見出し画像

【連載】ヒーローは遅れてやってくる!! 第十一話 僧侶ハッサンの願い

【前回までのあらすじ】
 捕虜奪還作戦に動き出した吉郎は日本を攻略し、海を渡って上海に到着する。そこには微力ながらもブラック・アルケミストに抵抗する市民の姿があった。吉郎は市民と力を合わせてブラック・アルケミストの刺客ムグーカに打ち勝ち、市民達の士気を高め、新たな捕虜収容施設を探して上海を後にした。

[第十一話] 僧侶ハッサンの願い

 捕虜奪還作戦を開始してから三ヶ月が経った。吉郎はアジア地域を中心に一人きりの進軍を続け、行く先々でブラック・アルケミストと交戦し、捕虜を解放した。
 恐るべきは捕虜達の士気の高さだった。救助が来たと知るや否や、それまで諦めかけていた捕虜達にも戦意が湧きあがり、吉郎と共に戦う姿勢を示すのだ。吉郎に秘められた人智を超えたパワーが全人類に希望の光を与えるのかもしれなかった。解放された人々が戦闘に意欲的なので、吉郎は安心して次の場所へ行くことができた。
 そして、吉郎はインドに到着した。
 どれだけ行っても人っ子一人現れない荒地が続いていた。人どころか、動物さえ現れない。インドに捕虜収容施設はないのかもしれない、と吉郎は思い始めていた。
 その時、遠くでなにか動いている影が見えたような気がした。
「ユキル、あれ人間だと思うか?」
「邪悪な気は感じられないわ。行ってみましょう」
 吉郎とユキルは動いている影に近づこうとした。だだっ広い荒地のずっと向こうの物陰は吉郎とユキルが思っているよりもはるかに遠くだった。見えているのに、ちっとも近づいているような気がしない。
「なあ、ユキル。俺達、まだ砂漠地帯には入ってないよな?」
「何を言っているんですか?」
「あの物陰ってもしかして蜃気楼かなと思って」
「いいえ、私にも実体が感じられますから、あれは蜃気楼ではありません」
「じゃあ、どんだけ遠くにいるんだよ」
「諦めないで、走っていればいずれ近づけますから」
 吉郎とユキルは延々と走った。着く頃には日が傾くかと思うほどだった。
「おーい!」
 ある程度近づいた所で吉郎は思い切って声をかけてみた。物陰は声に気付いたのか、動きを止めた。
 その物陰は現地人の生き残りだった。朱色の布を体に巻いている僧侶だった。
「まさかこんな所まで、日本人が来てくださるとは」
 僧侶は丁寧に挨拶した。
「私は修行僧のハッサンです」
「俺はヒーローの吉郎。こっちは相棒のユキルです」
「吉郎、ユキル。会えて光栄です」
「インドにはもうあなたしか生き残りはいないんですか?」
 ユキルが質問した。
「いいえ。皆、連れて行かれました」
「どこに?」
「わかりません。ただ、数日前に大行列が西へ向かって歩いて行ったのを見かけました」
「あなたはどうして無事なのですか?」
 ハッサンは悲しそうな顔をした。
「私は洞窟住まいの修行僧です。誰にも気付いてもらえなかったのでしょう」
 ユキルも黙り込んだ。ハッサンの寂しそうな背中に何と声をかければいいのかわからなかった。
「でもさ、ハッサン。今はこれでよかったかもしれないぜ。捕虜にされていたら何されてたかわからないし。一人で生きていけるなら、今はその方がよかったと思った方がいいよ」
 吉郎は明るい声で言った。ユキルはアワアワしたが、ハッサンは笑ってくれた。
「そうかもしれませんね。ありがとう、吉郎。よかったら我が家で休みませんか? 洞窟ですがここよりは寛げると思います」
 吉郎は喜んでついて行った。途中でハッサンは水を汲むと言って寄り道をした。どこに水があるのかと半信半疑で歩いていると、大きな川が見えてきた。
「ガンジス川です。人間がいた頃は汚染がひどかったのですが、今は飲めるくらい綺麗になりましたよ」
 ハッサンは腰にくくりつけていたヒョウタンを川に沈めた。
「驚いた。こんなに大きな川がまだ地球にあるなんて」
 ユキルが感嘆の声を上げた。吉郎も同じ意見だった。
「ガンジス川の水源ってヒマラヤ山脈だよな? あそこは無事なのかもしれない」
「何を言っているの、吉郎。もし無事でも、人間が生活するには過酷過ぎるわ」
「そうだけど、昔のままの自然が残っている場所があるってだけでほっとするよ」
「そうかしら」
「お待たせしました。行きましょう」
 ハッサンが案内したのは枯れ木が所狭しと並んでいる元は森だったらしい場所だった。しばらく不気味な形をした枯れ木を避けて歩いて行くと、洞窟が見えてきた。ハッサンはズンズンと洞窟の中を先へ行ってしまう。吉郎は足元が見えないため慎重になりながら進む。
「もう! 暗過ぎて何も見えないよ!」
「すごいわ。ここは元々、光が届かない場所なのよ。ブラック・アルケミストのパワーは闇の力だから、初めから光のない場所では効力がないんだわ」
「それはいいけど、どうにかならないかな? 結構しんどいんだけど」
「頑張りなさいよ、ヒーローでしょ」
「飛んでるやつにはわからないよな!」
 十分ほど洞窟の中を進むと、ハッサンが灯りをつけた。ボロ切れのようになった絨毯と皿やスプーンなどの食器が見えた。そこがハッサンの家だった。
「どうぞ、今からお茶を入れます」
 吉郎とユキルは絨毯の上に座った。
「吉郎はヒーローと言っていましたね」
 湯を沸かしながらハッサンが尋ねた。
「はい。おかしな話ですけど、俺は何故か敵と戦う力があって、ヒーローやってます」
「連れて行かれてしまった人達を助けてもらえるのですか?」
「もちろんです!」
「それはよかった」
 ハッサンは涙ぐんでいた。
「私は上座部仏教の僧侶です。これまで現世のことには無関心を貫いてきました。故郷も捨て、家族も捨て、修行に励んできたのです。ですが、今回のことで、私は自分の生き方に疑問を抱いてしまいました。人里離れた洞窟で過ごし、気付いたら町の人達は恐ろしい姿をした敵に捕虜にされていました。私の力ではどうすることもできなかったのです。それが悔しくて。何のために私は修行に励んでいたのだろうと、今は後悔ばかりです」
「ハッサン……」
 吉郎は立ち上がった。
「俺が絶対に捕虜を解放します。だから泣かないでください」
「ああ、吉郎。ありがとう」
 ハッサンは吉郎に捕虜達が移動していった詳しい道を教えてくれた。長い行列だったのでかなり遠くの行き先までわかるくらいだったらしい。
 捕虜達は西へ向かっていた。真っ直ぐずっと西へ進んでいくと、パキスタン、イランイラクを通り過ぎていき、到達するのは――。
「まさか、エジプト?」
 吉郎は呟いた。
「そこまではわかりません。ですが、西へ行ったということは、その可能性は十分あり得ます」
「わかりました。ハッサン、本当にありがとう! 捕虜にされた人達を必ず解放するよ!」
 吉郎は西へ向かった一団の通った足跡の残る道まで案内された。ハッサンとはそこで別れた。最後に吉郎とハッサンは手を握り合った。必ず捕虜を連れて帰ると約束し、吉郎は西へと歩き出した。

