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【ダンジョン潜り】 (2-7) ~つたの牢獄の謎~

~前~

 「あのダンジョンだが、どうやらティロム神殿そのものらしい。」

 リドレイの言葉に、私とガイオは意表を突かれた。

 空を見上げれば灰色の雲は朝よりも重く垂れこみ、せわしない南風が湿気をはらんで外套をあおる。
 リインの代官の館に向かうティラの巡礼者たちを見送ると、私たちは広場を後にし、城壁にそって町の外周をゆっくり歩きながらリドレイの不思議な話に耳を傾けた。

 彼の考えによれば、私たちが潜り、グラーアム神の声が「つたの牢獄」と告げたあのダンジョンは、ティラの本山であるティロム神殿そのものであるという。

 これは言うまでもなく突飛な考えだ。ティロム神殿は今現在も峻厳なるティロムの山頂で鮮烈な月光を浴びているし、多くの信者たちが礼拝に訪れ、神官たちも日々崇拝に勤しんでいる。
 その同じ神殿がここリインの荒れ野の地下に埋まっているなどという妄言があろうか。

 しかしその当然の反論に、"確証はないが" との前提でリドレイは疑問を呈した。
 彼によれば、我ら徒党が踏破した限りにおいてかのダンジョンの構造は、彼が神官としての研究と鍛錬を行ったティロム神殿とほぼ一致するという。
 彼が実際に動かした昇降台や、私たちが瀕死の魔物と戦利品を見つけた大祭壇の間。それらは彼がまさにティロム神殿で見たものだ。その他のティラの寺院ではない。

 決定的な証拠は、大祭壇の間の壮麗な彫刻画にはめ込まれた「月の石」と呼ばれる、淡い光を発する宝玉だ。
 ティラ自身が地の子らに与えた宝玉であると伝えられ、ティロム神殿に据え付けられ、同じものは2つと無い。
 それが、つたの牢獄にあったのだ。

 ただ、両者の間には明らかな違いもある。大祭壇の間の、神像だ。
 ティロム神殿には、ティラが妻バンクと並び立つ美しい像が建てられている。
 対して、つたの牢獄のそれはティラがひとり御座にある座像であった。

 リドレイは、眠りの中で見た不可思議な夢を思い出そうとする人のように、語る。
 「俺は、寺院で文献を読み漁るのが好きだった。暗闇の大戦の記録も、ティラの民たちの苦悩と栄華も、神々の時代の伝説もそうだ。暇があれば書物に目を通した。それで俺は、大戦の最中、我らの神々の神殿が大いに辱められたことを知った。闇の神エンシとその仲間たちが、神殿や祠を躍起になって破壊してまわったらしい。ティロム神殿も一度、ひどく壊されたということだ。その後平和が戻ったとき、ティロム神殿は改修され、輝きは戻った。ほとんど以前と同じように復旧されたが、文献によればただ一つ違いがあるのだ。」

 リドレイが言葉をとめ、私とガイオは彼が口を開くのを待った。

 「『闇の大敵との奮戦とその征伐の祝いとをもって我が王は御自らの御姿を御后様と共に象られるを良しとし』と、文献にあった。ティラとバンク、おふたりの像が建てられたのだ。つまり、それ以前はそうではなかった、ということだと思う。」

 色褪せた紋章旗が風にあおられて城壁に打ち付ける乾いた音が、私たちのしばしの沈黙に割りこんできた。

 「あのダンジョンは、再建前の、あるいは大戦時の、古いティロム神殿ではなかろうか。」

 リドレイ自身、自分のとりとめのない発言に自信が持てないでいるようだったが、その突飛な仮説の妖しさと妙な予感に、私たちは各々考え込み、しばらく黙り、ただ無闇に街路を歩いた。

 やがてガイオが口を開いた。
 「まあ、ここでこれ以上考えてもしょうがない。また潜って、調べてみるしかないだろう。」

 すっかり空を埋めつくした雨雲が、風に乗せて雨粒の第一陣を降らせてきた。

~つづく~

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金くれ