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2023/03/27

 仕事を終えて帰路につく間、もうだめだ、と思う。毎晩思う。いっそ死んでしまえたら、とも考える。毎晩考える。
 朝は比較的元気だ。起きて、酒で薬を飲み、腕を切る。急いで止血をして、患部を腕時計で隠し、やっと家を出る。おしまいの儀式から私の一日はうまれる。そんなことでも、退勤時は線路に飛び込むことばかり考えているのに対して、出勤時は読書をする余裕すらあるのだ。
 夜も同様に、本当に駄目な日のための儀式がある。コンビニで紙パックの日本酒を買って、風邪薬40錠を流し込む。こうすると、思考が溶け、うっとりと、ただ漂うだけの凪いだ気持ちでいられるのだ。ただこれは翌日まで薬の効果が残るため、あまり頻繁にはできない。

 その晩も私は、儀式に取りかかろうとしていた。職場から最寄り駅までの道を歩きながら、鞄の中身を探る。少し歩けばコンビニもある。今日はもうだめだ。死にたい。死んではいけない。これをやらなければ、生きることはあまりに辛すぎる。生きるためのオーバードーズだ、と誰にでもなく言い訳をしながら、薬の入ったポーチを取り出した。

 瞬間。着信。Bluetoothイヤホンが左耳にコール音を響かせる。相手が誰かなんて、分かっている。震える手でイヤホンの応答ボタンを押す。
「お疲れさま。仕事長引いちゃった。いまどこにいる?」
「お疲れさま。私も仕事、終わったところ。」
「じゃあ一緒に、ラーメンでも食べに行こうか。」
 彼のタイミングの良さに、己の間の悪さに、薬ポーチ片手に呆然とする。彼は、彼にはどんな才能があって、私の自傷行為を止める力を持っているのだろうか。全てを見透かされている。そんなわけがないのに、そうとしか思えない瞬間がある。

 渋谷、ハチ公前で待ち合わせ。多くの人だかりの中、一瞬で彼を見つける。これは私の才能なのか、彼の才能なのか、分からない。彼は先に着いて、店を調べてくれていた。
 熊本ラーメンを食べ、重いお腹をさすりながら、駅前の喫煙所で一服。煙を吐きながら、また救われてしまった、と思った。

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