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【短編】Corridor Coriander 後編

様々なシチュエーションにおける短編集

「Corridor Coriander」後編


登場人物
煌雅:コウガ。村越家の長男。
深雪:ミユキ。村越家の長女。
心夏:ココナ。村越家の二女。
緑:ミドリ。お母さん。元看護師。
勝太郎:カツタロウ。ミドリの実父。
成哉:セイヤ。ミユキの婚約者。
響:ヒビキ。本名は田巻平夫(タマキヒラオ)。元女装家。
楓:カエデ。コウガの幼馴染。
茜:アカネ。コウガが婚活パーティでマッチングした女性。

4 お兄ちゃんの高校時代


●村越家の家の前の道路
 平日の夕方

 カエデ、登場。
 インターホンを押す。

ココナ:(声のみ)はーい。
カエデ:木村楓です。
ココナ:あ、カエデさん! 待っててください!

 ココナ、紙袋を持って登場。

ココナ:こんにちは!
カエデ:こんにちは!
ココナ:これ、リョウくんにあげる服です。
カエデ:ありがとう。ちょっと中見てもいい?
ココナ:どうぞどうぞ! 家の中で開けましょう。
カエデ:お邪魔します。

 ココナ、カエデ、家に入る。

カエデ:え、ちょっと待って。何これ。まだコウガくんってコリアンダー箱買いしてるの?(苦笑)
ココナ:そうなんですよ。ビックリでしょ?
カエデ:もう十年くらいこのままってこと?
ココナ:そうですそうです。なんかもう、うちの人達はお兄ちゃんの味に慣れちゃってどうでもよくなっちゃったけど。お姉ちゃんの婚約者なんか、一回食べてからハマっちゃって、同棲してる家でもコリアンダー常備しようって言われてお姉ちゃん困ってるんだって。
カエデ:やだ、何それ。やっと解放されると思ったのにってことでしょ?(笑う)
ココナ:本当にそれですよ。
カエデ:人って案外変わらないものね。この家も、久しぶりに来たけど、あんまり変わってないしね。
ココナ:お父さんが亡くなって、おじいちゃんも老人ホームに行って、お姉ちゃんも同棲しちゃって、どんどん静かにはなってますけどね。
カエデ:そっか。
ココナ:じゃあ、これ開けてみますね。
カエデ:どれどれ。

 ココナ、服を取り出す。

ココナ:じゃーん。
カエデ:わあ、かわいい。
ココナ:ですよね!
カエデ:リョウが着たら超かわいいかも!
ココナ:そうですよね! リョウくんかわいいから、これ絶対似合うと思う!
カエデ:でもさ、ココナちゃん。これ、コウガくんが婚活で着るために買ってきたんでしょ? センス、ヤバくない?(笑う)
ココナ:カエデさんまで!
カエデ:だってそうでしょ! 高校生が着る服だよ? コウガくんが来たら気持ち悪いよ。
ココナ:皆にもそう言われて却下されたの!
カエデ:これ、本当にタダでもらっちゃっていいの?
ココナ:はい。お姉ちゃんはフリマアプリで売ったけど、これはお兄ちゃんのお金で買ったから、あげちゃっていいよって言われました。
カエデ:あとでお礼言っておかなきゃ。
ココナ:もうすぐ帰ってくるから、それまでいますか?
カエデ:そうしようかな。

 ミユキ、セイヤ、登場。

ミユキ:ただいまー。
セイヤ:お邪魔しまスターライトパレード!
カエデ:ミユキ!
ミユキ:きゃ! やだ! カエデせんぱーい!♡
カエデ:久しぶりー!♡

 ミユキ、カエデ、わちゃわちゃする。

ミユキ:何でうちにいるんですか?
カエデ:ココナちゃんからコウガくんの婚活で買った服をもらいに来たのよ。
ミユキ:え! ココナが服あげるって言ってた人、カエデ先輩なの?
カエデ:弟にね。ほら、リョウってココナちゃんと中学の時、部活が同じだったでしょ? 仲いいのよ。
ミユキ:そうなんだ。
ココナ:リョウくん、部活忙しくて来られないらしいから、代わりにカエデさんに来てもらったの。
ミユキ:リョウくんって、何の部活やってるんですか?
カエデ:美術部。油絵のコンクールに出品する絵を仕上げるために遅くまで残ってるの。
ミユキ:へー。

