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【連載】ヒーローは遅れてやってくる!! 第十九話 セリグ親衛隊

【前回までのあらすじ】
 マニサとプラティマがケージと交戦していた同時刻、ダシャとイラは多くの刺客に囲まれて苦戦を強いられていた。そこへカルシが現れ、あるゲームを持ちかける。チャレンジ三回目までに元いた実験室に戻れなければ二人の時を永遠に凍結するというものだ。ダシャの的確な判断とイラの一撃でカルシを撃破し、危機を乗り越える。

[第十九話] セリグ親衛隊

 吉郎は闇の中を彷徨っていた。
「貴様のような男にこの俺が倒せると思っているのか?」
 その声は紛れもないセリグのものだ。吉郎は恐怖と怒りで体が震えている。
「自分自身に宿る力を満足に使いこなせない、その資格がない貴様と俺とでは、格が違うと思わないか?」
 吉郎には反論することができない。自分でもわからないままヒーローにされてしまったのだ。今更どうしてこんな事態になったのかと自問している暇はない。
「大人しく日本の廃墟の片隅で畑でも耕していればよかったものを」
「やめろ!」
 吉郎にはそう叫ぶしかなかった。
「やめろ! もうやめろって! 俺だって……こんな大変な事するのは嫌なんだ! 俺には荷が重いってわかってるんだ!」
 吉郎はセリグの声がかき消されるほど大きな声で叫び続けた。
「何、今行く」
 セリグの声のトーンが変わった。誰か別の人と会話しているようだった。吉郎はそんな事には気付かずに喚きまくる。
 ふと、辺りの景色が元いた場所に戻った。吉郎は幻影を振り払おうとした腕を壁に強く打ちつける。
「イッタ!!」
「吉郎、大丈夫?」
 そこにはユキルしかいなかった。
「ユキルか……」
「セリグに幻を見せられていたのね」
「そうみたいだ」
「ねえ、吉郎。まだセリグが怖い?」
「いや、そんなんじゃ……」
 吉郎は取り繕うとして嘘をつきかけたが、ユキルの目を見て、やめた。
「怖いよ。アイツ、強そうだもん。奏汰のことは許せないし、絶対倒してやるって思うけど、また俺以外皆殺しにされるんじゃないかって思っちゃうよ、そりゃあ」
「あなたの持つパワーはセリグよりも強力よ。だから、自分を信じなさい」
「その俺のパワーなんだけど、どうして俺なんだ? 他に取り柄のない俺がどうしてそんなすごいパワーを宿してるんだろう」
 ユキルは深呼吸をして吉郎の頬に手を当てた。
「あなたは選ばれたヒーローなのよ。この地球上の誰よりもそのパワーを持つに相応しかった理由がある。それは今は言えないけど、そのパワーを持つ者に選ばれたことは誇りに思いなさい」
 吉郎はユキルの体を片手の手のひらで覆った。温かくて、翼がくすぐったい。ユキルはいつも吉郎の味方でいてくれた。信じるべき仲間なのだ。
 床がグラグラと揺れ出して、吉郎は足元を見た。大二十面体の建物からパワーが失われていっているのが吉郎には感じられた。
「何なのかわからないけどまずそうだな」
 吉郎はユキルを胸ポケットの中に誘導する。ユキルは胸ポケットの中でシャツの裾を掴んだ。
「斜めになってきた!」
「吉郎、気をつけて!」
「ユキル、しっかり掴まってろ!」
 吉郎は思い切りジャンプして体勢を変えた。次の瞬間、重力が今までとは全く違う方向にかかり始める。吉郎はウォータースライダーを滑り落ちる時のように足を出して手を胸の位置でクロスさせ、斜めになった廊下を一気に滑り落ちた。

