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【連載】ヒーローは遅れてやってくる!! 第十話 大陸へ

【前回までのあらすじ】
 捕虜収容施設に集められていた人達と吉郎はひとときの安らぎの時間を過ごす。久しぶりに食べる食事らしい食事、奏汰との遊び、全てが懐かしかった。しかし、幸せは一瞬にして消し去られる。新たな幹部セリグによって、助けた人達を皆殺しにされてしまう。吉郎は怒りに打ち震え、応戦するが、セリグにあっさり逃げられてしまう。

[第十話] 大陸へ

 早朝。
 吉郎は旅の準備をしていた。必要なものは多くない。地図とコンパスさえあれば十分だった。
 吉郎の前には奏汰の亡骸が横たわっている。あんなにも赤らんでぷっくりしていた頰は血の気が失せ、土気色に変わっている。吉郎は奏汰に手を合わせた。
 奏汰の服についていた幼稚園の名札に目がいった。吉郎は名札を外して大事に握りしめた。
 ユキルは吉郎にそっと近づく。
「行こうか、ユキル」

∞     ∞     ∞

 吉郎の旅の目的は決まっていた。世界中を回って捕虜を助け出すのだ。大阪、福岡で捕虜収容施設を発見し救出後、吉郎は上海に来ていた。
「できれば旅行で来たかったよ、上海」
 吉郎はボヤいた。だが、既に吉郎が見てみたかった上海の風景はどこにもない。テレビで見た美しい都市風景は荒らされ、凄惨な光景が広がっていた。
 吉郎が捕虜収容施設になっていそうな建物を探しに大通りを歩いていると、爆発音が聞こえてきた。続いて、吉郎の右方三ブロック先のビル群から煙か立ち上っているのが見えた。人の騒ぐ声も聞こえてくる。
「吉郎、行ってみましょう!」
 ユキルに言われるよりも早く吉郎は動き出していた。走って煙の出ている方へ駆けつけると、吉郎は驚きの声を上げた。
 上海の人達がブラック・アルケミストの刺客と交戦中だった。武器は爆竹や包丁などだ。男も女も関係なく、武器を取って戦っている。
「愚かな人間共が!」
 ブラック・アルケミストの刺客が腕から弾丸を発射した。マシンガンのように連射されてくる弾丸に多くの人達が撃たれた。
「聞け! 地球の人間共! 私はブラック・アルケミストのムグーカ! 反乱の鎮圧を任されている!」
 ブラック・アルケミストの刺客ムグーカの言葉は吉郎には日本語に聞こえた。
「あの人達、中国人だよな。言ってることわかるのかな」
「ムグーカは声を口から発しているのではないわ。全く別の意思疎通の手段を使ってる」
「つまり、どういう事?」
「日本人には日本語で聞こえて、中国人には中国語で聞こえてくるの」
「自動翻訳みたいなものか、それは便利だ」
 吉郎はある事を思いついた。
「ユキル、俺にもそれできるかな?」
「何をですか?」
「自動翻訳だよ」
「できないことはないかもしれませんが……」
「この人達は戦うつもりなんだ。だったら俺も一緒に戦いたい」
 吉郎は走り出した。上海の人達の列の真上を飛び越えて、ムグーカの眼前に躍り出た。
「誰だ、お前は!?」
 ムグーカも上海の人達も急に現れた吉郎を怪しみ、凝視した。吉郎は拳を高く上げて叫んだ。
「俺は地球最後のヒーロー! 上海を奪還しに来た!!」
 吉郎はムグーカの見よう見まねで話してみた。どうやら成功したみたいだ。中国語で話しているはずの上海の人達が吉郎にも何を言っているのかわかった。吉郎がヒーローだというのはどういう事かとヒソヒソ話し合っている。
「ムグーカ! 俺はお前を倒す!」
「バカなことを!」
 ムグーカが襲いかかってきた。上海の人達はどよめいた。吉郎は攻撃をかわして蹴りを入れた。ムグーカが吹っ飛ぶ。
「これでもバカだと思うか?」
 歓声が上がった。上海の人達が吉郎をヒーローと認めたのだ。吉郎は調子に乗って両手を振って歓声に応える。
「皆! まだ戦えるか!?」
「おおおおお!!」
 吉郎の呼びかけに全ての人達が雄叫びで返した。さすがに上海は人口が元々多いからか、生き残った人達も多いらしい。軽々と飛び越えてきたが、軽く千人はいそうだった。
「行くぞ!」