∞     ∞     ∞

 三日後、吉郎はようやく大行列に追いついた。
 大行列の途中途中にブラック・アルケミストの刺客が配置され、足取りが重い捕虜や反抗的な態度の捕虜を殴って歩かせていた。吉郎はその最後尾の中ほどに紛れこんだ。
「俺様はアリシェンだ! お前達、俺に逆らうとどうなるかわかってるだろうな!」
 最後尾を警備している刺客は大人しく歩いている捕虜でも構わず鞭で叩いていた。捕虜いびりに忙しくしていて吉郎が紛れこんだことにも気付かない間抜けなヤツだった。
「すごい大行列だな。先頭なんかとてもじゃないけど見えないな」
 ユキルが吉郎の胸ポケットから顔を出す。
「吉郎、無駄口は禁物よ。この大行列の中で戦うと捕虜にも危険が及ぶわ」
 吉郎は周辺の状況を把握していた。何万人もの捕虜達の中にいて戦えるのは吉郎一人。およそ十メートルごとに刺客がいて、怪しい動きは見張られている。最後尾で怒鳴り散らしているアリシェンはかなりうるさいが、攻撃力は低くなさそうだった。
「わかってるよ。でもさ、ちょっとだけならいいよね?」
 ユキルが何の事だろうと思っていると、吉郎は指先から光を発射した。光の弾は最後尾を警備していたアリシェンの脳天を射抜いた。
「何やってんのよお!」
 ユキルは目を丸くしてかすれ声で叫んだ。

皆さまに楽しんでいただける素敵なお話をこれからも届けていきます。サポートありがとうございます!