歳差運動1-⑭

暑い盛りの夏のある日

高校生活の集大成ともいうべき大会も地区予選で涙をのみ、することがなくなった夏休み。同世代の高校生が懸命にプレーし観客を沸かせている甲子園中継をぼんやりと眺めていた。感情移入どころか自分自身の感情が湧いてこない。そんな空虚な毎日を過ごしていた。

何となくだが大学に行きたい気持ちがあった。だが現実感が全くなかった。近所でも親戚でも大学に入った話など聞いたことがなかった。大学生の生活はどんなものなのかさえ想像もできない。大学に行くには当然勉強をしなければならない。それは分かっている。学校の授業のようにただ話を聞いているだけでは済まないことも分かる。

けれども…

背後に人影を感じた。土のにおいというか草いきれのような熱気を帯びた気配。

父だと直感した。

「おお!遊んでいるなら野良仕事を手伝え!」

午前の畑仕事から帰った父が数メートル離れた土間を移動しながら荒い語気を背中にぶつけた。

親に大学に行くと言っていた自分には返す言葉が見つからない。だが、父親の言葉もそれっきりだった。

テレビから聞こえてきた大きな歓声に後を押されるように条件反射的に立ち上がり、着の身着のまま畑に向かっていた。

無意識のうちに歩いてたどり着いたのは陸稲畑だった。道沿いに縦に耕作され、長さは80mはあろうか。青々と密生している陸稲が腰の高さまで伸びていた。穂を出したばかりのように思えた。

ためらわず、畝の間に身を細めて入っていった。そして腰を屈めて草を探し歩いた。スプリンクラーで水かけしたばかりの畑はぬかるんでいた。長靴でなかったのを後悔した。泥だらけになって草を抜き体を起こすと真夏の太陽が頭のてっぺんに来ているのを実感した。綿のシャツが汗と水滴で濡れ、体にまとわりついた。

家業にしている仕事なのに自分は畑に何が作られているかさえ知らなかった、と思った。だから、親がどんな仕事をしているのかも知らない。考えもしてこなかった。それを恥じた。こんな真夏にやる野良仕事の辛さを知らなかったのだ。

畝を数往復しただけで音を上げた。その場に座り込んだ。立てなかった。

陸稲に紛れて姿を消したい…

このままでいれば周りからは誰にも気づかれない。

消え去りたかった。


続く~