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【連載】ヒーローは遅れてやってくる!! 第三話 思い出はスマホの中

【前回までのあらすじ】
 どういうわけかヒーローになってしまった吉郎は破壊された町の様子を見ようと外へ出てみる。見るも無残な廃墟と化した東京の町並みに唖然とする吉郎。行きつけの定食屋もなくなっており、ショックを受ける。そこにブラック・アルケミストの刺客が現れ、吉郎は定食屋を破壊した恨みをこめた渾身のパンチで撃退する。

[第三話] 思い出はスマホの中

 ユキルが目を覚ますと、吉郎はまだ布団に入っていた。
 ブラック・アルケミストによって地球は厚い雲に覆われたが、幸い昼夜の区別がつくくらいの日光は届いていた。吉郎とユキルは普段の生活と同じように朝起きて夜眠る生活をしている。
「吉郎、何してるのですか?」
 ユキルは吉郎が目を覚ましていると気付いた。布団を頭まで被っているが、隙間から光がチラチラ漏れている。
「スマホだよ」
 吉郎が布団から顔を出して、ユキルにスマホの画面を見せた。
「何ですか、これは? 人が見えるようですけど」
「ユキルは知らないんだ。これはスマートフォンって言って、電話したり、メールしたり、ゲームしたりできる機械だよ。今はもうほとんどのサービスが停止してるけど」
 どうやらブラック・アルケミストによってサーバも一つ残らず破壊されてしまったらしい。SNSやクラウドはアクセスできなくなっていて、吉郎のスマホの端末内に保存されていた情報だけが見られる状態になっていた。
「発電所も動いてないから電気は通ってないんだけど、俺のパワーをスマホに溜めてみたら充電できたんだ。それで、懐かしくて昔撮った写真を見てた」
「これは誰ですか?」
 ユキルが写真の少し子供っぽさを残した吉郎と肩を組んでいる男の子を指差した。
「それは俺の高校の友達。緩いって評判の地学部に一緒に入って、社会科資料室で漫画読みまくってた」
 吉郎がスマホを操作して写真を次々と映し出す。
「これはもしかして、吉郎のお母さん?」
 さっさと次の写真に変えてしまう吉郎の指を掴んで、ユキルがある写真のところで止めさせた。「卒業式」と書かれた立て看板の前で、照れ笑いしている吉郎の隣で淡い紫色のスーツを着た年配の女性が微笑んでいた。目元が吉郎にそっくりだった。
「そうだよ。俺のお母さん。高校の卒業式なんて、恥ずかしいから来なくていいって言ったのに来たんだ。仲良かったメンバーでも母親が来てるやつなんて俺しかいなかったから、散々からかわれて、スマホ奪われてこの写真撮らされたんだ」
「楽しそうね」
「そうだね」
 ユキルは吉郎から弱々しいオーラが出ているのを感じていた。きっと寂しいのだ。もう誰もこの地球上に生き残っている人はいない。吉郎の話し相手になれるのはユキルだけだ。
「吉郎、落ち込まないでくださいね」
「何を?」
「たった一人で生き残って寂しいのはわかります。私も同じですから」
「ありがとう」
 吉郎は布団から出た。ヨレヨレのパジャマから地味な色の普段着に着替えて、出掛ける準備をした。
「どこに行くのですか?」
「パトロール。今日はやけに静かだから、敵がコソコソ悪さしてないか見回りに行くんだよ」
 ユキルは吉郎を見くびり過ぎていたと少し反省した。だらしない性格をしているけど、ヒーローの自覚はあるらしい。
「ユキルも行くだろ?」
「はい、行きますよ。あなたが行く場所ならどこだってついていきます」
「それは言い過ぎだろー」
 吉郎はまず始めに近場で一番高いビルの屋上に登った。ここから周辺に怪しい動きがないか探るのだ。
「俺もよくわかってないんだけど、敵が現れると体中がすごくゾクゾクするんだ。俺の中のパワーが反応してるのかもしれない。俺、戦略立てるのとか苦手だから、このパワーに頼るしかないんだよな」
「それはなかなかいい判断ですよ。敵も恐ろしいパワーを持っていますから、吉郎のパワーが反応してもおかしくありません」
「そうか。じゃあ、やってみよう」
 吉郎は屋上に寝転んだ。眠ってしまったかと思うほどピクリとも動かず、目を閉じてじっとした。
 ユキルはヒーローとしてその格好はどうなのかと内心思ったが、吉郎の好きにさせることにした。
「いた!」
 吉郎は屋上のフェンスにしがみつき、気配のする方を見た。
「ユキル、わかるか? あのビルの一室で何かやってる人がいる」
 ユキルにも吉郎の言っている人影が見えた。
「見えました!」
「行くぞ!」
 吉郎はフェンスを乗り越えてジャンプし、人影のあるビルの窓を突き破って強行突破した。
「ひ、ひぇえ〜! お前、誰だ!」
 敵は驚いて悲鳴を上げた。
「お前こそ、こんな所で何してる!」
 ユキルが到着すると、敵は無差別にボールのような物を投げてきた。
「吉郎、彼はリッコーガよ! ネバネバするボールを投げつけてくるから気をつけて!」
 ユキルの忠告を聞かずに吉郎はボールにぶち当たった。
「うわっ、ヤベェ! ユキル、た、助けて!」
「ハハハハハ! 喰らえ! 喰らえ!」
 リッコーガがさらにボールを投げる。
「吉郎、何やってるの!!」
 吉郎はみるみるうちに全身をネバネバボールで覆われ、吉郎自体が巨大なネバネバボールになった。
「吉郎……!」
 ユキルは枯れた観葉植物の枝に身を隠して吉郎を見守った。リッコーガがトドメを刺そうと吉郎にじわじわと近づいてくる。
 ユキルは吉郎はヒーローではなかったのではないかと不安になった。他人より少し素質があっただけの普通の人間なのかもしれない。ユキルが希望を託したばっかりに吉郎は凄惨な最期を迎えるのだ。
 もうダメ!
 ユキルが目を覆った瞬間、巨大なネバネバボールが光り出した。ユキルが目を開けると、巨大なネバネバボールを手のひらに乗せて、光り輝く吉郎の姿が見えた。
「よくも俺をネバネバさせてくれたな」
 怯むリッコーガに向かって吉郎は巨大なネバネバボールを投げた。巨大なネバネバボールはリッコーガを巻き込んで壁を粉砕し、隣の部屋の壁にめり込んだ。
「一件落着っと」
 吉郎が手をはたいて汗を拭った。吉郎から放たれていた光は消えていて、元の頼りない吉郎に戻っていた。
「吉郎!!」
 ユキルは吉郎に飛びついた。
「な、何だよ」
 吉郎はユキルを肩に乗せて頭を撫でた。ユキルは吉郎の温かい手に触れてほっとした。
 やっぱりこの人が地球を救える最後のヒーローなんだ。
 ユキルはそう確信した。

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