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【スピンオフ】私立アルケミスト学園高等部 第六話 図書室の女神

「ヒーローは遅れてやってくる!!」スピンオフ

私立アルケミスト学園高等部

[第六話] 図書室の女神

 前日、吉郎はボクシング部の部室で中等部の女子生徒にボコられたばかりだったが、登校時間にしっかり起きて、時間通りに学校に到着していた。
「は〜あ、昨日のあれは何だったんだろうな」
 そんな事をぼやきながら、ふと中等部の校舎を横目で見る。校舎の壁には、
[祝 全国大会優勝 ボクシング部 イラ]
の弾幕がかかっていた。
「マジか……俺全国覇者に殴ってもらえたんだ」
「吉郎、おはよう!」
 後ろからユキルが突撃してきた。
「おう、おはよう。ユキル」
「あれ? どうしたんですか、その包帯」
「うん? これか?」
 吉郎は半袖ワイシャツの袖口から手首までグルグル巻きになっている腕を掲げた。
「まあ……何でもないとは言えないわな。こんだけ大袈裟になってたら」
「事故にでも遭ったのですか?」
「いや、うーん。あれは事故とも事件とも言えるな」
「事件!? まさか、隣町のヤンキー校にカツアゲされたんですか?」
「いや、違うんだけど……っていうか近くにヤンキー校あるの? こわっ」
「あの学校は気をつけてくださいね。いかにもヤンキーな格好をしてるからすぐわかります。見かけたらダッシュで逃げてください」
「わ、わかった……」
 吉郎はその時、ユキルに聞いてみたいことがあったのを思い出した。
「そういえば、ユキルと放課後会わなかったけど、何の部活に入ってるんだ?」
「私は部活には入っていませんよ」
「え、そうなの?」
「はい。私は図書委員なので放課後は本の整理とか貸し出しカウンターで生徒対応とかをしてます」
「委員会活動か!」
「よかったら図書室を案内しますよ」
「じゃあ今日の放課後に!」
 というわけで、吉郎は今日の放課後ユキルに図書室を案内してもらうことになった。
 図書室と呼ばれているが、実際には図書館と行った方が正しい表現だった。図書室のためだけの五階建ての建物があり、ありとあらゆるタイプの本が所狭しと並んでいた。
「どっひゃー、なんつー本の数だ!」
「こんな広い図書室の整理をしていたら、とても図書委員だけでは手が回りません。だから私みたいに部活をやらないで図書委員の活動に専念してる人が多いんですよ」
 吉郎は分厚い緑のハードカバーに金文字でアルファベットのみで本のタイトルが書かれたいかにも貫禄のありそうな本をじっと見た。
「それはドイツの学者の本ですよ。ドイツ語で書かれているから私にも読めません」
「ドイツ語……?」
 この学校にはドイツ語が読める生徒がいるのか?
 と、吉郎はビビる。そういえばイラと一緒にいた男子生徒のニコラスも金髪碧眼だったし、外国出身の生徒がいるのかもしれない。
「吉郎はどんな本が好きですか? 漫画とかもこの図書館には置いてあるんですよ。海外向けの翻訳された漫画もあって、読み比べるのが楽しいですよ」
「漫画って、どうせはだしのゲンとか火の鳥とかなんだろ? それも破けてて全然読めないような」
「いいえ! それだけじゃありません! それに、破れてもいません! この図書館は文化的活動全てを支援しているんです。だから、最近流行りのあの漫画やアメコミ、マニアック過ぎて全く受け入れられなかったあの漫画まで何でも揃っているんですよ!」
「わ、わかったよ、すごい圧だな……」
「ごめんなさい、つい、本のことになると熱くなってしまうんです」
「すごいな、ユキルも」
「いいえ、この学校の生徒の中では私のすごさなんて下の方ですよ」
 吉郎とユキルが本棚の前でブツクサ言っているところに、物音も立てずにすーっと近づいてくる人影があった。白いレースのワンピースを着て、白銀の髪をきちっと結い上げた清楚な女性だった。
「ユキル、また新しい生徒を案内してあげているのですね」
「ヘルメスさん、こんにちは!」
 ユキルはシャキッと姿勢を正して挨拶した。
「吉郎、この人は司書さんのヘルメスさんです」
「はじめまして」
「吉郎というのですね。この学校は気に入ってくれましたか?」
「はい、もちろん。俺、前の学校はサボりがちだったけど、ここはなんか楽しくて毎日ちゃんと通えてます」
「それはよかった」
 ヘルメスは二人に手招きしてからどこか別の本棚へと歩き出した。吉郎とユキルはそれに静かについていく。
 ヘルメスの歩き方は図書室の静けさを維持するために特化しているような動きだった。床は絨毯で音を吸収するが、ヘルメスは靴底が柔らかいシューズを履いてさらに音が出ないようにしている。そして、その長い脚をゆっくり下ろすことで、全く音が出ないように歩いているのだ。
「ここです」
 ヘルメスは唐突に止まった。
「吉郎、あなたにおすすめの本はこれですよ」
 吉郎はヘルメスが本棚から取り出した本を受け取った。[変な植物大全]というタイトルの写真集だった。
「植物? 俺、ガーデニングとかすごい苦手ですよ。小学校の夏休みの課題で育てたプチトマトも朝顔もチューリップも全部枯らして夏休み明けに持っていけなかったですから」
「言葉のそのままの通りを受け取るのではありません」
 ヘルメスは本のページをパラパラとめくる。
「この地球上には様々な自然環境があり、そこに適した進化を遂げた生命がいます。植物は特に姿形から、種の残し方、花の咲き方など全てを駆使してその自然環境で強く生きているのです。この学校の生徒も同じ、それぞれが生まれた環境があり、持って生まれた素質があります。それを活かすのも殺すのも自分次第。あなたも自分が咲き誇れる居場所を見つけられるように見守っていますよ」
「ありがとうございます」
 ヘルメスは会釈をして、すーっと歩いてどこかへ行ってしまった。
「吉郎、貸し出しの手続きをしましょう」
 ユキルが吉郎を引っ張って貸し出しカウンターに向かった。吉郎の学生証と本のバーコードを読み取ってパソコンに入力するだけだ。
「これでOKですよ。返却は二週間後です。忘れずに返しに来てくださいね」
「うん、ありがとう」
 吉郎はヘルメスが去ってから終始上の空だった。なんという存在感の司書さんだろう。まるで彼女は女神のように優しさと輝かしさに溢れていた。吉郎はその優しい月の光のようなまぶしさに心を奪われてしまっていた。
「吉郎、読むならあっちの大机に座っていいんですよ」
 ユキルは図書委員の仕事に戻ると言って吉郎を残して行ってしまった。吉郎はぼーっとした後、なんとなく大机に座って植物大全を読み、暗くなる前に下校した。

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ヒーローは遅れてやってくる!!第一話

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