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『天の敵』観劇感想

『天の敵』(イキウメ)
@本多劇場
2022.10.1 13:00開演

(ネタバレあります)

初演と、その前の短編集の中の一編も観たけど、今回は新要素が加わっていた。
視点役だったジャーナリストに「死に至る不治の病」という設定が追加されることで、「健康」というテーマをより深く掘り下げようとしたのだろうか。

もともとは「健康のためなら何を手放せるのか」「健康のためにどこまで不健全になれるか」という、健康ブーム的な風潮に対して懐疑的に、冷笑的に描かれたお話だと個人的には感じていた。
ほぼ不老不死の身体を得るために、昼の生活を失い、モラルも失い、娯楽、特に食という娯楽を失い、子を持つことも出来なくなり…。それでも健康であることって意味ありますかね、例えばサプリメントだけで生活して完全で必要十分な栄養素だけを得て、食の楽しみから完全に離れて身体が健康になったとして、それは健全なんですかね、という問いかけのような話だと。

しかし命懸けで「健康」を希求する人物が物語に加わることで、その冷笑的な感覚は「とはいえ人は死にたくはないし健康でありたい」という当たり前の方向にもう一度揺り戻され、作品がより多面的で奥深くなった部分はあると思う。
卯太郎が自分の一生涯を聞かせたジャーナリストに対し、「飲まないだろう」と信じているからこそ飲血を進めるセリフは印象的で、その後にジャーナリストが冷蔵庫を開けて逡巡するシーンは良かった。その時点で彼が「飲血」という選択をしてもしなくても、納得のいかなさがどこかに残るという、見事なシーンだった。

ただ、前のバージョンを観ているからかもしれないけれど、全体的な描きっぷりの中で、足された設定部分が浮いている感じを受けたのも否めない。卯太郎が無闇に愁嘆せず、冷静に語る一方、息子の方の医者夫婦の愚かさを徹底的に描くなど、冷笑的な視点で健康を描いている(ように私は感じていた)ので、急に情緒的で熱量の高いものが混ざり込んできたな、とは感じたかも。
その据わりの悪さこそが狙いだったのかもしれないけれど。

相変わらず皆さんの演技は素晴らしかった。
今回特に思ったのは、イキウメのお芝居って登場人物のキャラを立てていくにあたって、順を追って小出しに丁寧に見せていくので、観る方に人物像を飲み込ませやすいんだろうな、ということ。
息子の方のアホ医者だと、最初は元気で前向き、みたいなところを見せて、少しずつ頼りなさを垣間見せてゆき、最後の方は「この人同じ言葉を繰り返すだけだ(信頼できる者)」と愚かさを観る側に確信させる。
その手つきは実に見事だなと思った。

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