 ミドリ、登場。

ミドリ:ただい真夏の果実ー。
ココナ:あ、お母さん。おかえリンダリンダー。
カエデ:お邪魔してます。
ミドリ:あら、カエデさん。来てたのね。
カエデ:はい。コウガくんの婚活の服を受け取りに。
ミドリ:あれね(笑う)。ミユキもセイヤさんもいるのね。
セイヤ:いつもすみません。
ミドリ:いいのよ。ご飯は皆いた方が楽しいから。そうだ、カエデさんもうちでお夕飯食べていく?
カエデ:え、いいんですか?
ミドリ:いいわよ。久しぶりに会ったらずいぶんと立派になったし、最近どうしてるのか聞きたいわ。
カエデ:じゃあ、お言葉に甘えて。
ミユキ:カエデ先輩とご飯だー!♡
カエデ:イエーイ!♡
セイヤ:賑やかだね。
ココナ:カエデさんとお姉ちゃんは中学と高校で同じサッカー部だったの。それでずっと仲がいいの。
セイヤ:へえ、それは知らなかった。
ココナ:なかなかの黒歴史だけどね。
セイヤ:え?

 コウガ、登場。

コウガ:ただいマーメイドラプソディー。
ミドリ:おかえリンダリンダー。
ココナ:お兄ちゃん、今日、カエデさんも一緒にご飯食べるって!
コウガ:え! カエデも?
カエデ:久しぶり。
コウガ:お、おう。
ミドリ:すぐお夕飯の準備するから待っててちょうだいね。

 ミドリ、食卓を準備する。

ミドリ:いただきます。
全員:いただきます。
カエデ:でも、コウガくんが婚活してるとか、ビックリだね。
コウガ:言うなよ。俺にだってそういうところあるさ。
ミユキ:マザコンでシスコンでコリアンダー狂なのに、どうやってモテようって思ってるのか不思議だよね。
コウガ:ミユキ……!
ココナ:お兄ちゃんも結婚したらさ、このうちから出ていくんでしょ?
コウガ:まあ、そうなるだろうな。まだなんとも言えないけど。
ココナ:寂しくなるねえ。
コウガ:でも、近所になると思うよ。この家、職場から近いし。都心に行くにも便利だし。
ミユキ:えー。お兄ちゃん遠く行かないの?
コウガ:何でそんな嫌そうなんだよ。
ミユキ:だってさ、相手の人からしたら、実家から離れられないマザコンでシスコンの長男様に従えって言われてるようなもんでしょ? 私ならぜーったいそんな男選ばない。
セイヤ:僕も一応、長男だけど。
ミユキ:セイヤさんの実家はちょっと離れてるじゃん。それに、お義母さんとも私、仲いいし。セイヤさんと婚約してよかったなって思ってるよ。
セイヤ:そっか。
コウガ:えー。じゃあどうしろっていうんだよ。
ミユキ:お兄ちゃんが楽する方は選んじゃダメだよ。
ココナ:お嫁さんがこうしたいっていう家に住んで、間違っても毎日カレーはダメだよね。
ミユキ:それ! 毎日コリアンダーはマジで無理だから。ね、セイヤさん!
セイヤ:えー。おいしいのに。
ミユキ:週2でも勘弁してほしいんだから!
カエデ:ミユキ、相当参ってるね。
ミユキ:カエデ先輩もコリアンダーの箱が毎月届く家に住んでみたらわかりますよ。
カエデ:それいいかも。
ミユキ:そういえばさ、お兄ちゃん。この間、結局セイヤさんが選んだ服で婚活行ったじゃん。どうだった?
コウガ:お。それがさ。
ココナ:うんうん?
コウガ:一人マッチングしたんだ。
ミユキ:え!
ココナ:すごーい!
カエデ:そうなんだ。
セイヤ:やりましたね! お義兄さん!
ミドリ:よかったわね。
コウガ:うん。セイヤくんが選んでくれた服がよくてさ、気になって声かけてくれた人がいたんだ。来週、デートに行ってくるよ。
ココナ:わー! やったねー!
ミユキ:あの服がいいって言ってくれる人って、きっと相当変わってるよ。
ココナ:いいじゃん! その方がいいよ! やっぱり素のお兄ちゃんを好きって言ってくれる人じゃないと、長く続かないもん! ね、カエデさんもそう思うでしょ?
カエデ:う、うん。そうだね。
ココナ:お兄ちゃん、デートの日はどんな服で行くの? また買いに行く?
コウガ:いや、その人とはファッションの話で盛り上がって、俺の写真とかでいつも着てる服は見てくれて、それでいいって言われてるから大丈夫だよ。
ミユキ:ますますどんな人なのか興味出てきたわ。
ココナ:うまくいくといいね!

