The Beatles - Abbey Road 50th Anniversary Edition "Sessions" 全曲解説

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言わずと知れた不朽の名盤『Abbey Road』50周年記念盤。ここではCD/LPともに2〜3枚目、デジタルフォーマットで18曲目からにあたるボーナストラックに関して記す。

今回のボーナスディスクはこれまでのThe Beatles記念盤シリーズと同じようにデモ/アウトテイク集だが、曲順は完成形準拠では無く基本的に録音日時順に並べられている。また『The Beatles (White Album)』(以下ホワイトアルバム)の50周年記念盤でもそうだったように、アルバムに含まれない他アーティストへの提供曲、シングル曲、次作『Let It Be』に収録される曲も含まれる。

曲名は一部ストリーミングと表記が異なるものがあるが、EU盤3LPの表記に準ずる。また本文はアルバム付属のKevin Howlettによるライナーノーツレコード・コレクターズ2019年10月号の森山直明による記事を参考文献としている。尚、ここでは”完成形”という言葉を1969年9月にリリースされた『Abbey Road』アルバム全体およびそこに収録されているトラックを指して使う。
それでは、以下、全曲解説。

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I Want You (She’s So Heavy) (Trident Recording Session & Reduction Mix)

一度尻切れトンボに演奏が十数秒で中断。その後スタッフが”うるさいと苦情が入っています”と声をかけ、John Lennonが不機嫌そうに”誰だよ”と答えたのち”最後のチャンスだ、ラウドにやろう”とバンドを煽るやりとりが面白い。
この楽曲の録音はこのアルバムをきっかけに後にAbbey Road Studioと改名した本拠地EMI Recording Studioでは無く、後にDavid BowieQueenらにより数多の名盤が録られる事となるソーホーのTrident Studioだが、当時はその程度の防音だったのだなあなんて事も伺い知れる。
しかし前述のようなやり取りがあった後で随分とハードでラウドな演奏が5分超に渡って繰り広げられる。ここでスタジオに隣人が怒鳴り込んで来たりしていたら面白いが、実際には曲名に冠されたReduction MixのReductionとは要するにオーバーダブの事で、更にハウレットによるライナーノーツでもアウトテイクのcombinationだと明言されており、実際に前述のやり取りからここまで長く演奏したのかは定かでない。少なくともここで聴ける演奏そのままというのはありえないことになる。
しかしなんにせよ、ここで聴けるBilly Prestonのキーボードソロは壮絶だ。これが完成形に入らなかったのはバンドのラストアルバムという事を思えばゲストが主張しすぎということになるので正解なのだが、ビリーは残念だったろう。これがオフィシャルに日の目を見たというだけでもこのリリースの価値があるというほどに素晴らしい演奏。

Goodbye (Home Demo)

ビートルズの自主レーベルAppleレーベル所属のMary Hopkinに提供した楽曲のデモで作者Paul McCartney単独の弾き語り音源。
このままでもホワイトアルバムになら入っていておかしくない完成度。デモだという感覚抜きに楽しめるし、カッチリしたプロダクションで時代感のあるカントリー・ポップに仕立てられたメアリーのヴァージョンも悪くは無いのだが、今この楽曲を聴くならこちらのポール・ヴァージョンの方がむしろ今っぽいかもしれない。
女声としてもキーが高めなメアリーと同一キーでは流石に無いが、女声ヴォーカルを意識した高めのキーでファルセットを多用している。

Something (Studio Demo)

ギターとピアノのみをバックにしたシンプルでラフな演奏だが、もとより弾き語りで成立する楽曲だけに十分な聴き応えがある。
完成形でギターソロの入るパートを作者George Harrisonがそのまま歌で埋めているが、完成形のギターソロとも違うそのメロディが非常に良い。この歌の間をギターがコール&レスポンス的にオブリガードを弾く、という完成形もあり得ただろうかと妄想したくなる。
今は亡きジョージに代わってポールか盟友Eric Clapton辺りがライヴでそんなアレンジを披露したら泣いてしまうかもしれない。

The Ballad Of John and Yoko (Take 7)

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アルバム未収録のシングル曲。
シングル・ヴァージョンもジョンとポールの2人だけで完成されている楽曲だが、ここでもジョージとRingo Starrが不在でジョンのギター+歌、ポールのドラムのみによる演奏。
演奏前のやり取りはマニアならニヤリ…というか少し泣いてしまうかもしれない。ドラムの前に座るポールに向かいジョンが「少し早かったよ、リンゴ」と声をかけ、ポールが笑って「OK、ジョージ」と返す(レココレの森山記載には聞き取りミスあり)。このやり取りからこみ上げる思いの丈を全て語ってしまうとそれだけで尋常ではない文字数になりそうなので単に紹介するにとどめよう。
思い入れ故に聴くのが怖いと遠ざけているマニアがいるならこれだけのためにフィジカルを買う価値があるかもしれないとだけ添えておく。演奏はこれもまた、ギターヴォーカルとドラムのみのデュオでありながらホワイトアルバムになら入っていてもおかしくないまでに仕上がっている。ジョンのヴォーカルにかかるElvis Presley的なディレイの具合がその後のソロ作を思わせるのもマニアの泣き所。

