見出し画像

何度目かの恋の話①

“今日家行ってもいい?”
そうLINEが送られてきたのは、私がバイトをしている時。
腕時計を確認すると、その針は8を指していた。

エレベーターに乗りながら、壁に寄りかかって返信をする。

“良いけど、今日帰り遅いよ?日付変わるころになると思う”

それだけ送ってスマホをポケットにしまった。
どうせ返事は分かっているんだ。
彼に私の予定なんかは関係の無いことだから。

小さく一つ、ため息。
目的地に着いたエレベーターを降り、仕事に戻った。


数十分後。
移動中にもう一度スマホを確認すると、彼からの返事がきていることに気がつく。


“大丈夫”

絵文字も顔文字も、スタンプすらない単調な返事。
いつも通りの返事に、私もまた、いつも通りの返信をした。

“分かった。気をつけてきてね”


彼と出会って、もう一年だ。
友達の遊びに誘われて、そこに彼はいた。
私の一目惚れで付き合ったその人は、仕事に打ち込んでいる素敵な人だった。
少年みたいな笑顔で笑って、手先が器用で、たまに意地悪をしてくるけど温かい人。
最初は彼も返信に絵文字を使うくらいには、気を遣ってくれていたと思う。
それがいつだったかただの文字だけになって、そして今や返事だけの事務連絡用のものとなった。
それはそれでいいんだろうけど。
たまに酔った拍子に私が“好き”だなんて送っても、無視されることには私は慣れなかった。

デートはこの一年間で何回したんだろうってくらい、していない。
観光に行っても相手が楽しんでるのかが分からなくて、正直あんまり記憶が無かった。
写真を撮ろうとお願いしても、顔を隠される。

私が好かれているのかが分からなくて、それで一度だけ喧嘩をしたことがある。
会っても話さない。会う機会が少ないのは、仕事柄仕方が無いことだと思っている。新人だから、下手に休めないのも分かる。なら、連絡くらいはきちんとして欲しかった。連絡もとれないくらい忙しいなら、たまに会う時くらい話をして欲しかった。

そんなことを、怖々しながら相手に伝えた。
めんどくさいと思われるのは嫌だったから。
彼には謝られた。直すと言われた。
それでも直らなかった。

好きだから我慢できた。
これを諦めてしまえば、この関係に終わるがくると。
そんなことに、なんとなく気付いていたから。

だからいつも我慢していた。
話せなくても、LINEを無視されても。
友達との方が沢山話していることを知っても。
私に教えてくれないことを、友達が知っていても。
それは全て、彼の気まぐれなんだと。
彼に惚れてしまった私には、我慢をするしかないことなんだと。

「ただいま」

小さなアパートの、ワンルーム。
それが私の帰る場所。

暗闇にかけた声は、極力小さくした。
なぜなら、部屋の電気が消えていたから。
それはつまり、彼は寝ているという事だから。

リビングの扉を開けて、傍に荷物を降ろす。
ソファーに腰掛けて、ロフトに視線を送る。
数メートル先にあるそれが、私の寝床。
そして今、彼が寝ている場所。
本日二度目のため息をついた。

帰ってきて彼が寝ているのはいつものことだ。寝ている彼に気を遣って、物音をたてないように過ごす時間ももう慣れた。寝る準備を済ませてからロフトに上がって、私の場所がない布団の隅に蹴られた毛布を被りながら寝るのも慣れた。そして朝、私の起床時間には随分と余裕のある彼がつけたアラームに起こされるのも、もう慣れた。

起きる彼に合わせて、ロフトを降りる。
出発の準備をして、玄関を開けた彼に「行ってらっしゃい」と声をかける。
「ばいばい」と一言いって、すぐにその場を離れていく彼の背中を見送る。
そのまま玄関を閉め、鍵をかけて、またロフトに上がってもう一度寝る。

それが私と彼のいつも通り。


これは、そんな私の思い出をただ綴るだけのお話。
どこかの誰かの、ほんの少しのホントが混ざった作り話。

サポートしていただけると、私のQOLが少しだけ上がるうえに、心がほくほくになります。ただ喜びます。