なのだが、出口によってはこういう通りに出るのが面白い。「たばこ」何回言うねん!

風俗博物館

とはいえ力が抜けたので、京都BALから風俗博物館まではタクシーに乗った。たまたまMKタクシーだったけど、やっぱり丁重。1400円。

風俗博物館は、ミニチュア好きにはたまらない施設だった。もともとは古代から近代までの日本の風俗・衣裳を実物展示していたそうなのだが、1998年から1/4スケールの寝殿模型と人形で源氏物語のシーンを具現展示している。

1/4スケールが思ったより“しっかり小さい”ところにぐっとくる。格子や御簾が上がっていて、廊下や次の間の向こうに女君が見える感じがとてもいい。

写真一番奥が紫の上

それに、今の展示には花散里がいるのだ。風俗博物館では入場チケットを買うと「お写真ご自由にお撮りいただけます」と教えてくれるので、思わず花散里さんを寄りで撮ってしまった。十人並みの容姿でおなじみの花散里さんだけど、この風俗博物館Ver.はだいぶかわいい気がする。誰に言っていいのか分からないけど、ありがとうございます。

花散里さん。情緒が安定しているって、人として値打ちのあることだと思うのよ

THE THOUSAND KYOTO

風俗博物館から京都駅までは1.2km。これも歩く。京都ポルタの無印でついに靴下を買った。自分と編集さんと友だちので2柄合計4足。合計でも2000円なんだけど、贈り物の2つを無料で包装してくれた。

ポップの写真を撮っていいか聞いてみたらご快諾いただけたんだけど、わたしが下手で魅力が伝わりきらない。「京のぬくぬく」もっといい色なのに

新幹線まで時間があったので、荷物をコインロッカーに入れて、駅の隣のホテルのティーラウンジで休ませてもらう。中庭が見えるソファー席でくつろげた。コーヒーを頼んだらお茶請けにペカンナッツチョコレートも持ってきてもらえて、歩き疲れた身体に甘さがしみるしみる。

分かりにくいけどソーサーに濃い紫が。最後にまた紫に出会えて、ちょっとうれしくなった

時間が来てロッカーへ荷物を出しに行ったら、外国人の若い女の子がパネルの前にいる。プレッシャーになってもいけないと思って少し離れて待っていたら、向こうからズンズンこっちへ来た。ロッカーの使い方を聞かれ、カタコト英語と身振り手振りでなんとか理解してもらうことに成功する。ほっとして、ほっとしたことにも、ほっとした。

京都では、京都駅や路線バスの混み方でちょっと、他人のことが“触れたらライフが削られるエネミー”に見える時間帯があったけど、空いているスポット、ルートを選びつつ、親切なサービス業の人に連続して当たったおかげで、その病も癒えたっぽい。この日の歩数は1万7000歩。帰りののぞみはすぐ寝て、30分ぐらいでやたらすっきり目が覚めた。

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