∞     ∞     ∞

 吉郎はある地点にきれいに着地を決めた。そこは大二十面体だった時の中心部分だった所だろう。
「おお、一気にここまで来られた!」
 吉郎はぐにゃぐにゃと捩れる床や壁で目を回しそうになりながら着地した場所に突っ立っていた。
「いやああああ!!」
「怖いいいいい!!」
 そこへマニサとプラティマが落ちてきた。吉郎がクッション代わりになった。
「イッタアアアア!!」
「よ、吉郎!」
「ごめんなさい!」
「いや、いいよ。二人とも、無事だったんだな」
「きゃああああ!!」
 続いて、ダシャとイラも反対側から落ちてきた。
「危ねええ!!」
 吉郎はダシャとイラの前にクッション状にしたパワーボールを出現させて受け止める。
「ありがとう!」
「皆!!」
 五人は再会を喜んだ。誰一人欠けることなく敵を二体も倒した。吉郎は自分ではなくダシャ達四人が強敵を倒したことに引け目を感じた。
「これからどうするの?」
「出口がない」
「完全に閉じ込められちゃった!」
「全員倒すしかないな」
 ダシャ達四人は口々に何かを言い合っている。吉郎は待ってましたと四人の注目を集めた。
「出られない時はこうすればいいんだよ!」
 吉郎は渾身の力を込めて壁を蹴った。吉郎のパワーが光となり蹴ろうとしている脚を覆う。
けたたましい音を立てて壁が破壊された。強化ガラスを割った時のようにきれいな穴が開いた。外からの風が吹き込んだ。
「これで出られるぞ!」
「やったー!」
「すごーい!」
「外だー!」
「よかった!」
 吉郎達五人は捕虜収容施設からの脱出に成功した。砂の地面に降り立って、少し離れた所から捕虜収容施設を見上げた。
 施設は完全な直方体に変形していた。あの複雑な突起の突き出た怪しげな建物は見る影もなかった。そして、五人はさらに上空を見上げ、久しぶりの太陽を仰いだ。
 建物の中心に日光が差し込むように、そこだけ雲の切れ間が現れ、太陽が顔を覗かせていた。アルゴンに連れて行かれた部屋で見せられた実験で、天井から射し込んでいた光は日光だったのだと五人は気付いた。
「何で太陽が出てるんだ……?」
 吉郎が呟いた。
「ブラック・アルケミストのパワーの源は深い闇。光が強ければそれだけ闇も濃くなる。太陽の光を遮るものがないこの場所はブラック・アルケミストの実験場には最適なのよ」
 ユキルが胸ポケットの中で、吉郎だけに聞こえる声で言った。
「ようやくお目にかかれたな、にわか仕込みのヒーロー」
 セリグの声が聞こえた。吉郎達五人は一塊になってセリグと対峙する。
 セリグは空中にアルゴンと一緒に浮かんでいた。セリグはナチュラルに人を見下していそうな目つきで吉郎達を見降ろしている。
「アルゴンの部下を倒すとは見事だった。そこの女共は見込みがありそうだ」
 ダシャ達はセリグの言い方にカチンと来ていたが、反論はしなかった。
「だが、ここから先はただの人間の女には切り抜けられない。出てこい、セリグ親衛隊!」
 セリグの号令で辺りの空気が氷のように冷たい殺気で包まれた。吉郎は今までにはない強い殺気に身構えた。ダシャ達四人も吉郎から一歩も離れず警戒心を強めていた。
「がはぁっ!」
 突然、何かが猛スピードで通り過ぎ、イラが吹っ飛ばされた。
「イラ!」
 イラの手にはまっていたパワーボールで作られたグローブが消えた。イラはそのまま気絶して動かなくなった。
 イラのKOは他の三人の士気に直結した。一番好戦的で強かったイラが一撃でやられる相手に敵うのかと迷いが生じる。
「あっ! いや! やだあああああ!!」
 マニサが急に慌てて遠くへ逃げていった。マニサの周りには無数の蝶が舞っていた。
「マニサ! 戻って!」
 プラティマもマニサを追って走って行く。
「まずい、マニサは蝶が大嫌いなの」
 ダシャだけは冷静に吉郎の背後でじっとしていた。マニサを襲っている蝶は攻撃力がありそうではなかったが、マニサには大ダメージだった。これは全員の弱点を突いて結束を乱す作戦だと吉郎は気付いた。
「皆、ダメだ! 近くにいろ!」
 吉郎の指示は遅きに失した。マニサは倒れ、プラティマもすぐには戻ってこられない場所にいる。
 巨大な蛇がプラティマの背後の砂から顔を出した。
「プラティマ! 後ろ!」
 ダシャの叫びも虚しく、プラティマは蛇に噛まれて失神した。
「クソ! もうダメだ!」
 吉郎はパワーボールをダシャに投げつけた。ダシャは巨大化したパワーボールの中に吸収された。パワーボールは移動しながらイラとマニサとプラティマも中に取り込んだ。
「吉郎! 何するのよ!」
「ダシャ! 三人の様子はどうだ!?」
 ダシャは三人の容体を確かめた。
「イラとマニサは大丈夫! プラティマは顔色が悪い!」
「わかった! お前もそこにいろ! 絶対に出てくるな!」
「私も戦える!」
「ダメだ! これ以上、犠牲は出せない!」
「ふざけないで! 友達を殺されそうなのよ!」
「これは俺の戦いなんだ!」
 吉郎は敵が既に吉郎の近くに来ているのを感じ取っていた。敵は五体だ。砂の中に隠れていたり、遠くから猛スピードで近づいてくるタイプの厄介なのがいる。一人で同時に五体は初めてだ。
「かかってこいよ!!」
 吉郎の怒号と同時に敵が吉郎に一斉に襲いかかった。

