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丸をつけよ

この前大学の喫煙所に一人で行ったら、全然知らない男の子に「まこ!」と声をかけられた。入り口のところでしゃがんでタバコを吸っていた人で、私が喫煙所に着いたときからなんとなく視線を感じていた。私は穂村弘さんみたく、一人でいるときに自然を装おうとして不自然になってしまう人間だから、多分不自然だったけれど、とりあえずその人に背を向けて立っていた、そうしたら知らない人の名前を呼ばれた。喫煙所には私たち二人だけ。

人違いってする側もされる側も恥ずかしい。真正面から顔を見たわけでもないのによく大声で名前を呼べるなあとその男の子に妙に感心してしまった。私だったら遠目から見て知り合いらしき人がいても声はかけない。寧ろそこまで親しくない人が近くを歩いていたら、見つかったら面倒臭いだろうと思って、そそくさ歩いて気付かないフリをする。そういう人間です私は。

私の子供の頃を振り返ると、ずいぶん嫌な人間だなと我ながら思う。覚えたばかりの諺なんかをひけらかすような子供だった。姉が何か失敗した(確か英検の日にちを間違えてしまった)のを見て「人の振り見て我が振り直せ、だから、私は気をつけるね」なんて言ってた。嫌なガキ。なんて憎たらしいんだ。そんな私に姉は「すごいね、しーちゃんはよく色んな諺知ってるね」なんて言った。それでまた調子に乗る。東京生まれ東京育ちなのに、今じゃ山手線の内回り外回りすらわからないしょうもない22歳になってしまいました。

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高校生の頃を思い返してみると、あの頃の私は恋愛という恋愛をしたことがなかった。告白をされて付き合ったことはあっても、人を好きになったことなんてなかった。そのせいで「ああ、私は人のことを好きになれない人間なんだろうな」なんて思っていた。少女漫画みたいなキラキラした恋愛にも興味はあったけど、どこかませていた(と言うべきかひねくれていただけか)私は、多分そんな自分に少し酔っていたのだと思う。まさに、井の中の蛙大海を知らず。また諺使ってるじゃん、とかいうツッコミを期待して書いたわけじゃないです。世の中には嫌な人が多い分、魅力的な人も溢れていると今は思う。沢山の人のことが魅力的に見えて仕方ないのもどうかと思うけど、今までみたいに誰も好きになれないと悲観的になるよりは良いんじゃないかなんて思う。

先日"38歳バツイチ独身女がマッチングアプリをやってみた結果日記"というドラマを観た。原作は、以前からネットで読んでいた松本千秋さんの漫画。なんだかとっても懐かしくなっちゃったな。そうそう、これこれ、なんて思いながら観ていた。

千秋さんみたいに、私も色々な人と会うことが楽しくて(色々なことがあったけど)、特に理由なんかなくマッチングアプリをやっていた。でも、"マッチングアプリをする"というその行為に、なぜか理由をつけたがる友人がいた。それがすごく嫌だったし違和感を感じた。そんな大義名分を立ててマッチングアプリをしなきゃいけないのか。白黒つけたがるのはよくない。

最近人に勧められて山田詠美の『ぼくは勉強ができない』を読んだ。その中でも"◯をつけよ"という章がものすごく好きだった。

"事実は、本当は、何も呼び起こしたりしない。そこに、丸印、ばつ印を付けるのは間違っていると、ぼくは思うのだ。父親がいないという事実に、白黒は付けられないし、そぐわない。何故なら、それは、ただの絶対でしかないからだ。(中略)ぼくは、ぼくなりの価値判断の基準を作っていかなくてはならない。忙しいのだ。何と言っても、その基準に、世間一般の定義を持ち込むようなちゃちなことを、ぼくは、決してしたくないのだから。ぼくは、自分の心にこう言う。すべてに、丸をつけよ。そこから始めるのだ。そこからやがて生まれて行く沢山のばつを、ぼくは、ゆっくりと選びとって行くのだ。"
山田詠美『ぼくは勉強ができない』より


偏見とか、先入観とか、変な差別意識とか、そういうのを皆やめようよ、なんて思った。自分含めてね。人は自分の理解できない行動や言動なんかを、批判しがちなのだと思う。すべてに丸をつけること、忘れずにいたい。マッチングアプリなんか、という人は多いかもしれないけれど、少なくとも私は、やらなきゃよかったとは思えない。やってよかった。出会った人と関わった時間は人生のほんの一瞬だけど、私と出会ってくれてありがとう。良い経験ができました。

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先日友人と高尾山に登ってきた。紅葉はもう終わりかけていたけれど、ひいひい息を切らしながら山頂に着いたときは、なんだかすごく気持ちが良かった。山頂でとろろ蕎麦を食べてビールを飲んで、降りた後は温泉に入った。露天風呂に入って何も話さず空を見上げていても、なんの気まずさもない。こういう友人がいてよかったなと本当に思った。

山を登っている途中のお店で、「こんなに目の前で団子が焼かれているのに、ソフトクリーム頼むの?私は目の前の誘惑に勝てない」と言ったら友人は笑っていたけど、先に注文をした私が振り返ると友人も団子を頼んでいた。美味しいねと言って、景色を眺めながら二人で食べた。

また出掛けようね。

#日記  #エッセイ #コラム #ぼくは勉強ができない #マッチングアプリ

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