 談笑。

5 お兄ちゃんの交際相手


●渋谷ハチ公前
 午前中

 コウガ、板付。
 アカネ、登場。

アカネ:こんにちは!
コウガ:池崎さん、こんにちワンダーランド!
アカネ:え?
コウガ:あ、ごめんなさい。つい癖で。
アカネ:いえいえ。こんにちワンダーランド!
コウガ:こんにちワンダーランド!
アカネ:待ちましたか?
コウガ:いや。俺もさっき来たところ。
アカネ:よかったです。
コウガ:行こうか。
アカネ:はい。
コウガ:まずは新しくできたショッピングモールでも行こうか。腹減ったらお昼食べて、夜は展望台に行こう。
アカネ:展望台! 私まだ行ったことないんです! やった!
コウガ:そっか。そりゃよかった。
アカネ:あと、私、行ってみたいカフェがあるんですよ。
コウガ:LINEで言ってたやつ? じゃあそれは夕方行こうか。
アカネ:はーい!

 アカネ、腕を組む。
 コウガ、ちょっと驚く。

コウガ:じゃ、行こうか。

●ショッピングモールのファッションのフロア

 いくつか服がかかったハンガーラックが出てくる。
 アカネ、コウガを引っ張る。

アカネ:あ、ねえ、コウガさん! 見てこれ! かわいい!(ココナが買ってきた服と同じのをハンガーラックから取る)
コウガ:あ、あはは。そうだね。
アカネ:ねー、コウガさん! これ、コウガさんに似合うんじゃないですか?(ミユキが買ってきた服と同じのをハンガーラックから取る)
コウガ:いやー、俺はそういうのはいいよ。体型が目立っちゃうし。
アカネ:あの服、コウガさんが着てたのとそっくり!(セイヤが買ってきた服と同じのをハンガーラックから取る)
コウガ:う、うん。
アカネ:コウガさんいつも同じような派手な服だから、ちょっと地味めな服着てるところが見たいな。
コウガ:池崎さんが選んでくれた服なら何でも着るよ。

 アカネ、コウガの真正面に立つ。

コウガ:何?
アカネ:アカネ、下の名前で呼んでほしいな。
コウガ:え、あ、ごめんね。(照れながら)アカネさん。
アカネ:はい!
コウガ:俺、アカネさんが選んでくれた服なら何でも着るよ。
アカネ:嬉しい! じゃあ、これと、これと、これと……(持ちきれないほどの服を取る)

●アカネが行きたがっていたカフェ

 コウガ、アカネ、板付。
 テーブル席に座っている。
 コウガの席の周りには買った服の紙袋でいっぱい。

アカネ:おいしかったー。
コウガ:ね、おいしかった。
アカネ:ここのシフォンケーキ、今SNSで話題なんですよ。
コウガ:そうなんだ。
アカネ:私もさっき撮った写真、インスタにアップしちゃお。

