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【不思議な体験】トンネルの人形使い

そのトンネルはとても小さなものだった。家から徒歩で10分ほどのところにあり、トンネルの上には道路が通っている。私は幼い頃から駅に行くときにこのトンネルをよく通ったものだ。

今からもう十数年も前のことだ。その日、私はトンネルに向かう遊歩道の上にいた。1メートルほど空中を浮かびユラユラ駅の方へと向かう。

魂の散歩だ。

若い頃、眠っていると頻繁に幽体離脱を体験した。狭い身体を抜け出して私の魂は外へと飛び出す。とんでもない非日常の不思議体験。つまらない毎日のほんの気晴らし。

ところがこのところ、そんな遊びを妨害されることが増えた。幽体離脱を存分に味わうことのないまま、中断することが続いていた。

しかしこの日はラッキーだった。夜ではなく、昼寝をしていたためだろうか。いつもなら邪魔をする守護霊もどこに行ったのか、出てこない。

そういえば、うちの守護霊は「おまえ以外にも守らねばならない人がいる」と言っていたことがある。たぶん、そっちに行ってるのだろう。

(ちょうどいい。のんびりぶらぶら空中散歩をしようじゃないか。)

駅に向かういつもの遊歩道をふわりふわりと進んでいく。今日は疲れているのか、やけに身体が重い。調子の良い時ならもっと高く飛べるのに、地面スレスレをかろうじて浮かびながらゆっくり前に行く。

途中、不思議なおじいさんとすれ違う。着物を着た長い白髪のおじいさんが道に大きな字を書いている。

(なんて書いてるんだろう・・・?)

すれ違いざまに字を見る。大きな筆で書かれたそれは、文字ではなく矢印だ。矢印は道の向こうを指し示す。

駅に向かう私と同じ進行方向だと思って、矢印からふっと顔を上げるとトンネルが目に入った。

(・・・・いや、待てよ?トンネルの前になにかある。)

気になってゆっくり飛んでそれを確認できる距離まで近づいていく・・・・

『え゛っ・・・人形!?』

トンネルの手前の遊歩道の上に人形が置いてあるのが見えてきた。おかっぱ頭に赤い着物を着ていて、まるでお茶を運ぶカラクリ人形のように、両手を前に差し出したポーズで立っている。

(市松人形だ・・・なんでこんなところに・・・)

さらに近づいてギョッとした。

小さな人形の髪はボサボサのおかっぱ頭で、まばらに伸びた髪が人毛であることを伺わせた。着ているものは着物ではあるが、下着として着る襦袢のように見える。赤い麻の葉模様のその襦袢は、まるで着古した人間の女のもののような・・・・

全身に怖気が走る。

(これ、人形じゃない!)

そう思ったと同時に人形がガタガタガタガタ・・・・揺れ出した。見ると、両手の先が糸で吊り上げられている。糸に吊られ揺れる・・・・ガタガタガタガタ・・・!

(これは、人間で作った人形だ!!)

「すずちゃーん」

「うふふふ・・・・、すずちゃーん・・・どこなのぉ?」

上から女の声が聞こえた。甘ったるい響き。トンネルの上の道路を、白い日傘を差した髪の長い女が向こうから近づいてくる。

「す ず ちゃーーーん…」

「ふふふふふっ・・・・!」

(しまった!これは、”人形使い“だ)

とっさにそう思った。

(やばい、逃げなくては!!あれに捕まると、私の魂も人形にされる!!)

慌てて道を引き返そうとしたが遅かった。グルン!と目の前の景色が回る。グルグルグルっと、回転する。

「わああああああああっ!!!!」

「アハハハハハッ・・・!!アハハハハハッ・・・・!!」

もみくちゃにされながら、女の高笑いを聞く。ああ、捕まった、もう逃げられない、そう思ったときだった。家の方角から、すごい勢いで雲が飛んできてバァーーン!と、こちらにぶつかった。

雲から現れたのは、私の守護霊だ。僧侶の姿をした守護霊は、両手で印を結び呪文のようなものを唱えながら、悪霊から私を引き剥がして後ろにやって前に出た。グルグル回されて混乱しつつ、私も守護霊に合わせて戦う体勢に切り替える。

守護霊と二人、必死にお経を唱えて印を結んで・・・・、反撃されて、またもみくちゃになって、また呪文を唱えて・・・・と繰り返し、やがて気づいたら、地面には息も絶え絶えになった人形使いが転がっていた。

ウェーブした長い髪に古めかしい洋風のワンピースを着た中年の女の霊だ。

守護霊と私、二人でなんとか倒したらしい。

守護霊が「ハァ、ハァ・・・」と肩で息をしながら、最期のとどめを刺そうとして、しかしそこで固まった。

急に人形使いの女が憐れに思えたようだ。生前は普通の女であったろうに、死してなぜこんな悪霊になってしまったのか。

迷ってとどめを刺そうとしない守護霊を後ろにやって、スパッと私がとどめを刺した。どうせこんな悪霊は、助けたところで同じことを繰り返すに決まっている。私にそんな優しさはない。

守護霊は息絶えた魂を哀しげに見送っていた。

「うーん。。。?」

はたと気がついたら、私は身体に戻っていた。寝ていたようだ。

「ハァ・・・・!怖かったぁ。。。夢にしては、ずいぶんリアルだったなぁ・・・?」

「だからあれほど、“魂だけで出歩くな”と、いつも言ってきただろうが!」

ちょっと疲れた守護霊の声が聞こえた。

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