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【連載】ヒーローは遅れてやってくる!! 第二十三話 サウジでラリー

【前回までのあらすじ】
 吉郎達はカイロに滞在していた。そこへ一人の老婆が現れる。どこから来たのかわからない老婆に不信感を隠せない人々だったが、吉郎は生き残りの人類は一人でも多く助けたいと、保護する。翌朝、人々は謎の発疹に蝕まれ、老婆を怪しんだ。老婆はブラック・アルケミストの一員ニキで、発疹もニキの攻撃によるものだった。パワー不足でもたもたしている吉郎を尻目にイラがニキを撃破して、一連の騒動は幕を閉じた。


[第二十三話] サウジでラリー

 吉郎達が行動を開始した。カイロに残る者、故郷を目指す者、吉郎達についていく者の三方に分かれた。ダシャ、マニサ、プラティマ、イラの四人は吉郎についていき、地球再生への道の模索をしながらブラック・アルケミストとの戦闘に備えた。東南アジア方面を目指す人達も吉郎達についてきて、サウジアラビアで石油の掘削作業に加わった。
 責任者はマニサだった。昼夜問わず熱心に働き、人々を取りまとめて効率よく石油を調達した。23歳の小娘に何ができると侮る人も最初はいたが、マニサが15歳でイギリスの大学を卒業し、インドに戻って親戚が経営する土木工事の会社の重役になっていたと知り態度を一変させた。マニサは肩書きだけでなく、働きぶりでも人々を納得させた。
「マニサー、食べ物持ってきたよー」
 ダシャとプラティマがマニサの事務室となっているボロ屋を訪れた。
 天才を天才たらしめるものはその存在にあり、と誰もが思うだろう姿でマニサは仕事に励んでいた。やっとの思いで手に入れた紙と鉛筆を広げ、地図を書いたり、石油の供給量を表にまとめたりしていた。半年前、タブレットだらけの部屋で作業をしていた時と同じに見えた。
「ありがとう」
「今日の食べ物は何だと思う?」
「木の根っこ?」
「そんなわけないでしょー。もうちょっと人間らしい食べ物だよ」
 プラティマが蒸した冷凍ジャガイモのカケラを三等分してダシャとマニサに分配した。一口にも満たない量だ。三人は大事にその一口を噛み締めた。
「これだけでもないよりはいい」
「本当はマニサにもっと食べてほしいけど」
「いや、一番栄養を必要としてるのは現場で作業してる人達だよ。命がけで働いてるのに満足な食事は用意してあげられない」
 三人は黙ってしまった。
 石油掘削にでかけた人達の経歴は様々だった。経験者もいたが、土木工事の作業員、元軍人、農家と体力に自信がある人が率先して名乗り出た。やる気と体力さえあれば女性も例外ではなかった。人々の頑張りで石油はどんどん増え、文明を復興させる希望の光になると思われた。
「イラはどうしたの?」
 マニサが尋ねる。
「またふてくされてるよ」
「そうなんだ」
「仕方ない。放っておこう」
 イラはカイロにいた頃から機嫌が悪かった。ブラック・アルケミストとの戦いでストレスが溜まっていたのだとダシャ、マニサ、プラティマの三人は思っていた。しばらくすれば吹っ切れるだろうと思い見守っていたのだが、もう何週間もずっとその調子で誰とも話さず、夜が明けるとトレーニングに出て行ってしまうのでほとほと呆れていた。
 四人のリーダー的存在のダシャもイラを放っておくのに賛成していた。十代の頃には誰でも放っておいてほしい時期があるのをわかっていた。それに、状況が過酷なだけに、無理に楽しく振る舞えと言うことはできなかった。
「よく飽きもせずああやってトレーニングできるよね」
「プラティマったら、それじゃおばさんみたい」
「ひどーい、私もまだ十九歳なのに」
「だって怠けた事言うんだもん」
「たまには休んだ方がいいって言いたかったのー」
「プラティマおばあちゃん、ちょっとここ座って休んだら?」
「マニサ! やめてよ!」
 三人がふざけ合っていると、外から車のエンジン音のようなものが聞こえてきて、三人は外へ出た。
「勝手に車出してるの誰? ガソリンもったいないでしょ!」
 マニサが怒りながら周囲を見回す。だが、見慣れた車はなく、代わりにダカール・ラリーに使うようなタイプの小型で頑丈な車が放置されていた。
「何この車。どこから来たのかな」
 プラティマが車に近づく。マニサは嫌な予感がしてプラティマの手を引っ張って連れ戻した。
「待って!」
 三人が身を寄せ合って車を凝視していると、吉郎が到着した。
「三人共、その車から離れろ!」
 吉郎が叫びながら指で作ったピストルから光のビームを発射する。
「キャッハー!」
 ビームが当たる直前に車が回転してビームを避け、同時に形が人型に変化した。
「と、トランスフォーム!?」
「もろパクリかよ!?」
 ダシャとマニサが思わずツッコミを入れる。
「誰か、スーユーと遊んでくれよー!」
 トランスフォームした車はやはりブラック・アルケミストの刺客だった。子供っぽい性格なのか、攻撃を加える気はなさそうだ。
「三人共、大丈夫か?」
 吉郎がダシャ達のそばにたどり着く。
「吉郎、あいつ何だ?」
「ブラック・アルケミストっぽいんだけど、意味がわからないんだ」
「何で?」