 アカネ、スマホを操作する。

アカネ:コウガさんは何が好きですか?
コウガ:俺? 俺は、エスニック料理かな。
アカネ:エスニック料理!
コウガ:高校生の頃にインド映画同好会ってのに入って、部活のメンバーでよくインドカレーの店に行ったんだよ。その頃、料理にもハマって、コリアンダーに合う料理を色々研究してさ。
アカネ:何それ。食べてみたい!
コウガ:今度作ろうか? 毎週土日は俺が料理当番で、コリアンダー料理作ってるけど、おいしいって評判だよ。妹の婚約者までコリアンダーにハマっちゃってさ。
アカネ:そうなんですか。そんなにコウガさんが作るコリアンダー料理って、おいしいんだ。
コウガ:そりゃあもう。
アカネ:妹さんいらっしゃるんですか?
コウガ:うん。二人ね。上は婚約中で、下はまだ高校生。
アカネ:年離れてるんですね。
コウガ:ああ、といっても、下は高校留年してて、四月から二回目の高校三年生だけどね。
アカネ:留年?
コウガ:うん。漫画家目指しててさ、そっちに打ち込み過ぎて、数学の点数悪かったらしいよ。
アカネ:漫画家?
コウガ:すごいよね。俺さ、正直、妹が描いた漫画読んでもシュール過ぎて何が面白いんだかわからなかったんだけどさ、ウケてるらしいんだよ。あんまり知らない名前の漫画雑誌だったけど。
アカネ:そうなんですか……。
コウガ:上の妹はさ、なんていうか、俺よりやんちゃで。婚活始めたのも妹が婚約したからってのが大きかったかな。それまでは家族皆でずっと暮らすのかなって漠然と思ってたけど、急に家が寂しくなったっていうか。認知症のじいちゃんも老人ホームに行っちゃったし。
アカネ:おじいさんが老人ホームに? ご両親は?
コウガ:父親は少し前に亡くなったよ。今はパートやってる母がいるよ。
アカネ:じゃあ、コウガさん、お母様と妹さん二人と同居してるんですか?
コウガ:そうだよ。あ、でも上の妹は最近婚約者と同棲始めたんだ。
アカネ:へえ……。
コウガ:アカネさんは兄弟いるんですか?
アカネ:私は姉が一人です。
コウガ:お姉さんがいるんですね。
アカネ:海外転勤してるので、一年に一回くらいしか会いませんけど。
コウガ:海外? どこに?
アカネ:カナダです。
コウガ:そうなんだ!
アカネ:姉とはあんまり仲が良くないので、清々してるくらいですけど。
コウガ:それはまた何で?
アカネ:性格が合わないんです。私、こう見えて結構サバサバしてるタイプなので、姉みたいなかわいいのを売りにする感じがどうも苦手で。
コウガ:お姉さんはどんな人なんですか?
アカネ:海外セレブに憧れてて、英語を使う仕事に就いてイケメンの白人と結婚するって言って、出て行きました。今は向こうで白人の彼氏と住んでるらしいですよ。
コウガ:へえ!
アカネ:コウガさんの妹さんはどんな人達ですか?
コウガ:変なやつらだけど、かわいいよ。
アカネ:その、上の妹さんはご結婚されるようですからいいですけど、下の妹さんは大丈夫ですか? 漫画家の卵なんですよね?
コウガ:え? 大丈夫だと思うけど。ちょっと印税が入ったって喜んでたし。
アカネ:高校も卒業できてないことはどうなんですか? 末っ子だから甘やかされてるんじゃないですか?
コウガ:そんなことないよ。留年の原因になったのは数学だけだし、担当の編集さんがすごく面倒見のいい人で、勉強の邪魔にならないように考えながら漫画の仕事をやれるようにしてくれてるから。
アカネ:漫画ってそんなに計画的に事が進むものなんですか? 高校も留年してて、まともな就労経験もないまま過ごすとろくなことにならないと思いますけど。
コウガ:ちょっと言い過ぎなんじゃないかな。
アカネ:私、こういう性格なんで。それに、私達、婚活で知り合ったんですから、相手のご家庭のことも早いうちに把握しておきたいんです。経済事情とか、親の介護のこととかも含めて。
コウガ:別に君が心配するようなことはうちにはないよ。じいちゃんの認知症だって、たまたま入った老人ホームに昔の知り合いがいて、かなりよくなってるみたいだし、妹だって、連載できるように頑張ってるところなのに、真面目に勉強して就職しろなんて言ったらかわいそうだよ。
アカネ:妹さんに強制的に働けと言ってるわけじゃありませんよ。ただ、コウガさんが将来迷惑をかけられるんじゃないかって――。
コウガ:迷惑? 俺がいつ妹から頼られるのを迷惑だって思うんだよ? これを言ったらミユキには怒られるかもしれないけど、俺はミユキのこともココナのこともずっと大事にしていくつもりだよ。たとえ結婚して別々に暮らすことになっても、妹達からのヘルプ要請が来たら喜んで助けるよ。だって俺しかいないんだよ。あいつらからしたら、最後に頼れる身内はもう俺しかいないんだよ。
アカネ:ミユキとココナって妹さん?
コウガ:そうだよ。

