見出し画像

【連載】ヒーローは遅れてやってくる!! 第十七話 多面迷宮

【前回までのあらすじ】
 ついに明かされるブラック・アルケミストの野望。大二十面体の捕虜収容施設で行われていた実験は吉郎達の想像を遥かに超えたおぞましいものだった。恐るべき闇の力に怯む吉郎達であったが、ブラック・アルケミストの野望を阻止すべく戦闘を開始する。

[第十七話] 多面迷宮

 吉郎とダシャとイラがケージとカルシに飛びかかった。それと同時にマニサとプラティマが出入り口に突っ込む。
「先に逃げろ!」
 吉郎がケージに殴りかかりながら叫んだ。だが、一歩遅かった。ケージが指を鳴らしたのを最後に、吉郎達五人は意識を失った。

∞     ∞     ∞

 気が付くと、吉郎は廊下に寝そべっていた。
「吉郎、起きなさい!」
 ユキルが小さい手で吉郎の頬を叩く。
「わっ、何だここ!?」
 吉郎は飛び起きた。辺りを見回すが、壁一面が真っ黒でどこにいるのか見当もつかない。
「ケージのパワーで瞬間移動させられたのよ」
「ダシャ達は!?」
「わからない」
「何でこんな事に……!」
 吉郎は拳を床に叩きつけた。しかし、嘆いている暇はない。ダシャ達四人を早く見つけ出さないと取り返しのつかないことになるかもしれない。

∞     ∞     ∞

「マニサ! マニサ、起きてよ!」
 マニサが気付くと、プラティマが泣きながらマニサの肩を揺らしているところだった。
「ど、どうしたの?」
「よかった……! 死んじゃったかと思った」
「落ち着いてよ。息してたでしょ」
 マニサは立ち上がった。頭がクラクラした。失神から目覚めてすぐだから意識がぼんやりしているようだ。
 ここがどこなのかさっぱりわからない。施設内の廊下の一角だ。ダシャとイラと吉郎はいない。信じられないが、瞬間移動させられたのかもしれなかった。
「私達、人生初のテレポーテーションを体験したみたいね」
「何ちょっと喜んでるのよ!」
 マニサはプラティマに言われてから自分がにやけていることに気付いた。不謹慎だが、でも自分らしいとマニサは思った。謎が目の前に立ちはだかると興奮してにやけてしまうのだ。
まずは現在位置を特定をすべきか。と、いっても、外が透けて見える壁が一つもないから情報が少なすぎる。ならば中心に向かうべきだが、どちらに進めばいいのか容易には判断できないだろう。
ふと、マニサはある扉の前で止まった。扉の表札には数式が書いてあった。
「プラティマ、パワーボールはある?」
「さっき新しいのをもらったよ!」
「あなたはそれで自分の身を守りなさい」
プラティマにはさっぱりわけがわからなかったが、マニサには何かがわかったようだった。マニサは自信がありそうな顔をしていた。
「こっちよ!」
 マニサはプラティマの手を引いて走り出した。

∞     ∞     ∞

 ケージは空間を操作する能力に長けていた。人や物を瞬間移動させたりもできるし、大二十面体の捕虜収容施設もケージの能力で作られている。施設はセリグのパワーで補強されているが、建築物を作り上げたのはケージだ。
 そのケージにかかっては、この施設内のどこに誰がいるか筒抜けだった。無論、マニサとプラティマが正確に自分達の居場所を把握し、全ての通路に繋がっている中心部分に迷わず向かっていることも。
 ケージはマニサとプラティマを再び瞬間移動させた。それも、オマケ付きで。ケージの作り上げた迷路の中でマニサとプラティマがどう出るか、ケージは見てみたくなった。

