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指先のスクロールは思い出の扉を開ける鍵。いま、残したい大切な記録。

※この記事は、栃木県南・茨城県西エリアのコミュニケーションマガジン「地域カタログASSPA 2019年Vol.70夏号」に、地域のメモリアル・ストーリーとして終活をテーマに掲載された文章を加筆修正したものです。

インドと日本とイタリアで生まれた物語

生後5ヶ月で飛行機13時間のフライトを経験し、君が初めて日本に来たのは、ちょうど地元栃木県小山市(おやまし)の夏の風物詩、思川で花火大会が開催される頃だった。

海外で暮らす妹から、新しい命を授かった知らせを受けてからというもの、初孫の誕生に浮足立つ両親とともに、私も、君に会える日を心待ちにしていた。日本人とインド人のハーフとして、イタリアで生まれた君の写真がメールで届くたびに「画像を保存する」をタップする。まだ会う前から、親バカならぬ叔母バカぶりを発揮していた私のスマホのカメラロールは、すでに甥っ子アルバムと化していた。

画面越しのコミュニケーション

日本に来ることが決まってから数日後、仕事中に父から着信があった。普段めったに電話をかけてこない父からの着信は、何かあったのだろうかと心配になる。慌てて折返しの連絡をすると「i-Padの調子が悪い」という。

毎晩、父と母が待ちわびている孫とのリアルタイムなビデオ通話「Face Time」が見られなくなったとかで、具合を見てほしいとの要請だった。私はサポートセンターか? と思いながらも、自宅と職場と実家が車で5分圏内にあるおかげで、何かと頼りにされているのは、嬉しい。仕事帰りに立ち寄り、試しに再起動してみると、すぐに回復。ほっとした表情の父。ふと、タブレットの画面を見ると指紋だらけでベタベタに汚れていることに気づいた。もちろん、指で操作するものだから指紋が付くのは当然だ。しかし、ここまで強く押す必要はないのに……と思った瞬間、妹からFace Timeのコールが鳴った。

「きたよ!」と母を呼ぶ父。

指紋ベタベタの理由が、すぐに分かった。

ママに抱っこされた君が大きな瞳をくりくりさせながら手を伸ばそうとする姿が映るたびに、父も母も、その手を握りたくて何度も何度も画面に触れるのだ。

君の体温を、重さを、感じたくて。

思えば、君の誕生を誰よりも待ち望んでいたインドのおじいちゃんもまた、その腕に抱きたかったことだろう。まるで命のバトンをつなぐようにして、君が生まれるほんの一週間前に、旅立っていった。

数年前の画像も指先のスクロールひとつで見ることのできる今、両国の家族みんなで撮った思い出を振り返る。きっと、大きくなってから知るおじいちゃんの物語は、鮮明な画像とともに君の未来を照らしてくれるはずだ。

私には遺影写真でしか会ったことのない祖父母がいる。父方の祖母と母方の祖父は、私が生まれるずっと前に亡くなっていて、どちらもたった一枚の白黒の遺影写真と、両親から聞いた話だけを頼りに、どんなおじいちゃん、おばあちゃんだったのだろうと思いを馳せる。会うことは叶わずとも、遺影の前で手を合わせる時は静かに語りかける。「いつも見守っていてくれて、ありがとう」と。

これからの記録のカタチとは?

花火を打ち上げることは、昔から死者の霊を慰める鎮魂の意味もあった。

人々が一斉に空を見上げ、歓声が湧き上がる。

小山市の花火大会の目玉でもある尺玉の打ち上げともなると、今か今かと祈るような気持ちになる。お腹の底に響く音、天から降り注ぐような圧巻の花火。そして近年特に印象的なのは、夏の夜空に咲く大輪の花と同じくらい、地上できらめく無数のスマートフォン。写真だけでなく動画を撮っている人も増えた。音も、動きも、この瞬間の空気を記録に残したい、そう感じた時の選択肢が動画になるのは自然なこと。言葉にならない感動や、かけがえのない時間も、大切な記録としてカタチに残せる時代になったのだ。

まだ小さな君を連れてお祭りの人混みの中に行くことはできないから、家の庭でささやかな花火大会をした。甚平を着せてもらい、粋な姿での花火大会デビューだ。パチパチと弾ける火花の音に驚きながら、黄色、白、緑、次々に色を変える花火をじっと見つめる君のその大きな瞳には、これからどんな未来が映るのだろう。

今年もまた、花火大会の季節がやって来る。その頃には歩き始めているであろう君が見上げる世界の広さと深さを思う。いつか君が、自分の足で、言葉で、ママや私が生まれたこの地域のことをもっと知りたいと興味を持ってくれた時に、頼れる存在でありたい。

そして、栃木県南・茨城県西エリアに暮らす人たちにも「地域の今」を届けるため、足をつかって心をつかって、発信し続ける。世代を超えて伝わるようにと願いながら。

江口雅枝

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