Old Brown Shoe (Take 2)

前曲「The Ballad…」のB面としてリリースされた楽曲のデモ。
終わりをフェイドアウトにするなどすれば、(George Martinを批判したVincent Galloのように)装飾の無いプロダクションが好きという向き以外でも完成形よりこちらの方が好きという人も出るかもしれないほど仕上がった演奏。
この形で聴くとタイトルからしてもノベルティ感あるA面はともかく、このB面は『Abbey Road』に入れようとの議論は起こらなかったのだろうかとも想像してしまう。
ただ、クオリティ的な問題でなく一般的なLPの収録時間として既に長めの部類になっている完成形を思えば、どの曲を切ってどこに入れるんだという点から入れなかった選択は正解とは思うが。

Oh! Darling (Take 4)

完成形ではポールが弾いているベースをここではジョージが弾いている。
いかにもデモという演奏だが、当時で既にトラディショナルという言い方すら出来たであろうある種の枠組みを踏襲したシンプルなロッカバラッドにも関わらず、意外とポールはメロディ運びを模索していたのだろうかと思わせる点が興味深い。

Octopus’s Garden (Take 9)

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"リンゴ曲ではポールのベースプレイにやる気が無い"説への回答めいた演奏。それが終盤急に動き出したと思ったらリンゴが歌詞を間違えて終わる。そういうとこやでリンゴくん。

You Never Give Me Your Money (Take 36)

わりと完成されているがしかしデモではあるなあという範囲の演奏。だけどもポールの歌から覗く表情がラフをとりあえず録っておこうというには妙にシリアスで、そこに何か終焉に向かうバンドの姿を見てしまうのはロマンティック過ぎるだろうか。

Her Majesty (Takes 1-3)

完成形に使われている第3テイクの"ジャーン!"無しパンニング無し尻切れ無しを含む3テイクをフルで1トラックに詰め込んだもの。
歌い直しに自分で笑ったりしてもブレないし各テイクで違いが殆どわからない精度だし、でポールのギターの上手さがよくわかる。というかこの人は何を弾かせても上手い。典型的な天才というやつなのだ。

Golden Slumbers / Carry That Weight (Takes 1-3)

シンプルなピアノのコード弾きによるイントロと歌いだしの音形が似ている「Fool On The Hill」を冒頭にお遊びで混ぜている。
模索しながらの尻切れテイクの詰め合わせだがリンゴのドラムだけ何故か妙に迷いが無い。このトラックはましてや曲が曲だけにそういった演奏の姿勢から何か彼らの心情やその間に漂っていたものに再び思いを馳せてしまうが…

Here Comes The Sun (Take 9)

オーヴァーダブを想定した演奏は完成形には程遠くトラックとしてデモの範囲を超えているとは言い難いが楽曲構造は完成していて、その中でリズム隊のプレイは完成形より掴みやすい、ベーシストやドラマー垂涎の音源

Maxwell’s Silver Hammer (Take 12)

ポールからリンゴのドラミングに対する細かい指示が聞ける冒頭のやり取りが興味深い。
2:54辺り〜3:06辺りのヴォーカルが『Anthology 3』収録テイク2:25辺り〜3:37辺りと全く同じ?
。ふざけたようなスキャットが舌の巻き方まで同じに聴こえるが、演奏は違う。ヴォーカルもそれぞれの演奏と同一時に録られたものであるなら、即興でなく当時は完成形までこれで行くつもりでの決め打ちだった?あまりにも一致しているのでそこだけ差し替えたようにも聴こえるが、そもそもこのボーナスディスクの中には歌うのを途中で投げ出したような箇所を含むトラックもあるし、それ故に何か問題のある歌詞を歌っていてもそこだけ消して違和感は無いだろうし、差し替える意図がわからない…

Come Together (Take 5)

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一度トチってからのジョンのカウントインが妙にかっこいい。これ完成形に入れてて良かったんじゃないか。カウントインから始まるラストアルバム、ってのもかっこいいし…まあそういったロックバンドに対する美意識はというのはまさにこのビートルズの解散エピソードを起点に積み上げられて今に至るものでもあるのだが。
そこからの演奏、特にジョンのヴォーカルはデモならではの荒さがあって、ロックバンドのデモテイクが本編より好きという好事家にはたまらないテイクだろう。

The End (Take 3)

