煙草、秋桜、夜の蝶

 わたしには父が居ない。とは言っても10年以上前に病死したので、いがみ合う事はなく最期まで家族関係は良好だった。両親は見ているこっちが恥ずかしくなるほど仲が良かったし、2人でいつもお風呂に入ったり、ソファーに座っている父が母を引き寄せて膝の上に乗せる、なんて事も日常的だった。決まり文句は「うちの母ちゃん、可愛いかろ」だったのだが、清々しいくらい両親は青春を謳歌していた。

 父も母も、買い物に行くときでさえ1人では行けなかった。単に寂しがりだった事もあって、いつも「一緒に行こう」と私たちを誘う。いつだって私たち家族はいつも団体行動をするのが当たり前なのだと、産まれた時から刷り込まれていた。

 父はヘビースモーカーで、年末の大掃除ではリビングのガラスを水拭きすると黄色いヤニが雑巾につくレベルの喫煙者だった。朝起きてから寝るまでずっと煙草を欠かさなかったし、雲隠れの術の使い手のように父はいつも白い煙を燻らせながら缶コーヒーを飲んでいた。あの当時は見当もつかなかったのだが、冷静に思い返すと1日2箱なんでザラだったのだと思う。

 それなのに決まって10個まとめてカートン買いはせず、店や自販機で1〜2箱ずつしか買っていなかった。きっと依存気味だったのが自分でも分かっていたようで「家にあると箱が無くなるまで吸ってしまう」と言っていた。やはり病的だった。それでも煙草を切らすとすぐに買いに行くのだから、自制出来ていないのは明らかだ。

 そんな時よく父は甘えた声で「ちょっと散歩しようぜい」って私を誘って来た。私は学生時代いつもテスト勉強をリビングでしていた為、深夜番組を観ながら起きていた父と他愛もない話をする事が多かった。夜中でも関係なく車に乗り込み、近所のコンビニや自販機へ向かう。何の話をしたかはよく覚えていないけど、ある日「コスモスの花びらって何枚あるか知ってるか」と聞かれた。知らないと答えた私に父は運転速度を緩めて運転席の窓を開け、道端に自生していたコスモスを1輪摘んでくれた。「数えてみて」と。

 誰に教えられた訳でもないのに、全て花弁が8枚構成のコスモス。誰に教えられた訳でもないのに、全て同じ時期に咲き乱れるコスモス。口頭で教えられるより、実際に手に取って花弁の枚数を確認して発見したこの出来事は「答えを教えてもらう事は簡単だけど身に付かない」という父の教育方針が幼心に垣間見えたのだった。

 父は夏になると、夜おもむろに外に出て散歩がてら煙草を吸うのが好きだった。家のすぐ横に小さな川が流れていて小さな橋が掛かっていたので、その橋に腰掛けて父の話を聞くのはどんな先生や偉い人の話よりタメになったし面白かった。ジャンルは天皇の話から車のサスペンションの仕組みまで様々だったけれど、幼い私にも分かりやすく噛み砕いて説明してくれる父の事を尊敬していた。

 そんな父と一緒に見た外灯の周りを飛び回る蛾を、私が「夜の蝶だね」と言った。父は笑いながら「それは良い表現だ」と返して笑ってくれた。父に語彙力など到底及ばないと思っていた私が、何と父に褒められたのだ。これは一生忘れない。夜の蝶が水商売の女性を指す言葉くらい知っていたし、父が綺麗な女性を好きな事も知っていた(お酒が飲めなかったので、そんな店には行った事が無いようだけど)。

 尊敬する父が私を褒めてくれた。蒸し暑い夏の思い出は、きっとこれからも一生忘れない。

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