バニヤンちゃんと夜食食べる話

「ううっぐぅ…腹が…減った…」
自室の真っ白なマットレスの上で、私は無意識のうちにうめき声を上げていた。
オレンジの髪が乱れる枕元、壁のパネルを点灯させてみると、時刻は既に午前一時前。真っ黒な有機ELディスプレイには00:58の表示。
空腹の原因は思い当たる。腹具合が良くなかったから夕食を減らしたということ。そしてそれが過剰だったということだろう。
ともかく、このままでは寝るに寝られない!
レッツゴー夜食タイム。

そうは言っても、自炊なんてほとんど経験がない。どうしたものか。
こう…お手軽で…おいしいやつ…。
厨房への道すがら、夜食のメニューについて頭を巡らせていた。
窓がないカルデアの廊下は、時間感覚を守るために夜間は照明が淡い橙黄色になる。
寝起きに青白い光はキツいので助かる。いや寝てないけど。
若干薄暗い廊下を進んでいると、バランスボールみたいな青い玉が食堂からはみ出しているのが見える。…あらあらまあまあ。婦長が知ったら大変じゃない?

その青い牛の主、ポール・バニヤンは厨房にいた。背が低いので見えにくかったが、金髪と緑のベレー帽が見えた。どうやら鍋で何かを煮ているらしい。
ここはちょっと気を効かせて…。
「ヘイポール、君のベイブが食堂で転がってるんだけど、ヒキガエルでも舐めさせた?」
「…あ、マスター!…残念、カエルならもうこの鍋の中だよ。舐めたかった?」
「そんなケロリとした顔で言われたら、効き目のほどを疑っちゃうけどね」
「私は体が大きいから。普通の人より耐性があるんじゃない?コアーコアー。」
…最後のはフレンチジョーク…なのかな…。
「…で、実際は?」
「豆のスープを温めてるの。お腹が空いちゃって…。マスターも?」
「YES!YES!YES! “OH MY GOD”」
「ふふふ、お腹ペコペコみたいだね。マスターも食べる?味も色々あるよ」
コートのポケットから、アメリカンサイズのスープ缶がいくつも出てくる。もしかしてあれは四次元ポケットなのでは?
「ビーフコンソメ、マカロニトマト、コーンポタージュ、オニオン…クラムチャウダー!」
これだ!キミに決めた!
「じゃあ、これにしようかな。私一人分にはちと多いかもだけど…大丈夫でしょ!」
「オッケーマスター。火にかけておくよ」
「いいえバニヤン。私はそれをただのクラムチャウダーで終わらせるつもりはないの…」
「?」
バニヤンは小首を傾げる。短く切り揃えられた金髪が斜めに傾いた。
「今から、コンツァイパンを作ります!」
「おおー」
ぱちぱちぱちぱち。
「漢字で書くと棺の材料の板。台湾の料理で、日本では棺桶パン。英語だと…えー、coffin bread?多分あってる!」
「棺桶で…スープを選んだってことは、きっとパンに詰めるんだろうね」
「うん、説明の手間が省けて助かる」

作業台の上には、四枚切りくらいの厚さの食パンが二切れと、普通の菜種油。
ラードとかオリーブオイルもあったけど、正直どれも一緒でしょ!
作り方は簡単。
「まず食パンを揚げます」
バニヤンは隣の作業台に腰掛け、片手鍋から豆のスープを食べながら聞いていた。
ふむふむ、と頷いている最中も右手のスプーンはスープを口に運び続けている。
油の中で食パンが素晴らしいキツネ色に変わり、見るだけでざっくりふんわり。
このまんま砂糖まぶして食べたい!
「…次に、薄く表面を残して中身をくりぬきます。この表面部分が棺桶の蓋になります」
底を指で押し固めながら思った。よく考えたら棺桶の中がドロドロとかめっちゃ怖くない?ホラーすぎると思う。
「本来はクリームシチューを入れますが、丁度ここに温かいクラムチャウダーがあるのでそれで代用しまーす」
ビーフシチュー缶もクラムチャウダー缶もあるのに、クリームシチュー缶ってないよね。
レトルトパックで十分だからかな…。
「蓋を乗せて終わり!閉棺!」
いざ実食!

それでは合掌。いただきます!
バニヤンは既にスープを食べていたので、私より先にかぶりつこうとしていた。
…が、どうやら危うく舌を火傷しかける前に気が付いたらしい。
「これ、どうやって食べるんだろう…?」
バニヤンは熱々のパンを両手で持ったまま、不思議そうに見つめている。
「ナイフとフォークで食べるのが現地流だってさ。私は…洗うのが手間だから箸だけどね」
「じゃあ、私はフォークで…」
ザク。カリカリの耳が実に食欲をそそる音を立てた。水門を開いたダムみたいに、チャウダーが湯気を立ててドロリとこぼれ出す。
そのまま隅の部分にチャウダーを絡めて…。
…うまいっ!今なら目からメジェド様ばりのビームが出せそうな気がする!
ハマグリの旨味エキスだとか牛乳の優しい味だとか、油の染みたパンの香ばしさ…そういったものが渾然一体となってて。
しかもそれを食べるのが夜一時ですよ。
たまらない。
腹具合が悪かった?知るかバカ!そんなことよりカロリーだ!
隣でバニヤンも黙々と食べ進めており、もう食パンの3分の1が消えている。
「マスター、これ…美味しいね…!」
そう隣ではふはふ言いながらと食べられると、こっちも豪快にいきたくなる。
口の中が火傷しない程度に吹いて、GO!
昔から旨いものを食べると目が開かなくなる癖(?)がある。固く閉じすぎて瞼が軽く痛い!
こんがり揚げパンと、濃厚クラムチャウダー。店出せる。雪山だけど。いや雪山だからこそ!温かい飯が旨いのでは…!?

…ごちそうさまでした。
いやーさすがに腹も膨れた。
さ、後片付けして寝よ。
…使った油を再利用容器に注ぎながら、こんなことを思った。
私はこのカルデアの「棺桶」をあと何回使うことになるんだろうか。
…。
…ま、誰が考えたって計算したってわかんないけどね!レイシフトも楽しいし。
人間なるようにしかならない!
すると、隣で洗い終わった食器を拭いていたバニヤンが口を開いた。
「ねぇマスター。やっぱり、こういうのって…楽しいね。私は食べてるだけだったけど…」
「じゃあ、次回お楽しみに。…そうだ。次はもっと明るいうちに、皆で作ってみない?」
「ウィ!」

おわり

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