【連載】ヒーローは遅れてやってくる!! 第一話 最強ヒーロー、地球滅亡の日に目覚める
ヒーローは遅れてやってくる!!
[第一章]ヒーロー誕生
[第一話] 最強ヒーロー、地球滅亡の日に目覚める
ドス黒い闇が辺りを埋め尽くそうとするのを、ユキルは黙って見ているしかなかった。完全敗北とはこんなにも呆気ないものなのだ。ユキルには押し寄せる闇を抑え込む力もなければ、自分一人の身を守れるだけの力もなかった。
呆然と立ち尽くすユキルの足元にも闇が広がって来た。その時、ユキルは正気に戻り、小さな翼を羽ばたかせて、地上から飛び立った。
どこか身を守れる場所を探さなければ。
そんなことをして何になるのか、と心は叫んでいた。もう何もかも手遅れだ。自分一人生き残ったところで、希望はどこにもない。
ユキルは他の場所よりもわずかに温かそうな場所を見つけた。そこだけポッカリ穴が開くように、闇が遠ざかっていた。
助かった!
ユキルは穴の中に入って座り込み、目を閉じた。闇が全てを飲み込み世界が安定するまで、ユキルはそのままにしていた。
∞ ∞ ∞
ヤベッ!
吉郎は瞬間的に目を覚ますと、枕元に置いていたスマホの画面を見た。夕方の5時半だった。また休日を無駄に過ごしてしまったのだ。
去年に新卒で社会人デビューした吉郎は、都内の大学を卒業してそのまま都内で就職した。中小企業の営業職の仕事は大変だった。毎晩遅くに誰もいない部屋に帰って来て、安くなっていたスーパーの弁当を食べて寝て、数時間後には起きて出社しなければならない。休日も場合によっては出勤を命じられた。運良く休めたとしても、遊びに行く気力も体力も残っていなかった。昼過ぎに目が覚めて、軽く食事を済ませ、布団でスマホを眺める日々だった。
吉郎の職場での評価はイマイチだった。学生の頃からパッとしない成績で、取り柄もなかった。友達も少ない。職場でも気軽に雑談ができる相手はいない。吉郎が避けられているというわけではないが、おしゃべりしたい相手だとは思われていないのだ。
何もせずに一日中寝て過ごしてしまった罪悪感を払い除けて、吉郎はカップラーメンを作ろうと起き上がった。電気ケトルの中には生温いお湯が入りっぱなしだった。
「げっ。俺、いつお湯沸かしたんだろう」
念のため吉郎は水を入れ替えてお湯を沸かし直した。カップラーメンは蓋がちょっとだけ開いた状態でキッチンに放置してある。加薬は開ける前だった。吉郎は加薬の封を切って容器の中に入れ、湧いたお湯を入れて蓋を閉めた。
折りたたみ式のローテーブルを布団のそばに引き寄せて、吉郎は布団の上にどかっと座ってラーメンができるのを待った。スーパーや牛丼屋で買い物をした時にもらって集めている割り箸を割って、すぐにでも食べられるようにスタンバイしている。
スーパーで安売りしていたカップラーメンの割にはおいしかった。腹が減っていたのですぐに食べ終わってしまった。一息ついていると、ふいに何かの視線を感じて、吉郎は天井を見た。
小さい女の子だ!
