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ブラックコーヒーと砂糖とミルクをひとつずつ

窓から差し込む光に目を覚ます。
肩も腰も痛い…僕はいつから寝ていたんだろう。
固まっていた身体を背伸びでほぐし、少しの身支度を済ませ家を出る。
今は何時なんだろうか。イタズラなほど目の前にチラつく光に、僕は目を細めた。
家から線路沿いを歩いて徒歩20分のカフェへ向かう。
白いレンガ調の壁に薄茶色のオークの扉。
観葉植物がたくさん並べられたドアを開けると、目の前にカウンター席が並んでいる。
僕は一番奥のカウンター席に腰を下ろすと、鞄からノートパソコンを取り出した。
なかなか進まない執筆作業に頭を抱えていると、
店の奥から店員の女の子が水を持ってくる。


「ブラックコーヒーと砂糖とミルクを一つずつ」


僕は毎回同じものを頼む。彼女もそれを知っている。
小さく頷くと、彼女は店の奥へと消えていった。
この店の制服なんだろうエプロンを身につけ、胸まである髪を一つに結んでいる彼女はとても大人しそうで、僕はそんな彼女が、密かに好きだった。
彼女がそこにいるだけで、僕の心は温かくも穏やかにもなる。
いつか想いを伝えるつもりだった。


“この作品が書き終わったら。“
“この作品が賞を取れたら。“


そんないくつものたらればを並べて、気づけば何年もの月日が経っていた。


店の奥から彼女が淹れたてのコーヒーを持ってくる。
丁寧にコーヒーソーサーとコーヒーカップを置く左手が光る。
僕はその光の眩しさに、また目を細める。


彼女の淹れてくれたコーヒーは、今日も少し苦かった。




#創作 #朗読 #詞 #恋愛もの  

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