∞     ∞     ∞

 マニサとプラティマは体がふわっと浮き上がり、瞬間、廊下の景色が変わったのを目の当たりにした。マニサはすぐに近くの扉の表札を見に行く。そして、悪い予感が的中したことを知った。
「どうやら、敵には私達のいる場所がわかるみたいね」
「何でそんなことまでわかるのよ!」
「空間魔法みたいなのを使う敵がいるの。私達が正しい道を進んでいるからもう一度瞬間移動させて全然違う場所に飛ばして邪魔してる」
二人が話していると、今度は床が揺れ出した。
「何? 怖いよ!」
 プラティマがマニサにしがみついてきた。マニサもバランスを崩さないよう足を広げて、プラティマと二人で体を支え合った。
「何が起きてるの……?」
 壁が形を変えて通路の道筋が変わり始めている。マニサは表札の数式が書き替わるのも見た。大二十面体とは全く異なる図形が描かれる数式に変わっていた。
「こんなことまでできるなんて。これじゃ、通路を全部塞がれたら終わりね」
「怖い事言わないでよ!」
 マニサは考えた。これだけの構造物を作り上げることができる敵が自分達を閉じ込めるような手を使うだろうか。扉の表札に書かれた数式は立体図形をグラフ化した時の位置を示すものだった。こんなヒントを提示してくるような相手だ。攻略できるものならやってみろと言わんばかりにマニサには思えた。
 それと合わせて、マニサは床にも数式が浮き上がってくるのを発見した。これは挑戦状だとマニサは思った。マニサは暗算で瞬時に複雑な数式の答えを導き出す。ある立体図形の内部の一点を示す数式だ。ここに来いということだとマニサは受け取った。
「プラティマ、覚悟はいい? 敵と戦うよ」
 プラティマはついさっきまで涙目だったが、その目に戦意がよみがえってきた。趣味でやっていた格闘技とはいえ、痛い思いをするのに慣れるには十分だ。プラティマだってやるしかない時は腹を括る。
「行こう!」
 マニサとプラティマはパワーボールに念を込めてそれぞれの使いやすい武器に形を変えた。マニサはナイフ、プラティマはフラフープだ。
「あなたらしいね、プラティマ」
 マニサはプラティマのフラフープを見て言った。
「ただのフラフープじゃないよ。空間魔法を遮断してって念じたの」
「グッドアイディア!」
 マニサは迷路を完全攻略した。進んでいくうちにまた床が揺れたり体が浮かびそうになったりした。その時にはプラティマのフラフープが役に立った。だんだんと敵がいら立ってきているのが通路のねじ曲がり方で察せられた。敵はフラフープの効力が届かない離れた通路を先回りして、道筋を難解に変えていくが、マニサには朝飯前だった。
 マニサとプラティマは床に浮かび上がったのと同じ数式が書かれた表札の扉の前に到着した。
 敵はこの中にいる。敵もマニサとプラティマが扉の向こうにいるのを知っているはず。どうやって中に入ろう。マニサとプラティマはしばし扉の前で沈黙した。
「どうした? 入ってこないのか」
 敵の方から二人に話しかけてきた。プラティマは驚いて悲鳴を上げる。
「臆病者のお嬢さん達。私はアルゴン様の部下のケージ。もうわかっておるのだろうが、この建物を作ったのはこの私だ」
「ケージ。あなたの迷路、面白かったよ。でも、ヒントが多かったんじゃない? 思ってたより早く着いちゃった」
「では、この先も楽しんでくれたまえ」
 扉が勝手に開いた。マニサとプラティマはもう驚かなかった。扉の向こうにいるであろうケージが攻撃してくるのを想定し、身構えた。
 ケージは何もない狭い部屋に一人だった。プラティマが中に入ろうとする。マニサはプラティマを止めた。
「待って。この部屋は怪しい」
 マニサはポケットに入っていたコインを投げ入れた。固いと思っていた床にコインが接触した瞬間、トランポリンのように床が揺れてコインが跳ね返った。
「ここはケージの独壇場。油断禁物よ」
 マニサが部屋の中に飛び込んだ。着地するとポワンと体が浮き上がり、壁に当たるが、その壁もトランポリンになっていて、体はまた宙に投げ出された。
「マニサ! 危ないって自分で言ったじゃない!」
 プラティマが扉の前で叫ぶ。
「私が戦うから、あなたは援護して!」
 マニサはクルッと回転して足から床に着地し、勢いをつけて跳ねた。手に持ったナイフでケージを切りつける。
「おっと、危ない」
 ケージはさっと避けた。ケージはこの床を普通に歩けるようだ。
 マニサはトランポリンを利用した縦横無尽な攻めを何度も繰り出した。しかし、それはマニサの跳ぶ軌道があまりにも容易く読めてしまう戦い方でもあった。ケージはマニサより素早く移動し、マニサの攻撃を易々とかわす。
「どうしたのだ、お嬢さん。それしかないのかね?」
 ケージの言葉にマニサはいら立った。トランポリンを逆にこちらが利用してやろうと思ったが、案外と難易度の高い戦い方だった。プラティマは部屋の中に入らず、マニサの戦いを見守っている。それで正解だ。ケージの動きを止められない以上、フラフープで空間魔法を無効化したプラティマが入ってきても戦況は変わらない。だが、一瞬でもケージの意識を一つに集中させれば勝機はある。
「生憎、私達は護身術を習っていただけの普通の人間なのでね、きっとこれが限界なのよ」
「自分の弱さを認められる人間は成長する。その点では君はまだ優秀な方だ」
「敵に褒められるのも悪くないね」
「しかし、君にはもうその成長する未来は残されていない」
 ケージが手を掲げて指を鳴らす形を作った。反撃に出るつもりだと気付き、マニサは身構えた。その時、扉の前からケージに向かって何かが投げ込まれた。
「な、何だこれは!」
 それはプラティマのフラフープだった。フラフープはケージの胴体を強く締め上げた。ケージは倒れ込み、床に手をつくとポワンと浮かび上がって制御を失った。
「フラフープの効力を反対にしたのよ! ケージもトランポリンの餌食になるようにね!」
 マニサはナイフを床に突き立てた。トランポリンになった床にナイフは深々と突き刺さった。そのナイフを支点にして、マニサは回転しながらケージに蹴りを入れた。
「ぐはぁっ!」
 顔面に蹴りを入れられたケージは一発KOされた。トランポリンになっていた床は普通の固い床に戻った。マニサはその場に尻もちをついた。
「終わった……!」
 安心したのも束の間だった。急激に建物が揺れ出した。ケージによって作られた構造物がケージが気絶したことで形を保てなくなったのだ。
「きゃあ!」
 プラティマが転倒した。扉のある壁に必死にしがみついている。見ると、床は激しい傾斜になり、プラティマは滑り落とされそうになっていた。
 マニサは廊下に出てプラティマの手を掴もうとした。が、揺れが激しくなりマニサも転倒し、二人はあっという間に下方に滑り落ちていった。
「もうダメえ!!」
「落ち着いてえ!!」
 二人の叫び声は廊下中に響き渡った。

皆さまに楽しんでいただける素敵なお話をこれからも届けていきます。サポートありがとうございます!