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【ダンジョン潜り】 (2-8) ~雨夜の到着~

~前~

 風雨はあっという間に強まった。
 私たちが酒場に逃げ込むころには大粒の雨滴が滝のように注ぐ有様で、皆で顔を拭いながらドアを入った。
 給仕の娘が私たちに気づき、くたびれた拭き布を渡してくれた。

 暖炉の傍らにはすでに物干し棒が据えられており、衣服がいくつも掛けられている。
 私たちもぐっしょり濡れた外套やクロークをそこに預け、ため息をつきながら手近のテーブルを占拠した。

 3人で熱いスープをすすりながら、ダンジョンについて話をつづけた。

 このスパウデルモーン伯領は暗闇の大戦において熾烈な争いが繰り広げられた古戦場であり、神々の祝福と呪いとが最も "濃い" 場所として知られている。
 大戦が終結した後も、そこかしこに潜んだ闇の軍勢の残党や魔物が、都市や村を襲撃することが度々起こったという。スパウデルモーン伯領の町々は特に武装著しく、多くの戦士たちも集まった。

 謎の遺構、ダンジョンがその姿を見せた正確な時は記録されていない。
 ダンジョンは様々な形で現れた。荒野に、森に、山地に、城跡に、はたまた島に、忽然とその口を開け、また忽然と消えた。
 やがて命知らずの人々が探索を始めた。内部には大戦の遺物である魔物たちがあふれ、多くの古き宝物や武具が発掘された。
 数知れぬ戦人たちが魔物に殺され、罠に倒れた。それでも無鉄砲な人々は冒険をやめなかった。
 首尾よく生きのびた者たちは価値ある宝物を抱えて戻り、町々は歓声に沸いた。

 ダンジョンに入った者、ダンジョンを出た者は皆、地の底から響き渡る鐘のような音と、人ならざる声を聞いた。
 ダンジョンの神、グラーアムの声である。
 この地に伝わる神話や古文書に、グラーアムについての記録は一切無い。それでもダンジョン潜りたちは、謎に包まれたその声に鼓舞され、グラーアムの宣言と共に戦利品を抱えて陽光のもとに飛び出す瞬間を何よりも渇望していた。

 彼らの多くは、グラーアムこそがダンジョンを作り出し、地の子らたちに危険な遊戯を提供しているのだと考えた。
 しかしそのような謎の真相は、彼らにとっては些末事だった。命を賭けた戦いの末に手にしたその戦利品こそ、間違いのない現実だったからだ。

 日がすっかり落ち、雨に濡れた体を温めた私たちは酒を飲みながら、なおも他愛のない会話を続けていた。
 風雨はますます激しさを増し、ぴったりと閉じられた鎧戸を殴る音が響き続けている。

 私たちが帰りあぐねていると、急に入り口のドアが開き、大雨に押されるようにしてひとりの人が入ってきた。
 洗濯人が川から引き揚げたかのように濡れた深緑のクロークから、滝のごとく雨水が垂れ、床を濡らした。
 慌てて給仕の娘が拭き布をとって駆けつける。

 こんな風雨の中をやってくるとは尋常な胆力ではない。あるいは何か危急の用を持った者か、と私たちはその訪問者を注視した。
 深緑のクロークに、顔を覆う布、革手袋、鉄板を打ち付けたブーツをまとったその者は、背に大弓を抱えていた。
 その者は動じる様子もなく悠々と拭き布を受け取り、顔の覆いを解いた。

 長い髪を紐で結いつけた浅黒い肌の女は、不敵な表情で酒場の中をゆっくりと見渡した。

~つづく~

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金くれ