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緑の森の闇の向こうに 第7話【創作大賞2024】

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 この星は日差しが強すぎる。
 電子鞭で打たれた右手を軽くさする。火傷の様なジンジンとした痛みが腹立たしさを増幅した。バカな奴らだ。命まで奪う予定じゃなかったのに。だが、これで、ようやく兄貴がいる本部へ帰れる。
 クロノス本社の社員襲撃は成功。
「できた」

 提出する前にもう一度読み返す。
 本部が用意したのはクロノスの社員を誘拐して交渉するシナリオだった。大事な人質だ、殺すわけにはいかない。慎重になったその隙を突かれた。電子鞭ではじき飛ばされ、目を覚ました時には奴らの姿は消えていた。
 パキ星支部長であるオレはすぐに作戦を変更した。殺害の方が簡単だ。奴らはホテルへと戻った。連邦資本のレイモンダリアホテルなら、セキュリティも万全で安心できると思っていたのだろう。確かに警備は厳重で侵入するのは容易ではない。だが、外からならいくらでも攻撃できる。我々は軍用の迫撃砲を持っているのだ。最上階の奴らの部屋に明かりが灯ったところへ、吸い込まれるように迫撃弾は命中した。この結果に兄貴は満足してくれるはずだ。人の手によって破壊された自然はやられっぱなしだ。代わりにオレたちが人間に復讐し制裁を加えてやるんだ。

 兄貴がやることはいつだってカッコいい。
 自然保護活動って聞いた時は何だソレって思ったが、兄貴が「行き過ぎた惑星開発反対」って叫ぶと、頭のいい学校の奴らが褒めたたえて、弟の俺まで仲間から尊敬のまなざしを集めた。
 自然保護に興味があったわけじゃないが、兄貴に誘われるまま組織に入った。大宇宙の前じゃ人間なんて無に等しいんだから、自然を壊す奴が死んだって問題ない、って兄貴が力説すると、オレたちはみんなそんな気がしてきた。やることはどんどん過激になっていった。最初はビビった。けど、人間の命だけ特別と思うのは傲慢なんだ。兄貴の崇高な理想は実現されるべきだ。オレたちのやってることは正しい。
 オレは幹部になった。兄貴が創始者だからスピード出世したと妬まれたがそんなことはどうでもいい。開発が進むパキ星行きを命じられた。着いたその日に突き刺さる太陽光で目を傷めた。蒸し暑く空気がまとわりつくこの星は最悪だ。本部へ戻りたいと伝えると、実績を作れと兄貴は言った。

 クロノスの社員が死んだ。これで、いくらパキ星の田舎政府が隠蔽しようとしても無理だ。開発と言う名の自然破壊を銀河連邦は無視することはできない。
 組織が派手に動けば動くほど、人間より自然を保護すべきだ、っていう兄貴の主張にカネと武器が集まってくる。
 燃え上がるレイモンダリアホテルを見ていると爽快な気分になってきた。開発の象徴が崩れていく。これは大きな実績だ。
 さあ、送信しよう。

* *

 わたしがやるべきことは何? わたしにできることは何? ダルダさんは無言でニュースを見ている。とにかく情報を整理しなくては。それにしても報告書の作成に使うモバイルパッドはホテルの部屋で、アンナ・ナンバーファイブとともに燃えている。
 マザーがキーボードを用意してくれた。

 狐男は工場の拡大で今晩、パキ星政府と合意するつもりだった。おそらくこの情報が洩れていて、NRはそれを阻止するためにわたしたちの命を狙ったのだ。そのためにホテルを砲撃するなんて、狂っている。罪のない人たちが何人巻き込まれたのだろうか。わたしたちのせいだ。指がカタカタと震えて報告書がうまく打てない。
「アンドリューム、マルバトーレ?」
 美しい発音でアンタレス語を話すレイターの声が頭の中に響いた。温かだった手の感触がまだ残っている。彼はあの炎の中にいるのだろうか。いや、そんなはずはない。頭を思いっきり横に振った。