 沈黙。

コウガ:池崎さん。俺はあなたとは無理そうだ。今日はもう帰るよ。

 コウガ、札束を置いて出ていく。

●村越家の最寄り駅

 コウガ、スマホを見て溜息をつく。

コウガ:通知が五十件も……。
車内放送:次はつばめが丘、つばめが丘です。右側のドアが開きます。

 コウガ、電車を降り、改札へ。
 カエデ、反対側から登場、改札で鉢合わせる。

カエデ:あ。
コウガ:おう。
カエデ:帰り?
コウガ:まあな。仕事?
カエデ:うん。シフト制だから、たまに日曜でもこの時間。
コウガ:そうか。

 沈黙。

コウガ:スーツで会うの初めてだな。
カエデ:そうだね。
コウガ:二人で帰るのは中学生以来か?
カエデ:いや、小学生以来だよ。
コウガ:そんなもんだったか。
カエデ:懐かしいね。小学生の頃は男女十人くらいで集まって遊んだよね。
コウガ:だな。
カエデ:コウガくんはミユキを連れてきてた時もあったね。
コウガ:勝手についてきたんだよ。あいつ、お兄ちゃんっ子だったから。
カエデ:小さい頃から活発だったよね。男子よりドッジボール強かったし。
コウガ:それはお前もだろ?
カエデ:言えてる。私とミユキが同じチームだと強すぎるからって、チーム分けの時よく揉めたよね。
コウガ:お前らあの頃から仲良かったもんな。
カエデ:まさか高校まで一緒にサッカーやると思ってなかったけど。
コウガ:中高の頃のお前らは本当に大変だったぞ。
カエデ:やめてよ。思い出さないようにしてるんだから。
コウガ:ミユキと親父が殴り合いのケンカした時に開けた壁の穴、まだそのままなんだ。
カエデ:そうなんだ。
コウガ:すぐ修復するはずだったんだけど、俺の大学の学費とか、ミユキの部活の遠征費とかで大変でさ、おまけに親父は病気が見つかって、死んじまったから、壁の穴が一種の親父との思い出みたいになっちゃって、直すに直せなくなってな。
カエデ:そんな事があったんだね。私も相当、家族に迷惑かけたけど、父親と殴り合いはしなかったわ。
コウガ:そりゃそうだろ。ミユキが怪物なんだよ。
カエデ:そんなミユキも結婚か……。相手の男の人、いい人だったね。
コウガ:お前もそう思うだろ? セイヤくんは本当にいい婚約者だよ。
カエデ:村越家の変なノリに向こうから乗っかってきてくれるって意味でね。
コウガ:言ったな?(笑う)
カエデ:何回でも言うよ(笑う)

 沈黙。

コウガ:あのさ。
カエデ:うん?

