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生まれることと、死ぬことと

 人が生まれてくる時は1人だとずっと思っていた。生んでくれる人がいたとしても、結局は生まれる人間が母の力を借りながら、自力で出てくるしかない。命をつくる行為は必ず2人で行うのに、命を生み出す瞬間は生む人、生まれる人の2人分の孤独で出来ていることに違和感を感じていたけれど、実際に命が生まれる現場に立ち会っていたら、孤独じゃないのかもしれないなと感じた。苦しそうにいきむ嫁がいて、産婦人科の先生がそれをサポートしていて、出てこようとする意思を持つ人がいて、うちわで嫁を仰ぐしかできない僕がいて、妙な一体感があった。
 昔から団体戦が苦手で、人の気持ちを汲み取るのも下手だから、その一体感のなかで自分はちゃんと役割を果たせていたか甚だ疑問ではあったし、嫁側からしたら全く違う感想が出てくるのだと思うけれど、合図とともに嫁の体内からびしょびしょで出てくる赤ちゃんはとても力強くて美しかった。

嫁に対しては、これで苦しまなくて済むねって気持ち、お疲れ様、生んでくれてありがとうという感謝の思いがこみ上げてきて、生まれてきてくれた赤ちゃんに対しては良く頑張ってたね、偉いねって褒めてあげたい。泣くくらい大変だったんだから。
決して平和とは言えないこの世界に新しい命が一つ増えたこと、その命が掛け替えもなく重たいものであることを嬉しく思う。

あくまでもここがスタートだと分かっている。分かっているけれど、こんなにも希望に満ちたスタートがこの世にあったことを知って涙腺が緩む。
 それと同時に、支えられる人間でありたいなと思った。これだけ苦労して生んでくれた嫁を、一生裏切ってはいけない。自分が後悔をしない人生も良いけれど、選んでくれた人に後悔をさせない人生を送りたい。常に感謝を忘れない、なんて難しい。出来ればいいけど自分の性格上、きっとそれは無理だ。だからこうして、書き残しておいて嫁の苦労や気持ちを思い出すしかない。自分がされたら嫌なことも数多くしてきた。八つ当たりもした。傷付けたくてワザと傷付けた時もあったし、傷つけるつもりがなかったのに、傷付けてしまった日もあった。とにかく苦労されてしまったけれど、お母さんになるのが夢だったと話してた彼女のやっと叶えることができた。すごく嬉しかった。 

生んでくれて本当にありがとう。誰もが腰を抜かしてびっくりするくらいすごいことをしたね。僕には到底できない勇気ある、愛情のある、それでいてカッコいい選択と行動だった。一緒に育てるから休める時にはしっかり休んで。本当にお疲れ様でした。

 そのまま入院する嫁を残して、病院を出た。家族や友人、いろんな人に連絡をして自分が人に囲まれて生きていることを改めて痛感させられた。久しぶりにお婆ちゃんに電話を掛けた。3週間前のお爺ちゃんが亡くなった夜、これっぽっちも動かなくなったベッドの横で、話し相手が居なくなっちゃったなと呟いた姿が焼き付いてしまっている。無事に生まれたよ、3298グラムの女の子だよって伝えたら実家にいる時に良く聞いていたパキッとした明るい声で「そっか、良かったね」って言ってくれた。葬式の時はほとんど泣いていたから、明るい声が聞けて泣きそうになるくらい嬉かった。早く見せてあげたい。お婆ちゃんにも、お爺ちゃんにも。お爺ちゃんがいなくなったのと同じ火曜日だったよとなるべく明るく声で言いたい。亡くなった人との思い出はもう増えないと思っていたけれど、生き続けていれば、こうやって増やすこともできるんだな。その機会を与えてくれた嫁と娘にありがとうが尽きない。

 娘が生まれた4/7は本当に良く晴れていて暖かい日だった。春めいた柔らかさが生活を包んでいて、夜にはピンクムーンと呼ばれる満月がぽっかりと浮かんでいた。顔を見てから決めようと話していた名前の候補はあおい、いろは、ひかり、ひなたの4つ。
 
陽だまりみたいな暖かい日に生まれ、昼寝でもしてるかのように穏やかな顔つきで僕らのことを照らし、人の縁を大切にできる温かい子に育ってほしいという願うも込めて、ひなたを選んだ。想いを込めたけれど、それに縛られずにのびのびと健やかに育ってほしいな。
 ここ最近のニュースは塞ぎ込みたくなる話ばかりで気が滅入るけど、ここで負けるわけにはいかない。コロナにかかるわけにはいかない。
 いつか3人で出掛けられる日が来たら、僕は娘の右手を持って、嫁は娘の左手を持って、娘は横断歩道に足がつかないように膝を曲げて、横断歩道を渡り切るんだ。時間にしたら1分も満たないような瞬間を心の底から楽しみにしている。それでもいつかはクソジジイとか言われる日も来るんだろな。ドラえもん「のび太の結婚前夜」でのび太がスネ夫たちと飲み会としてるシーンが好きなんだけど、二十年後にはしずかちゃんのお父さん目線で見てしまうのかもしれないなと思ったら不思議でたまらない。そんなバカみたいな話を誰かに直接出来るような平和な日常を愛おしく思った。
 一刻も早く、穏やかな生活が送れる日がくることを心から願う。

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