∞     ∞     ∞

 ダシャは吉郎が一人で戦う姿をずっと見つめていた。吉郎は強かったが、敵は複数いる。吉郎が一瞬でも隙を見せたらどうなるかわからない。
 敵はセリグ親衛隊と言った。それぞれ地上の最強動物の姿をした刺客だった。
イラをKOさせたのはダチョウの姿をしたスコングだ。健脚で素早く、強力な蹴りを繰り出してくる。マニサを襲ったのはティーアイという名前の蝶だ。合体して攻撃してくることもできるし、分散して攻撃をかわすこともできる。プラティマを噛んだ蛇はヴェッコー、毒があるらしいので一刻も早く倒さなければいけなかった。他にもいるようだったが、遠くにいるか、隠れているかして、ダシャにはわからなかった。
吉郎は次々にセリグ親衛隊を倒していった。スコングとティーアイはすぐに倒せた。吉郎のパワーは敵とは正反対でより強力な力を持っているのだとダシャは推測していた。吉郎からもらったパワーボールだけで自分達が互角以上に戦えたのがその証拠だ。しかし、時間がかかり過ぎている。プラティマは時々、うめき声を上げる。毒が回って苦しいのだ。早く処置をしてあげなければ命に関わるかもしれない。
吉郎がヴェッコーを倒した。ダシャはプラティマの様子を見る。何も変わらない。青ざめてうなされている。ヴェッコーの毒は本体が死んでも残るらしかった。
「吉郎! 私も戦う! もう待っている時間はない!」
 ダシャは必死で叫ぶが、吉郎は聞く耳を持たない。
 大きなゾウの姿をした刺客が吉郎の前に立ちはだかった。
「俺はクロム。セリグ親衛隊の副隊長だ!」
 吉郎が攻撃しようとしているようだったが、全く体が動いていなかった。ダシャは目を凝らして状況をよく見る。
「わ! 何だお前!」
 吉郎の声がダシャの耳にまで届く。吉郎は自分の肩の方を見ている。
「俺はマヌン。セリグ親衛隊の隊長だ。お前、俺が近づいてきているのに気付かなかっただろ? ケケケ」
 あれはカメレオンだとダシャは思った。体色変化で吉郎に気付かれずに背後から近寄って羽交い締めにしているのだ。
「もうダメだ……」
 ダシャはパワーボールの中で泣き崩れた。イラとマニサは目を覚まさないし、プラティマは苦しそうな息をしている。ダシャにはもうこんな仕打ちは耐えられない。
「お願い、パワーボール。主人の命令に背いても私に力を貸して。私は友達を守りたいの。戦う力を私に貸して……」
 ダシャが念じても、パワーボールはうんともすんとも言わなかった。ダシャは俯いて泣いた。鼻をすすりながら泣いていた。ズルズルとみっともない音を立て泣いていたが、ふと、パワーボールの向こう側でダシャを見ている存在に気付いた。
 ネコ耳の小さい女の子だった。翼まで生えている。
「あ、あなたは……!」
 ダシャは顔を上げた。


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