 コウガ、カエデと目が合って、背ける。

コウガ:いや、何でもない。
カエデ:そう?

 沈黙。

カエデ:桜が咲き始めてるね。

6 お兄ちゃんの恋の行方


●村越家のリビング
 土曜の夕方

 コウガ、ココナ、板付。
 コウガはソファで居眠りしている。
 ココナはテーブルでネームを描いている。

ココナ:(小声で)ああ、ちょっとパースが取りづらいな。コマ割りはこれでいいかな? ダメダメ。描き直そう。

 インターホンの音。

ココナ:お兄ちゃん?

 コウガ、うとうとしている。

ココナ:寝てるのか。

 ココナ、退場。

宅配便:(声のみ)お届け物でーす。
ココナ:(声のみ)ありがとうございます。

 ココナ、登場。段ボールを廊下に置く。

ココナ:よっこいしょういち。

 ココナ、コリアンダーの箱の前にしばし留まる。

コウガ:あれ、ココナ?

 コウガ、玄関に向かう。

コウガ:ああ、コリアンダー届いたんだ。サンキューな。
ココナ:ねえ、お兄ちゃん。
コウガ:どうした?
ココナ:あと何回、私がコリアンダーを受け取るんだろうね。
コウガ:え、ごめん。嫌だった? 俺が受け取れるように時間指定しようか?
ココナ:そうじゃないよ。
コウガ:うん?
ココナ:いつかお兄ちゃんも結婚して、この家からいなくなっちゃうのかなと思って。
コウガ:なんだよ……。

 沈黙。

コウガ:ココナだって、漫画が連載になったりしたら、出版社の近くに部屋を借りるかもしれないし、結婚して家を出るかもしれない。ミユキみたいに毎晩うちに夕飯食べに帰ってくるやつだっているんだ。そんなに寂しがることない。
ココナ:そうだけどさ。
コウガ:きっと寂しいことばかりじゃないよ。家を出たら案外気楽かもしれないし、新しい友達もできるかもしれない。俺もお前も今が全てじゃないんだ。
ココナ:うん。お兄ちゃんがこの家を出るまで、私がコリアンダーを受け取ってあげるね。
コウガ:ありがとう。俺より先にココナが家を出るかもしれないけどな。
ココナ:それはないよ。

 ミドリ、ミユキ、セイヤ登場。

ミドリ:ただい真夏の果実ー。
ミユキ:ただいまー。
セイヤ:お邪魔しまスターライトパレード。
ココナ:あ。皆おかえリンダリンダー。
コウガ:何で皆一緒なの?
ミドリ:道で会ったのよ。セイヤさんとミユキが今日はお夕飯作ってくれるってよ。
コウガ:本当に?
ミユキ:お兄ちゃんが作ると全部コリアンダーぶちまけちゃうからだよ。
セイヤ:あ! 新品のコリアンダー届いてる!
ミユキ:はいはい、セイヤさん。そんなものはスルーして料理を始めますよー。
セイヤ:いや、でも、コリアンダー! こんなにいっぱいあるのに使わないの?
ミユキ:知らないよ。お兄ちゃんが勝手に使うでしょ。
セイヤ:僕も使いたい!
ミユキ:ダメ!
ミドリ:ミユキ、フライパンとかお鍋はこの棚よ。それで、調味料はここに入ってるから。あと、こっちのコンロは調子悪いから、右側のを使って。
コウガ:賑やかだな。
ココナ:そうだね。

 コウガ、ココナ、見つめ合って笑う。

幕。


皆さまに楽しんでいただける素敵なお話をこれからも届けていきます。サポートありがとうございます!