「遊んでくれって言うんだよ。俺達は忙しいからダメだって言ったら駄々こねて走り出してここまで来たんだ」
「何それ。何して遊ぶ気なのよ」
「ダカール・ラリーがやりたいんだって」
「だ、ダカール・ラリー?」
「何それ?」
 ダシャとプラティマは首を傾げたが、マニサは目の色が変わった。
「私やるよ」
「え!?」
「吉郎、車一台用意して。あなたが隣に乗ってね」
「マニサ、ダカール・ラリーって何だかわかってるの?」
「パリダカールで有名な危険なレース競技のことだよ」
「やめた方がよくない!?」
「大丈夫」
「何でそんな自信満々なの?」
「イギリスにいた頃、元カレがダカール・ラリーやってたから」
 吉郎は比較的丈夫そうな車を選んでマニサの所に持ってきた。マニサはすっかりやる気になっていて、準備万端で待っていた。吉郎が助手席に乗りマニサの横顔を見ると、殺意ですら感じるような鋭い目つきでハンドルを握っていた。
「マニサ、俺は何で乗ってるんだ?」
「コ・ドライバーっていう同乗者を乗せていいルールなの。相手はブラック・アルケミストよ、何してくるかわからない。あなたは私の護衛係」
「マジか! それ、本気で言ってんのか?」
 ダカール・ラリーがどんな競技かよく知らない吉郎はこれからどんな危険が待っているのかわからず動揺した。
「落ち着いて、吉郎。あなたヒーローでしょ」
「そ、それもそうだな」
 吉郎は一瞬だが自分が不死身だということを忘れていた。
 マニサがアクセルを踏んで車を発進させる。スーユーが指定したスタート地点にピッタリつける。
「レディー、ゴー!」
 スーユーの掛け声でレースは始まった。マニサは初めからアクセル全開で走り出した。ガタガタした路面に車は翻弄され、吉郎はシートベルトを強く握りしめ揺れに耐えた。
 スーユーが指定したコースは廃墟の町を一周する短いコースだった。本物のダカール・ラリーでは何日もかけて車を走らせるが、その簡易版だ。しかし、破壊し尽くされた町は道と呼べる道が少なく、難易度は高かった。
「吉郎、スーユーが攻撃してきたら防いでよ」
「やややや、むむむ無理だって! ちょ! わ! イテ!」
「喋ってると舌噛むよ」
 舌噛むどころではない状態だったが、吉郎はなんとかして窓から身を乗り出し、すぐ近くを走るスーユーを見た。揺れは酷いが、ぶつかる物がないだけ車内よりマシだった。
「普通に全速力で走ってるだけなんだけど!」
 吉郎はマニサに向かって声を張り上げた。
「そのまま見てて! 何してくるかわからないから!」
「了解!」
 レースは双方互角のまま最後の直線まで来てしまった。マニサはこのレースは一体何なのか疑問に思いながらも油断せず全速力で走り続けた。全く攻撃してこないので吉郎もわけがわからないままずっと車外に半身を出したままでいた。
 レースは膠着状態だった。スーユーもマニサも一歩も引かず、ピッタリ横にくっついて走っていた。
「マニサ、俺も何かした方がいいか?」
「何もしないで!!」
「な、何で!?」
 吉郎は回答が意外過ぎて変な声が出た。
「向こうが何もしてこないのにこっちから妨害はできない!」
 その答えはレーサーそのものだった。
「スーユーは正々堂々勝負がしたいんだと思う! だからこのままにして!」
「でも、このままじゃ同着だぞ?」
「正々堂々、私が勝つから!」
 マニサはギラギラした目で真正面に見えるゴールテープを見つめていた。
「私を信じて」
 マニサはさらにアクセルを踏み込んだ。吉郎は空気抵抗のすごさに完全に身動きが取れなくなる。それはもう必死に振り落とされないようにボンネットを掴んでいた。マニサはさらにアクセルを踏む。メーターは振り切れ寸前だった。
 ヤバイ! もう無理! 落ちる!!
 吉郎が声もなく限界を迎え、窓から放り出された。吉郎は地面に落ちてゴロゴロ回転して止まった。ヒーローじゃなければ死んでいたかもしれないが、吉郎は全くの無傷だ。
 吉郎によって生み出されていた空気抵抗がなくなり、総重量も軽くなったマニサの車はさらに加速した。マニサは吉郎が落ちても一瞬の隙さえ見せなかった。
 ギュロロロロロン!!
 派手な音を立ててマニサの車がほんのわずかに早くゴールインした。どこからともなく表彰台が現れ、マニサはあれよあれよと表彰された。
「おめでとうございます!」
「チャンピオン!」
「あ、ありがとう」
 表彰が終わると、スーユーがマニサに握手を求めてきた。
「あーあ! 楽しかった! ありがとう。また遊ぼうね!」
 スーユーはすっと姿を消した。
「マニサ!!」
 ダシャとプラティマがマニサに駆け寄る。
「すごいじゃない!」
「あの敵はどこ行ったの?」
「何だったんだろう。よくわかんないや」
「マニサー、酷いよ! 振り落とすなんて!!」
 無傷だが目が回った吉郎がフラフラ戻ってくる。
「ごめんごめん、大丈夫だった?」
「ヒーローじゃなかったら俺死んでたからね?」
 吉郎は抗議をするが、三人は楽しそうだった。マニサは久しぶりの真剣勝負で爽快感を味わっていた。敵にもあんな遊び心のあるやつがいるんだ、とマニサは思った。

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