冒頭の肩慣らし的ラフな演奏が異様にグルーヴィー
ヴォーカルは入っておらず完成形と異なる部分も散見されるが、荒々しくワイルドな演奏はこれまたロックバンドのデモテイク好きの心を撃ち抜くヴァージョンだ。
最後をブルースの典型的なクロージング・リックで締めているが、前述”このビートルズを起点に積み上げられた現代のロックバンドの美意識”的にいけば、R&Bのカバーからスタートしたバンドが紆余曲折を経、様々な音楽を取り込み進化させた果てのラストアルバムのラストトラックがまたブルース、というのも面白かっただろうと想像させられる。

Come And Get It (Studio Demo)

後にBadfingerとなる当時The Iveys'に提供された曲のデモ。
ポール作で当然歌唱もポール。ピアノ弾き語りを基礎にドラムとベースをも自身で追加したひとり多重録音。Mary Hopkinへの「Goodbye」と同様、ややラフで軽めではあるもののホワイトアルバムになら入っていておかしくないまでの完成度に仕上がった演奏。

Sun King / Mean Mr. Mustard (Take 20)

「Sun King」でのヴォーカルはオフマイク気味で完成形とフレーズも違う部分もあるが、既に大枠は固まっていた事を示す内容。
そして「Mean Mr. Mustard」が完成形同様前曲からメドレーで繋がっている。やはり大枠は出来ていると思わせる演奏だが、ヴォーカルは前曲よりオンマイクで歌われるもののテンポが完成形よりかなり遅い

Polythene Pam / She Came In Through The Bathroom Window (Take 27)

冒頭、”Sounds like Dave Clark”と言って笑うのが笑える。その後”It's like Tommy in here”とジョンが言っているのは、「Polythene Pam」のギターカッティングがThe Whoのロックオペラ名盤『Tommy』収録(録音当時リリースされたばかりだ)の「Pimball Wizard」を意識したものだという説を裏付けるものだろう。
「She Came In Through The Bathroom Window」のデモにしても弱々しいポールの歌はベースラインも定まっておらずそれを気にしながらだったからか?27回目のテイクとの事だが、ベースにフォーカスして聴いてもそんな感じがする。『Anthology 3』収録ヴァージョンはより完成形から遠いアレンジなので、恐らくこのテイクか1つ2つ前あたりからこの完成形に近いアレンジになったのだろう。リンゴのドラムは対照的にパワフルで非常に良い。

Because (Take 1 - Instrumental)

ほぼほぼ鍵盤とギターによるアルペジオとベースのみのテイク。リンゴがクラップでクリック代わりになっている。レコードコレクターズにて森山直明は"カラオケとしても使える"と書いているが、まさに
ひょっとして細かいところを調整すれば完成形と逆相で合わせてヴォーカル・シンセ・ドラムのみのトラックを抽出できる…?いやそこまでではないか…?(試してない。誰かお暇ならやってみて)

The Long One (Trial Edit & Mix - 30 July 1969)

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完成形B面の「You Never...」から始まるメドレーを一括りにしたもの。
ヴォーカルのダブリング等も行われておりかなり完成形に近い。ほぼほぼストリングスなど一部のオーバーダブが無いだけであり、かつての『Let It Be』Phil Spectorによるオーバーダブを剥ぎ取った(だけ、では無かった事が未だ賛否両論を呼ぶ結果となっているのだが…)ヴァージョンとしてリリースされた『Let It Be... Naked』に倣えば『Abbey Road Medley Naked』とでも呼べよう内容である。
最大の目玉は、マニアには既知の事実であるが、「Her Majesty」が「Mean Mr. Mustard」と「Polythene Pan」の間に挟まれている事。これが当初の構想で、つまり完成形で聴ける「The End」の後から随分間を置いて始まる形に入っている最初の"ジャーン"は「Mean Mr. Mustard」の終わりのコードなのだ。
しかし大雑把には完成形なのにストリングス等の欠落以外にもヴォーカル等完成形と違うテイクもあり、ちょっとどういう姿勢で聴くべきか定まらない内容ではある。「The End」において明らかにソロのためのスペースという内容はそのままにギターソロが欠落(冒頭のヴォーカルとコーラスは究極無くても成立するためひょっとするとこの時点では入れるつもりが無かった可能性もある。ちなみに「Because」デモの如くここもギターカラオケとして使える)している点と最後のヴォーカルも無い点以外は、"後はオーケストラのオーバーダブを待つだけ!"と、"一度筆を置いた内容"という事だろうか。

Something (Take 39 - Instrumetal - Strings Only)

「Something」のストリングストラックのみを抜き出したもの。完成形に使われているのと同一。想像がつくように、これだけでイージーリスニング的に聴ける美しい内容。

Golden Slumbers / Carry That Weight (Take 17 - Instrumental - Strings & Brass Only)

「Something」と同様にメドレーの該当部分からオーケストラトラックを抜き出したもの。楽曲の傾向的にもこちらの方が単独でも楽曲として聴ける色合いは薄い。


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