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銀河フェニックス物語 <出品集>

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#お仕事小説部門

緑の森の闇の向こうに 第12話(最終回)【創作大賞2024】

* * 「ただいまぁ」  フェニックス号の居間にレイターの間延びした声が聞こえた。  わたしは大急ぎでタラップへと走った。レイターとダルダさんが二人そろって立っていた。 「よっ、約束は守ったぜ」  よく無事で帰ってきてくれた。レイターの笑顔を見たら涙がでてきた。よかった。本当によかった。 「あれ? 今回も熱烈歓迎頼むぜ」  レイターったら、にやりと笑ってハグを求めてきた。 「バカバカバカ」  泣いているんだか、怒っているんだか、自分の感情がお天気雨のようだ。 「ガハハハ。

緑の森の闇の向こうに 第11話【創作大賞2024】

 とにかく風が強い。レイターは顔をしかめた。  機体をつかむ指が痺れてきた。ちっ、いつもより身体が重てぇ。先週の怪我が響いてんな。 「っはん。こんなところで落っこちたら、ティリーさんに叱られちまうぜ」  指先に力を込めて体勢を整える。 「そこのヘリコプター。止まりなさい」  ヘリパトが近づいてきた。MM二十六が逃げるように速度を上げる。田舎警察のへぼいへリじゃ追いつけねぇな。  着陸脚に身体を固定し、腕につけた無線機のスイッチを入れた。 「おい、アーサー聞こえるか? NR

緑の森の闇の向こうに 第9話【創作大賞2024】

* *  迫撃弾を受けたレイモンダリアホテルの消火活動は一段落していた。ビルからは煙が立ち昇り、最上階は黒く焼け落ちている。現場近くにはこげ臭いにおいが漂い、割れたガラスの破片が散乱していた。  警察や消防が、ホテルに残っている人の捜索を続けており、周囲百メートルは立ち入り禁止区域が設けられていた。  規制線の外から、テレビのリポーターが生中継している。  カメラの近くにいるスタッフへ、ダルダが近づいていった。 「二五一四号室が狙われたっていうのは本当か? 俺はその二五一四

緑の森の闇の向こうに 第8話【創作大賞2024】

 こんな時にふざけないでほしい。 「そんなことできるわけ……」  断ろうとしたところで、言葉が途切れた。この無理難題はわたしたちを試している。どれほどの覚悟があるのかを。  ダルダさんはレイターを信頼している。だから十億でも用意すると平気で答えた。NRと対峙する、ということは生半可な気持ちでできることじゃないのだ。これは仕事ではない。普通に考えればこのまま本社へ帰ることが正しい選択だ。レイターはわたしたちを思いとどまらせようとしている。ボディーガードとしては当然だ。  厄病神

緑の森の闇の向こうに 第7話【創作大賞2024】

**  この星は日差しが強すぎる。  電子鞭で打たれた右手を軽くさする。火傷の様なジンジンとした痛みが腹立たしさを増幅した。バカな奴らだ。命まで奪う予定じゃなかったのに。だが、これで、ようやく兄貴がいる本部へ帰れる。  クロノス本社の社員襲撃は成功。 「できた」  提出する前にもう一度読み返す。  本部が用意したのはクロノスの社員を誘拐して交渉するシナリオだった。大事な人質だ、殺すわけにはいかない。慎重になったその隙を突かれた。電子鞭ではじき飛ばされ、目を覚ました時には奴

緑の森の闇の向こうに 第6話【創作大賞2024】

 もう少しで大通りに出るというところだった。前から怪しげな三人組が近づいてきた。 「やべぇな」  レイターがつぶやいた。厄病神が「やばい」というのはどれほど大変なことなのか。バタバタと背後から複数の足音が聞こえた。  気付くと七~八人の男たちに取り囲まれていた。これは『厄病神』の発動だ。  前から歩いてきた男が声を発した。夜なのにサングラスをかけていて顔はよく見えないけれど声は若い。 「クロノスの社員だな。おとなしくついてこい!」  リーダーとおぼしき彼の右手がわたしたち