「わあ!」
吉郎はローテーブルを蹴飛ばしてひっくり返った。
「何だお前!」
小さい女の子は目に涙を溜めていた。よく見ると翼が生えていて、空を飛んでいるらしい。頭には猫のような三角形の耳がついている。
「随分と探したんですよ……!」
女の子は涙を流しながら吉郎に近づいた。
何のことかさっぱりわからない吉郎は、害のなさそうな容姿に身の危険は感じなかったが、一体何者なのかという疑問から、近づいてくる女の子から少しでも離れようと後ずさった。
「お前、何なんだよ。何でそんな小さいんだよ」
女の子は吉郎の手のひらに乗るくらいのサイズだった。
「私はユキルです。イデア界から来ました」
「イデア界?」
「はい。イデア界とはこの世の理を理解し尽くした一部の選ばれし者だけが行くことのできる天空の世界なのです」
ユキルは真面目に話しているが、吉郎はユキルの言葉を半分も理解できなかった。
「イデア界? 何だよ、それ。変な事言うなよ」
ユキルは吉郎には理解不能な話だと察したのか、言葉を噛み砕いて説明した。
「イデア界とは天国のような所です。といっても、死んだら行く所というわけではなく、特別なパワーに目覚めた人だけが行ける世界です。私はそこから来ました」
吉郎にとってはそれでも理解に苦しむ話なので、適当に相槌を打つことにした。
「へ、へえ。そうなんだ。それで何で俺のところに?」
「あなたはこの地球を救える最後のヒーローなんです!」
「はあ?」
吉郎は、つい声が出てしまってから、失礼だったかなと後悔した。ユキルは吉郎の鼻先に詰め寄ってさらに言葉を続けた。
「ついさっき、悪の手先が地球の文明を滅ぼして、闇の文明を築こうとし始めているのです。あなたは悪の手先からこの地球を救える最後の希望。地球を守るヒーローなのです!」
「そんなに真剣に言われても、そんな話信じるわけないだろ」
吉郎はなるべく優しい声を意識して反論した。
ユキルはカーテンを開けて窓の向こうを指差した。
「これを見てください!」
窓の向こうに広がっていたのは廃墟と化した風景だった。
吉郎は立ち上がって窓を開け、辺り一面見渡した。
「何だこれ……」
「悪の手先の名はブラック・アルケミスト。この星を闇で覆い尽くすことのできる恐ろしいパワーを持った敵の組織なのです」
吉郎はあまりの出来事に足がすくんだ。取り柄もない、友達も少ない、休みの日には何もしないで寝てるだけの自分がどうやって東京の街を一日で廃墟にできる組織と戦えるというのだ。
「お、俺、できないよ! 無理に決まってるじゃん!」
「いいえ、あなたしかいないんです」
「ゆ、ユキル? で、いいんだっけ? 意味わからない事言うなよ! 人違いだろ!」
「人違いなんかじゃありません! だってあなたは――」
その時、外で大きな音がした。
吉郎とユキルが窓の向こうに目をやると、不気味な姿をした何かが顔を出した。
「貴様! 何故こんな所にいる?」
「うわっ! 化け物!!」
吉郎は思わず仰け反って異形の者から遠ざかった。直立二足歩行で元は人間のようであるが、グロテスクな緑色の肌をしたゾンビのように見えた。
「彼はヒンパルよ! 吉郎! 今こそパワーを解放して!」
ユキルが叫んだ。
「でも、どうやって!?」
吉郎も釣られて大声を出す。
「何をごちゃごちゃやっているのだ!」
ヒンパルが吉郎に襲いかかってきた。
「ああ、もう! じれったい!」
ユキルは間一髪、ヒンパルのパンチが吉郎に当たる直前に吉郎の頰にキスをした。その瞬間、吉郎の胸から強大な光が放たれた。
「ぎゃあああああ!!」
ヒンパルが吉郎の胸から発する光を浴びると大量の緑色の粒がヒンパルの体からブクブクと浮き上がり、泡となって空中に舞い上がり消滅した。ヒンパルは気絶して吉郎の部屋に倒れていた。普通の人間の姿になっていた。
「どうなってるんだ?」
「これがあなたのパワーよ」
吉郎はユキルを見た。
「俺のパワー?」
「そう。あなたは最強のパワーを体に宿している。地球を救う最後のヒーローなの」
吉郎の部屋の窓から夕日が差し込んだ。さきほど吉郎の胸から放たれた光とは全く性質の異なる温かな光だった。
「俺が地球を救う……?」
吉郎は夕日に照らされた自分の右手を見つめた。
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