Clipping. - There Existed an Addiction To Blood: 鮮血とリスペクトの美学 (年間ベストアルバム28位)

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2019年ベストアルバム3: 50位〜26位

初期は00年代的グリッチ系エレクトロニカをヒップホップのテクスチャーに落とし込みラップを乗せていた。このユニットの目的は言わばヒップホップおよびラップ・ミュージックのサウンド的拡張と言えるが、本作はタイトル通りのホラーやスプラッターめいたコンセプトと多様なサウンドで聴き手を惹き付けつつ、そのスタイルに至る着想の根源を随所で仄めかす重要作になっている。

中盤の「The Show」はClipping.らしいエレクトリック・ノイズをサンプリングしたループがリズムトラックの役割を担っているが、そのBPM設定にリズムパターン、イントロでの提示の仕方がどことなくDepeche Modeの名曲「People Are People」を思い起こさせた。「People Are People」はインダストリアル・ミュージックの嚆矢とされるドイツのEinsturzende Neubautenにインスパイアされた(直接的にサンプリングしているという説もあるが確証は無い)デペッシュ・モードの代表曲だが、この曲はポップな歌メロをバックで支えるビートがノイバウテンのような工業製品を叩いた音で作られていた事がエポックメイキングな点だった。
思えばエレクトロニカのビートでラップする事自体、この時期のデペッシュからのインスピレーションという可能性はあるかもしれない。そんな事を思いながら聴いているとインタールードを挟んで続く「All in Your Head」ではまさに「People Are People」ばりの金属打音が響く。
この「All in Your Head」に関しては終盤でお得意のエレクトリック・ノイズをなんとシンセサイズしてハーモニーを作り、その歪んだ空間の中でCounterfeit Madisonがゴスペル的なメロディを歌うというなかなか他では聴けない壮絶な音響空間が作り出されている事も特筆すべきだろう。

また音響的なエポックは「Run for Your Life」にもある。フィールドレコーディングやフォーリー的なサウンドのみを従えノンビートでラップするというのは以前からもあったが、この曲の大胆な点はノンビートの部分をヴァース、ビートが入った部分をフックと区分けして、ノンビートながらラップをしているというのを特殊効果としてでなく一般的なヒップホップトラックの構造に落とし込んでいるのが上手い
もう一つ思わず舌を巻く点。ノンビートの部分の背景にあるフィールドレコーディングは、車が行き交う音が頻繁に入って街路である事が伺える。初聴時のその仕掛けが初登場する瞬間は、恐らく多くの者が単にヒップホップを大音量でかけた車が通ったのをそのまま収録したのかと思うのではないか。しかしそんな音がステレオマイクのLからR、あるいはRからLにまた何度も登場する。そして何度目かでそれらの音が全てラップのBPMに合っている事に気付くだろう。そう、恐らくは録音の際ラップのリズムを取るために流していた仮トラックのわずかな断片のみを、ちょうど車が行き交うような生々しいパンニング設定で鳴らしているのだ。この映像作品的発想のアイディアとそれを実現するミックスの技術には驚嘆するほかない。

そんな音響的実験の合間に、チャートを賑わすポップにさえ近いヒップホップスタイルを挟み込む事が起伏とカタルシスを産んでいる。冒頭の「Nothing is Safe」の2分半ノンビートで進んで一気に典型的なトラップのビートが音像を広げる瞬間はその象徴だ。

そう、ポップ。本作はアルバム全体を通しても広義には”ポップ・ミュージック”と言える。それを念頭に。最後の「Piano Burning」はただピアノを燃やす音をそのまま録音しただけのトラック。山下洋輔でも知られるピアノを燃やすパフォーマンスを最初に行ったのはニュージーランドのAnnea Lockwoodとされていて、本作ではAnneaに敬意を表して”作曲”クレジットを与えている。”experimental”という言葉も最早かつての現代音楽の流れを純粋に汲むものというよりは広義でのポップ・ミュージックのいちジャンルというか傾向を指す言葉になっている今、本作も当然その範疇に加えられるわけで、その広義であれ”ポップ・ミュージック”の価値観に則ればこのトラックは単に冗長なものと切り捨てる事も可能なのだろう。しかし、聴き手/受け手の存在を時に無視してでも音楽のあるいは作曲の概念を拡張しようとした20世紀中頃の現代音楽作家達へのリスペクトを今この時代に示す事は非常に重要なものに思える。このユニットの真髄を理解したくば「このアルバムは実質Attunementで終わり」なんて態度を取るべきではなかろう。


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