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『誰よりもたくさん うんと動いて答えをつかもうね』

世界はそれを「要領が悪い」って言うんやけど、あたしっちゅう人間は自分の答えに出会うまで、ほんまに人一倍動きまわらなあかん性分なんでしょうなぁ思います。

ゆくりなくまぶたが開かれゆく感覚。
カーテンのすそをこの目は見てる。
青白磁の光線の波立ちに気づく。
どうやら今日は天気があやしいな。
(いや、負けてられへん…!)

ほんで外れられないそのレール上であおられバタバタとあがく窓ガラス。
春雨をはためかす風もきっと強いみたいやわ。
暁覚えぬかのごとく、朝の支度ものんびりほどほど。

今日はなんでか段取りが悪くて、この時間にいつもなら終わってるはずのことがまだ終わっていない。普段以上に部屋の中を、支度が着実に整ってゆくでもなく行き来して、要領が悪い。起きてから今のところの自分の行動歴を振り返ってみるに、自分があっち行ったりこっち行ったりしたのを線で結んでみたらきっと、西部劇の早撃ちの決闘のシーン。どちらが先に腰から拳銃を抜くのか。緊迫感漂う中、両者の間に風に吹かれて転がってくるあの草さながら、もつれてるんとちゃうかな。
そういえば、たまに電車内、これどっから転がって来てん!っていう、風圧で足元に転がってくる髪の毛の毛玉。あれ、なんなんやろね?
まぁ、そんなことはええわいね。

『今日はなんか調子があんましかもなぁ…』
(せやけどあたしはまだ負けてへんよ…!)

準備をしながら聴いてた落語はオチにさしかかり、話の中では、京都からの乗客を乗せた船がかわたれ時、大阪へと流れつく。

「夜は次第に次第に明けて行くのではございますが、船の中、乗合いの連中はいまだ、みんな夢の中。それぞれがどんな夢を見ておりますことやら…」

自分の今日の調子とはどっこい打って変わって、話の漂着がなんとも殊にうららかなことよ。そのたどり着いた先が偶然にも、私の大阪の実家の近所であることに気づいてまた驚く。

そして、時計の針を見る。

『アカン!これはマズい!』

そうこうしてるうちに、とうに家を出なあかん時間は過ぎていた!
家を飛び出し一目散に階段駆け降り、こういうときお決まりの口に食パンはあらへんけれど、開いたビニール傘には絶え間ない雨垂れ。1枚の切手は葉書に貼り付くのに水分を欲するが如く、水滴でピタリと桜の花びらがひとひら。
今日も今日とて春なんだなぁ。(突如現る、山下清!)

ほんまは差したほうがええけど、走るには煩わしいから傘は諦めよう。

閉じた傘を握る手の力はぐいと強まる。
勢いそのままに走っていると、その時、

『うわ、見てしもた!…』

小学校のときに公園とかのちょい大きめの石をひっくり返したらおった、あまたのダンゴムシのビッシリさぐらい、薄黒いビーズでめっちゃデコられた持ち主は年齢不詳の推定ギャルのスマホが道路脇に落ちてるのを視界に入れてしまったのだ。
一度はスマホを手に、持ち上げてはみたのだが、思いがけず見てしまったダンゴムシを見なかったことにするべく、そっと持ち上げた石を元あった場所へそっと置きなおすように、

『こうあるべくして、スマホはここに落ちてるねん。自然の成り行きや。あたしなんかが安易な気持ちで手を加えてええもんやない。あるべき世界の均衡は保たれたのだ。今目指してる電車を逃すとけっこうやばいし、最寄りのギャルよ。今日は御免…』

悪いことしたわけやないけども、“現場”を後にするその加速具合はまさに容疑者の逃走心。

『逃げろ逃げろ!罪悪感から逃げるんや!!』

でもしばらくして、いまごろになって起きてきた我が良心くんが耳打ちしてくるわけです。

『やっぱり、兄さん。取りに帰ったったほうがええんちゃいますのん?』

それはシャトルランさながら、どこからともなく降りそそぐドレミの音階にのせて、責任の所在無きそんなお告げが聞こえてくるようだ。

『せやな…まぁ1本電車逃しても、向こう着いてまた走ったら間に合うか』

いまだ私の心を離さないでいる、自宅からスタート序盤も序盤に見たあのダンゴムシびっしりのスマホを取りに帰って駅近くの交番に届けるのだ。
一度は屈したが、これぞ我が天命。
自宅と駅の中間地点過ぎた辺りまで来ていたけど、折り返しを決意。
なんとかスマホを拾得し、トップスピードで駆け戻る。

そしたらですよ。

また走り出してから間も無く、向こうからニコニコこちらに歩いてくるギャル。
絶対にあれが持ち主やん!ほんでやっぱギャルやん!
歩み寄ってきて開口一番、

「そうそう〜これわたしのわたしの〜」

それだけを言い残してお礼もなくあっけなく、スマホはギャルの手元へ渡り、ダンゴムシの大群は元いた自然へと帰って行った。ギャルと共に去りぬ…

『なんや…ええことしたはずやねんけどなぁ…びしょ濡れなってもこんなもんか…』
(あかん…これは完全に敗北や…)

なんだかちょっぴりショックやった。
その頃には、犬やったらそのまま家入って来られてブルブル体振られたらたまったもんやないくらいにはビショ濡れ。風ひくっちゅうねん…

ほんでからすぐのこと。
無事、1本次のに乗れた電車を降りて間も無く、『その日、ひどかった気圧にもメゲズニ 地上に出る階段をかけ上るんや!!』
その日まだ微かに灯っていた闘志を胸に、そう意気込んだ矢先、ふと手元から落ちた傘。なんのけなしに拾おうとしたら、齢27にして人生史上、最低得点を叩き出してまう拾い方だったようで、右手親指に尋常じゃない鈍い痛みが走った。
手にしきれず、上りきった階段から一段ずつ、スタンスタンと音を立てながら傘が滑り落ちてゆく。親指はひどく鈍い赤みを帯びて、どうやら内出血を被ったようである。

ええことをする、陰徳積むっちゅうのは、ちょっとでも隙を見せると、陽報が来ないどころか、バチまであたるもんなんですなぁ…トホホ…

右手親指に濃い赤をした血のひと筋は時間が経つにつれ、今朝の出来事との長い長い紐帯になってしまって、親指に目がいくたび、1日ずっと、
登れば切れると知ってただ見せしめられるだけの心と極楽と結ぶ残酷な蜘蛛の糸やなと思うたりしてたわけでござい〼。

おおきにありがとう。
おしまい。

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