 吉郎の号令で全員が一斉に動き出した。フラつきながら起き上がったムグーカは自分に向かってくる軍勢に叩きのめされた。
 それは長い時間がかかった。暴徒に近い千人の軍勢が思う存分攻撃し続けた。それはもう集団リンチでもかわいいくらいの拷問に思えただろう。上海の人達は満足すると少し離れてムグーカの様子を見守った。ムグーカはピクリとも動かない。
「や、やったのか……?」
 一人が呟く。周囲も少しずつ勝利を確信し始め、勝鬨を上げる者やため息をつく者、その場に座り込む者などが出てきた。
 吉郎も勝ったと思った。しかし、何か違和感がある。ブラック・アルケミストの刺客を倒すと必ず起こる事がまだ起こっていない。他の刺客達は倒されると普通の人間の姿に戻るのだ。
 突如、ムグーカの全身から無数の弾丸が放たれた。吉郎は咄嗟に前に出て光のバリアで弾丸を跳ね返した。
「やっぱりな。そう簡単に勝たせちゃくれないよな」
 吉郎はここから先は自分で戦うしかないと悟った。
 日本国内での捕虜奪還作戦の経験から、吉郎は学んだことがあった。吉郎がどんなに強くても、いつでも助けに行けるわけではない。世界中に吉郎の助けを待っている人達がいる。彼らを助けるには時間も労力もかかる。吉郎がいない間、捕虜にされた人達自身が戦わなくてはいけないのだ。それだけの戦闘力をつけてもらうために、吉郎はわざとムグーカと上海の人達を戦わせた。
 刺客はどんどん強くなっていく。ブラック・アルケミストが吉郎を警戒しているのは明白だ。捕虜収容施設の守りも強化され、一度奪還してもまた取り返される可能性は大いにある。そこに住む人達で自衛する必要がある。
 だが、今日はここまでだ。
「さて、ムグーカ。ひと暴れしようぜ!」
 ムグーカは弾丸の的を吉郎に絞ってきた。吉郎は後ろにいる人達に当たらないように全ての弾丸を光のバリアで跳ね返した。吉郎も少しずつ強くなってきていた。以前までは怒りに任せて攻撃した時、勝手に光となって出ていた吉郎に秘められたパワーを、今は操って防御のためのバリアの形に変えることができる。
 ムグーカの弾丸は一斉射撃のあと、数秒は発射されないことに吉郎は気付いていた。それはほんの二秒くらいだ。この二秒間に間合いを詰めて攻撃するのは難しい。弾丸は吉郎を狙ってくるので下手に近づけない。
「何かいい手はないか」
 吉郎は考えた。中距離から人を守りつつ攻撃する方法を。
「そうだ!」
 吉郎は光のバリアをたくさん作り、ムグーカを囲むように上下左右、四方八方に散らばせた。
 ムグーカが吉郎に向けて弾丸を発射する。吉郎は自分の目の前に出したバリアを傾けて、別のバリアに弾丸が当たるように調整した。弾丸はキレイに跳ね返り、いくつものバリアを経由した。
「な、何だこれは!!」
 ムグーカの周りを弾丸が飛び交った。少しでも動けば弾丸が当たりそうだ。
「これが弾丸のピンボールだ!」
 吉郎はその隙に弾丸の届かない高さまで飛び、ムグーカの真上に陣取った。
「そして、これがお前の受ける一発だ!」
 吉郎は手で銃の形を作っていた。人差し指の先端にパワーを集めた弾丸のような光が溜まっている。
「ファイア!」
 吉郎の指先から光の弾丸が発射された。光の弾丸はムグーカに直撃した。
「きゃああああ!!」
 ムグーカの悲鳴が聞こえた。ムグーカの全身からポップコーンのように弾丸が弾け飛んだ。ムグーカは人間の姿に戻り、その場に倒れた。
「うおおおおおおおお!!」
 吉郎の周りを上海の人達が取り囲んだ。上海の人達は吉郎の手を握ったり、泣きながらお礼を言ったり大忙しだ。
「皆さん、俺は行きます。これからもこの土地を守り続けてください」
 吉郎は言った。上海の人達は名残惜しそうだった。
「吉郎さん、いえ、ヒーロー。我々のことはお任せください」
 上海の人達の中で、一際大きな体の男が吉郎に握手を求めてきた。吉郎は握手に応じた。
「どうかご無事で」
 吉郎は上海を去った。まだ何もかも始まったばかりだ。世界中のどこかで、ヒーローの助けを待っている人達がいる。

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