 と、その時だった。
「ただいまぁ」
 スピーカーから間の抜けた声が聞こえた。
 ダルダ先輩と二人して同時に立ち上がる。全力でタラップまで走った。
「よ、ただいま」

 何事もない顔をしてレイターが立っていた。長期旅行客のように両手にスーツケースを持っている。
「ガハハハハ、想定以上のスリルだったぞ」
「スリルは十分味わえるっつったろ」
 涙が出てきた。
 なぜそうしたのかわからない。足が勝手に動いていた。レイターに倒れかかるようにしてに抱きついた。不安だった。視覚だけでなく全身で確認せずにいられない。レイターは生きている。
「ほんとによかった」
 彼の服から焦げ臭いにおいがする。
「熱烈歓迎うれしいねぇ。こんなに愛されてたとは」
 レイターの言葉で我に返った。
 あわてて体を離す。
「ち、違うわ! 心配しただけよ!」
「とりあえずダルさんの荷物は何とかなったが、ティリーさんのは、煙が充満してきてよくわかんなくなっちまった」
 ふと見るとわたしのスーツケースから何かがはみ出している。
 それを見た瞬間、わたしは顔から火が噴き出しそうになった。
 イチゴ柄の下着。
 レイターも同じところへ視線を落とした。
「……ガキだな」
「見ないでっ!」

 気がつくとわたしはレイターの頬をはたいていた。 

 大画面を指さしながらダルダさんが怒っていた。
「俺は、パキールの自生地へ工場を建てるのには慎重だから、テロリストの犯行声明もわからんでもない。だが、このまま手を引いたらNRの奴らが勝ったみたいじゃないか! くやしいなぁ」
 ダルダさんはわたしの気持ちを代弁していた。
「わたしもテロに屈するのは許せません。うちの会社の存在を自然への冒涜だなんて言い方するのは、名誉毀損だわ」
「おいレイター、お前、何かいいアイデアあるだろ?」
 ダルダさんがたずねると、レイターは目を細めて明らかに迷惑そうな顔をした。
「あんた、これ以上俺の仕事を増やす気かよ」
 ダルダさんがきっぱりと言った。
「ここから先は仕事じゃない、プライベートだ」 
「プライベート?」
 レイターが聞き返す。わたしも意味がわからない。
「俺がお前を雇う。だからNRの奴らを何とかしろ」
「何とかしろ、ってどういう意味だよ」
「ギャフンと言わせてやりたいのさ」
「はあ?」
 ギャフンと言う言葉の意味はよくわからない。でもダルダさんの気持ちはよくわかる。
「わたしも手伝います。こんなの間違ってます」
 いきなりホテルに迫撃弾を打ち込みテロ行為に及ぶなんて卑怯だ。だって、これは話し合えば解決できる問題なのだ。
「テロリストに間違ってるっつってもなぁ」
 レイターは頭をかきながら言った。
「あんたら命狙われてんだぜ。ったく、俺の努力を何だと思ってんだ」
 レイターは命がけでおとりになって攻撃を仕掛けさせた。今頃NRは、わたしたちの命を奪うことに成功した、と思っているはずだ。本当に優秀なボディーガードだ。
「感謝してます。けど、許せないんです」
 レイターは大きく息を吐いた。
「ダルさんは金払いがいいから受けてやってもいいが、条件がある」
「条件?」
 レイターがにやりと笑った。
「俺の言うことを何でもきくかい?」

「どんなことだ?」
 ダルダさんが聞く。
「俺に十億リルくれ」
 じゅ、十億? わたしはびっくりしたけれどダルダさんはさらりと答えた。
「構わんが、手持ちの資産を超えてるからなぁ、金策に二日はかかるぞ」
「OK」

 次にレイターはわたしの顔を見た。心配になる。わたしはそんなお金は持っていない。
「ティリーさんは、俺にキスしてくれる?」
「は?」
 何を言い出すの。セクハラだ。
第8話へ続く


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