緑の森の闇の向こうに 第5話【創作大賞2024】

「なあ、レイター、パキールの天然物と栽培物はどう違うのか聞いてくれないか?」 「あんた注文が多いぞ。別料金とるからな」  文句を言いながらもレイターが通訳すると、女性スタッフは三十代ぐらいの男性をテーブルに連れてきた。男性の早口の言葉をレイターが訳す。 「こちらの店長さんによると天然物と栽培物は味も風味も全然違う、って言ってるぜ。最近は天然物はめっきり入らなくなって、この店も基本的には栽培物を出してるそうだ。ただ、きょうは天然物が入ったから、あんたが金を出すなら、天然物と栽培

緑の森の闇の向こうに 第4話【創作大賞2024】

 その時、ダルダさんの手首で携帯通信機が光った。 「おっと失礼」  メッセージが届いたようだ。ちらりと送信元の名前が見えた。『レイター』と出ていた。  わたしは思わず扉の方を振り向いた。レイターがにやりと笑った。  携帯のメッセージを見ながらダルダさんがゆっくりとうなずいた。 「ふむ、移転先ではパキの木の九十ニパーセントが枯れているらしいな」 「……そ、その数字は」  狐男が細い目を見開いた。 「九十二パーセントをたまたまとか一部とは言わないだろう」 「問題ございません。次

緑の森の闇の向こうに 第3話【創作大賞2024】

 翌朝、時間通りにレイターの運転するエアカーがホテルへ迎えに来た。 「アンナ・ナンバーファイブか」  隣の運転席でレイターがつぶやいた。  ドキッとした。さっき使ったヘアオイルだ。 「よくわかったわね」  そんなに香りは強くないと思ったのに。わたしには不相応だっただろうか。 「ガキにしちゃ、いいセンスじゃん」 「ガキじゃありません!」 「そういう反応がガキなんだよなぁ」  にやりと笑うレイターに後部座席からダルダさんが声をかけた。 「まあまあのホテルだったな」  まあまあ?

緑の森の闇の向こうに 第2話【創作大賞2024】

 フェニックス号のリビングに厄病神はいた。相変わらず髪はボサボサ、第二ボタンまでネクタイを緩めただらしない格好をしている。 「よ、ティリーさん。休み返上なんだって? また一緒にお仕事できるたぁうれしいねぇ。これも運命の赤い糸だぜ」  赤い糸なんて真っ平だ。先週、あんな大変な目にあったというのに、この人の記憶はどうなっているのだろう。 「あなた、怪我は大丈夫なの?」 「あん? 怪我? 何のことかなぁ?」  へらへらと笑う様子を見ていると、心配した自分がバカみたいな気持ちになっ

緑の森の闇の向こうに 第1話【創作大賞2024】

 その時は、単なる事務連絡だと思った。  「三十九度の高熱が出て、自宅で寝込んでる」  いつも元気なベルの声がかすれていた。 「お大事に」  と返してから気が付いた。ベルは明日からパキ星へ出張に出かける予定が入っている。即座に課長が近づいてきた。 「ティリー君、休暇の日程をずらせないかい。申し訳ないが、ベル君の代わりに出張へ行ってもらいたいんだ」  わたしは明日から三日間、特別休暇をもらえることになっていた。ゆっくり休みたいのが本音だ。一方で課内でほかに動ける人がいないことも

嫉妬につける薬はなくて、妬みが世界を駆けめぐる 第1話【創作大賞2023】

「わぁい、両手に花だぜ」  厄病神のレイター・フェニックスは、わたしと後輩のサブリナの顔を交互に見てうれしそうに笑った。  フェニックス号は、ヨマ星系へ向かっている。大手宇宙船メーカーに勤めるわたしたちは、たまたま同じ時間に、洗剤メーカーのコッペリ社にアポイントが入った。  サブリナが明るい声で挨拶する。 「レイターさん、厄病神が出てこない様に、よろしくお願いしまぁす」  今回、彼女は新型船七隻の売買契約を締結する。大きな仕事だ。この厄病神の船には乗りたくなかっただろうな