ジェイラボオープンWSの準備として「世直し系youtuber」について思ったこと

つい最近、私人逮捕をして警察官にぶち切れられるyoutuberなどが話題になっている。他にも、Xを開けば痴漢や盗撮を捕まえる動画、チケット転売を捕まえる動画がたくさん流れてくる。ということで、ここでは、「世直し系YOUTUBER」について思ったことを書いていこうと思う。

世直し系と言ってもタイプがある。

それは、上記に書いたような一般的な分類ではない。
私がいうタイプとは、情報を精査しているかどうかである。
例として、上記に書いているブチギレされた私人逮捕系は、赤の他人からの情報提供を証拠として私人逮捕している。つまり、この場合、情報を精査していない。私人逮捕ができるのは、現行犯に限る。なぜならば、現行犯は、誤認逮捕が限りなく少ないからだ。
これに対して、痴漢、盗撮、チケット転売、OPWSで話題に挙がったものの大半は、下調べや証拠をつかんでいる。

以上のように世直し系といってもジャンルが多岐にわたり、タイプもあることがわかる。では、これらに共通する点は何なのだろうか。

世直しをする側も、それによってさらされる側、それを見る側(視聴者層)も根っこにあるものは、生きやすさの向上

まず、世直しをする側とそれを見る側について見ていこうと思う。
両者には、情報の交換を通じて、利益や報酬を得られるといった共通点がある。世直しをする側は、正義であるという評判と共にお金を得る。見る側は、快感が報酬となる。なぜなら、他者(特に成功者)の欠点や不幸について知るのは快感だからだ。もっと深く言えば、安全な場所から一方的に避難できるという快感が得られるということだ。ただ、見る側はそれだけでは終わらない。快感を覚えた人間は、さらなる快感を求めて情報を集めていく。これによって周囲が意味付けされていく。つまり、自分を取り巻く外界を意味づけることによって、自分がわからないという部分を取り除いていくということだ。これが生きやすさを向上させていく。

では、さらされる側の生きやすさの向上とは何だろうか。それはもちろん、さらされる前の部分にある。欲求は誰にしもある。それを抑えられるか抑えられないかは人それぞれだ。例えとして、痴漢を挙げよう。痴漢は当然ダメだが、そこに至った結果が、我慢の末だった場合どうだろうか。もっとやばいことがその人はしたかったのかもしれない。だが、それはできないからここまでで抑えてやろうという生きやすさの向上なのではないだろうかと私は思う。

世直しの罪

ただ、私は、根本が同じことを問題としてはいない。その自覚がないこと、そして、それを一部の人間から奪っていることに対して自覚がなく、なんなら犯罪の種をまいているということを問題としている。

世直し系はSNSに投稿するという行為によって、ターゲットとした人間を社会的に殺す。しかし、それは同時にその人間の周囲の人間までも殺している。犯罪者の家族や友人がどんな目にあうかは想像に難くないだろう。こうやって悪とされた人間は社会で生きていくことは難しい。そうなってしまった人間はいわゆる無敵の人となっていく。彼らの矛先は、さらなる弱者だ。

以上のように、世直し系は一部の人間から「生きやすさの向上」を奪い、犯罪の種を生んでいる。

世直しとお金

もう一つの問題を挙げたいと思う。この記事の中で、世直しをする側は、正義であるという評判と共にお金を得ると書いた。世直しがお金につながる以上、目的が世直しからお金へと変わっていくという問題がある。お金が目的となった以上、世直しは問題がなければ存続しないため、世直し系が世直しをすることは仕組み上あり得ないという問題がある。そもそもこのお金はどこから出るのだろうか。それは、企業からだ。これの何が問題かというと、国の治安になぜその国とは関係のない企業からお金が出ているのかということだ。もっと根源を言うと人間性が一企業によって握られているのはどうなのだろうかという問題だ。企業が根本にあるということはその企業がお金が出る条件を変えるだけで、人間性をいじることができるということを意味する。

余談

一企業が人間全体を教育しているようなものだともとらえられるため、教育系以外から教育の要素を見つけられてちょっと面白いと感じた。

この内容をもとに意見を言っていくので、興味がある人はぜひ、youtubeの配信に来てください。

では、また会いましょう。


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