限りある時間への敬意を忘れてはならない
失敗をしたことによる信用の失墜や、借金などの負債は本人次第でいくらでも取り戻すことができます。
また、失敗を糧にして奮起することで、より一層の信頼や資本を得ることができる場合もあります。
しかし、日々を過ごす中で誰もが必ず失っているものがあります。
それは時間です。
時間は取り戻すこともできませんし、増やすこともできません。
どんなに成功者の話を聞こうとも、ビジネス書を読んだとしても時間を増やす術はありません。
僕は、時間=命(寿命)だと思うようにしています。
時間が過ぎるということは、命が減っているということです。この世に存在できるリミットが近づいてきています。
今日できなかったことは、明日やればいい。
今日、未達成となった目標は、また明日チャレンジすればいい。
その通りです。
しかし、その度に挑戦できる機会が少なくなっていることを忘れないでください。
無限に挑戦できるわけではないのです。
挑戦を重ねるということは、時間を費やしているということになります。
時間を費やすということは、命を削っているということにつながると思いませんか。
話題を少し変えます。
技術習得にかかった時間への敬意
みなさん、基本的に仕事の依頼を受ける際、作業量に対してどれくらい時間が必要になるか概算をして、見積もりをしていると思います。
例えば1時間1,000円と仮定するなら、作業に2時間かかる場合、2,000円の見積もりになります。
作業に技術を要する為、技術料としてさらに価格を上乗せする必要があると考えます。
こちらについて、画家のパブロ・ピカソにまつわる話を用いて説明します。
レストランで食事をしていたピカソ。
そこに彼のファンがあらわれて、ナプキンを差し出し、簡単な絵を描いていただけますか。とお願いをした。
ピカソはナプキンに30秒ほどで絵を描いて、ファンに「1万ドルになります」と告げる。
するとファンは驚いて「30秒で描いた絵が1万ドルなんて高過ぎる!」と、言い放ちます。
すると、ピカソはこう言いました。
「いいえ、30年と30秒です」
プロと呼ばれる人たちは技術を習得するにあたって、多大な投資をしています。
お金だけなく、もちろん時間も。
僕は「作業をしてもらう」ということを軽んじるクライアントさんからは、次の仕事を受けようと思いません。
依頼する際に、
「簡単な作業だと思います。いくらになりますか?」
とか、
「さほど難しくないと思いますが、どれくらいかかりますか?」
というような質問は、失礼にも程があります。
そのようなクライアントは価格で依頼先を決めます。私でなくても良いのです。
ピカソのエピソードに話を戻しますが、ファンであるならナプキンに書いてくださいなんて、畏れ多くて言えませんよね。
相手の能力や技術力を軽んじており、尊重できていない証拠です。
僕は思いました。せっかく独立して開業したのです。お客様は選ぶことができるんだと。そのために、日々良い準備をするのです。
お互いを尊重し合えるクライアントと仕事ができるように。
限りある時間を有意義に使うことができるように。
命を削っているということを忘れないために。
それでは、今日はここまで。