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【連載】ヒーローは遅れてやってくる!! 第九話 幹部セリグからの宣戦布告!

【前回までのあらすじ】
 ブラック・アルケミストのアジトに侵入した吉郎の前に、幹部ナホジェが現れる。幹部の圧倒的な強さに気圧される吉郎だったが、捕虜の男の子が応援を始める。かつてヒーローショーに憧れた子供だった吉郎は捕虜の男の子に自分を重ねる。いつしか応援は捕虜達の大合唱になり、吉郎は声援に応えてナホジェを撃破する。

[第ニ章]捕虜奪還編
[第九話] 幹部セリグからの宣戦布告!

 捕虜収容施設にされていたビルは比較的破損が少なく、食糧もあった。吉郎は捕虜になっていた人達が用意した料理を分けてもらった。吉郎がパワーに目覚めてから初めての食事だった。
「うまい! これすげえうまいよ!」
 吉郎はあり合わせの野菜と傷んでいる所を取り除いて使った冷凍肉の炒め物にがっついた。食べなくても死なないとはいえ、おいしい物を食べたい欲求がなくなるわけではない。久しぶりの人間らしい生活に吉郎は嬉し泣きした。
 食事が終わると、捕虜達が吉郎を囲んで話がしたいと言ってきた。突然現れた不思議なパワーを持つ敵に地球を破壊されて、理由が知りたいと思うのは捕虜にされた人達も同じだった。
 ユキルの説明を聞いて、人々は腑に落ちないなりに納得しなければならないと肩を落とした。
「それじゃまるでフィクションじゃないか」
「現実的じゃないと思ってはいたけど、やっぱりね」
「これからどうすれば……」
 吉郎には人々の抱える不安がよくわかった。自分だって、ヒーローのパワーがなかったら敵に立ち向かう勇気すら出なかったはずだ。
「皆さんの気持ちはよくわかります。形勢は非常に不利です。だけど、諦めるわけにはいかないんです。俺が必ず地球を救ってみせます」
 吉郎の言葉を聞いて、人々の目にほんの少し希望の光が見えた。
「そうですね。頑張りましょう。生きている私達がクヨクヨしていても仕方ありません」
 吉郎の首に小さい手が触れた。背中に飛びついてきたのは、ナホジェとの戦闘時、吉郎を応援してくれた男の子だった。
「わっ! どうしたんだよ、お前」
「お兄ちゃん、遊ぼう!」
 男の子はすっかり吉郎に懐いていた。
「わかったわかった。今遊んでやるからな!」
 男の子の名前は奏汰といった。奏汰が持っていた幼稚園カバンの内側に家族の名前や住所まで書いてあった。奏汰の親はどこで奏汰が迷子になっても身元がわかるように用意周到に準備していたのだ。
「奏汰、お父さんとお母さんは一緒じゃないのか?」
 吉郎が軽い気持ちで質問すると、奏汰は下を向いて黙り込んだ。しゃがんで顔を見ると、泣きそうなのを必死に堪えていた。
「ママはね、消えちゃったの。パパは知らない」
 吉郎は絶句した。奏汰の口からブラック・アルケミストの襲撃の様子が語られるとは夢にも思わなかった。子供だから都合よく忘れているとでも思っていた自分がバカだったと吉郎は反省した。
「悪かった。もう話さなくていいから、な? よしよし。お前はよく頑張ってるよ」
 吉郎が頭を撫でると奏汰は吉郎に抱きついてきた。こんな小さな命にもあたたかい温もりがあるのだと吉郎は知った。

∞     ∞     ∞

 その晩、吉郎は眠れなかった。捕虜達と一緒にビルの中で眠ることにしたが、捕虜達がこれまで経験してきたことを考えると寝付けなかった。ブラック・アルケミストが地球全土を闇に陥れた時、吉郎は運良く眠っていた。吉郎に宿ったパワーが自動的に吉郎を守ったおかげで難を逃れたが、吉郎はどんな風に地球文明が滅ぼされたのか見ていない。
 捕虜にされた人々は惨劇を目の当たりにしてきたのだろう。何の力も持たない人々が得体の知れない何者かに突然攻撃されて、家族や友人が死ぬところを目撃した。なす術なく捕虜となり、こんな所に詰め込まれて明日どうなるかもわからない。それはどんなに怖かっただろう。もっと早く生存者の存在に気付いていたら、もっと早く助けてあげられたかもしれない。植物の世話も大事だが、人命の方がずっと大事だった。
 地球上のどこかに、まだ助けを求めている人々がいるかもしれない。その人達全員、俺が助けてあげなくちゃ。明日になったらすぐにでも行動しよう。
 吉郎は寝返りを打った。次の瞬間、恐ろしい殺気がフロア中に充満した。
 振り返ると、切り刻まれた死体の山があった。ほんの一瞬で、捕虜だった人々全員が殺されたのだ。
 声も出せない吉郎の目の前には、ナホジェと似た白衣を着た男とアサシンのような姿の刺客がいた。
「我が名はセリグ。ナホジェの失敗を取り返しに来た」
「お、お前……! なんて事を……!」
「ヒーローとやら、貴様の企みはわかっている。これ以上の犠牲を出したくなければ大人しく引き下がるのだ」
「できるかよ! そんなこと!」
 セリグが消えようとしていた。アサシンのような刺客が前に出てくる。
「待てよ!」
「あとは任せたぞ、ナクソト」
 吉郎は渾身の力を込めたパンチを繰り出した。セリグは消えてしまい、パンチは擦りもしなかった。光を帯びた吉郎のパンチをまともに受けたナクソトは消失した。
「奏汰! 返事しろ! 奏汰!」
 吉郎は暗闇の中で奏汰の名前を必死に叫んだ。小さい子供は奏汰しかいなかったから、すぐに見つけられるはずだ。頼むから死なないでくれ。
 吉郎の必死の願いも虚しく、吉郎は奏汰の亡骸を死体の山から発見した。
「奏汰……! 何でだよ……!」
 吉郎は血に濡れた奏汰の亡骸を抱きしめた。すっかり冷たくなって、何の反応も示さなかった。
「嫌だ……! 奏汰……! 奏汰……!」
 また守れなかった。吉郎の後悔に満ちた叫び声は朝まで止むことはなかった。

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