【連載】ヒーローは遅れてやってくる!! 第二十一話 ひと段落
【前回までのあらすじ】
セリグ親衛隊との戦いで吉郎のピンチを救ったのはユキルとダシャが合体した戦士、ダシャ・ユキル連合だった。ダシャ・ユキル連合はアルゴンを狙って攻撃をするが、セリグがいち早くそれに気付き、アルゴンをかばって一撃をもろに喰らう。セリグがやられたことでアルゴンは激昂しより過激になるが、闇の力から解放されたセリグの機転によってアルゴンも吉郎からの一発を喰らい、闇の力から解放される。かくして、吉郎による奏汰の仇討ち合戦は幕を閉じた。
[第三章]瀬戸際の攻防編
[第二十一話] ひと段落
セリグとの決着がついてからもプラティマだけは目を覚まさなかった。意識が戻ったばかりのマニサとイラも心配そうにプラティマを見守る。
プラティマの体に残ったヴェッコーの毒を解毒するにはどうしたらいいかが問題だった。
「解毒っていっても、どんな毒だかわからないし」
「それに、間に合うのかな」
「もう手遅れかも……」
プラティマの周囲には吉郎、ユキル、ダシャ、マニサ、イラ、そして大勢の捕虜がいた。
吉郎が黙ってパワーボールを一個作り、それを液状に変化させた。プラティマの口元に液状になったパワーボールを持っていき、飲ませた。
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プラティマは闇を彷徨い歩く夢を見ていた。怖いとか不安だとかいう気持ちはどこかへ行っていた。何も感じない闇をひたすら歩き続けるうち、何にも感じないならそれはそれでいいかもしれないと思い始めていた。
一筋の光が遠くから迫ってきた。それは近づくにつれて大きくなった。大男のような包容力のある優しい光がプラティマを包み込んだ。プラティマは全身全霊で喜びの感情が湧きあがってくるのを感じた。
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「かはっ!」
プラティマは目を覚ました。ダシャとマニサとイラと吉郎、そして、よくわからないが二頭身の女の子もこちらを見ていた。
「何? 皆してこっち見て」
「よかった!!」
「プラティマ!」
「生きてた!」
ダシャ、マニサ、イラがプラティマに抱きついた。プラティマは状況が飲み込めなかったが、夢の中で感じた喜びの感情がまだ残っているようで、とても嬉しい気持ちだった。
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吉郎は捕虜にされていた人達と今後について話し合った。
捕虜は全世界から集められていた。吉郎が解放した東アジアの出身者が極端に少なく、他はヨーロッパ、アフリカ、アメリカなど海を挟んだ向こうの人達もいた。
海は水位が下がってはいるが完全に干からびるということはなかった。吉郎は九州から海を渡って(というかなんとなく流されて)上海に辿りついたのだ。アメリカ大陸から来た人達はおそらくケージのパワーで作られた船に乗せられて大西洋を渡ったらしい。
ここにいる人達が地球上の人類の生き残りの大半だった。その数は百万人にも満たないだろう。たった百万人で地球文明を復興させるのは厳しい。
「俺は一旦、インドに戻りたいと思ってる」
吉郎は大勢集まった人達に言った。
「インドで捕虜にされた人を解放したら必ず一緒に戻ってくると約束した人がいるんだ。インドに帰りたい人がいたら、俺と一緒に来てほしい」
「でも、吉郎さん。私達はここに来るまでに長い距離を歩かされて疲れ切ってしまいました。また歩いて元の道を戻れる元気はありません」
頭にスカーフを巻いたイスラム教徒っぽい女性が吉郎の目に留まった。靴も履いていないその人の足は泥だらけで痛々しかった。
「そうだよな、皆、疲れてるよな」
吉郎はここからならカイロが近いから、休めそうな所を探そうと提案した。インドでガンジス川がまだ流れていたのを見た吉郎はナイル川なら水が流れているかもしれないと思った。
吉郎の予感は、だが、的中しなかった。ナイル川は完全に干上がっていた。町中にある噴水もカラッカラに渇いていて、水が溢れていた面影はどこにもなかった。
「何もない砂漠よりマシだよ。皆、どこでもいいから寝起きできそうな所を探すんだ」
人々はカイロの町を歩き回り、それぞれの寝床を確保して回った。吉郎やダシャ達四人も手頃な場所を探して砂埃を払う。そんな事をやっている時に、遠くから歓声が聞こえてきた。吉郎達もそこへ行ってみる。
「吉郎さん! 車がありますよ!」
それはまさしく幸運というものだった。豪華な建物の地下に駐車場があった。そこの一番奥の真っ暗な場所に無傷で残された車が五台あった。
エンジニアだという男が車を動かそうとしてみるが、ガソリンが入っていないので車は動かなかった。
「ちょっと貸して」
吉郎が車のボンネットに手を当てた。吉郎がスマホを充電した時と同じように、自分のパワーを車に流し込んでみる。
ブロロンと音を立てて車が息を吹き返した。集まっていた人達がまた歓声を上げた。吉郎は五台の車全部にパワーを充填する。
「やった!」
「さすがヒーロー!」
「ねえ、吉郎!」
人々が喜んでいると、マニサが急に大きな声を出して、皆が振り返った。
「地下の暗い所なら無事なものがまだあるってことはさ」
「何だよ」
「石油は無事なんじゃ?」
石油と聞いて人々はさらにヒートアップした。地下資源は闇のパワーの影響を受けにくいということは、まだ掘り尽くしていない石油は使えるし、ガソリンを精製すれば吉郎がいなくても車を動かせる。
人々の目標がこれで決まった。まずはサウジアラビアまで行って石油の採掘をする。吉郎は途中まで一緒に行って、ある程度石油が確保できたら希望者と一緒にインドに戻る。
その夜は宴会になった。食べ物も飲み物もなかったが、人々は久しぶりの伸び伸びとした夜を満喫した。カイロの夜は肌寒く、廃墟から拝借してきたボロボロの絨毯を被っておしゃべりに花を咲かせた。
プラティマは外れた所で再び雲が覆い尽くした夜空を見上げていた。ヴェッコーの毒にやられてから目覚める直前に見たものを思い出していた。優しい温かな光はなんだか大男のようで安心感があった。あれは何だったのだろう。
「どうしたの? どこか調子悪い?」
ダシャが来た。プラティマは首を横に振って答えた。
「吉郎って一体何者なのかなって考えてたの」
「ヒーローでしょ」
ダシャはプラティマの横に座る。
「そうじゃなくてさ。なんかね、さっき目覚める前、不思議な夢を見たの」
「どんな夢?」
「吉郎のパワーボールみたいなすごく眩しくて温かい光が大きい男の人の形になって私を包むの」
「……へえ」
「あの時、吉郎がパワーボールを私に飲ませたんでしょ?」
「そうだよ」
「でも、なんか違うような気がするの。あの大男は吉郎って感じじゃなかった」
「背、そんな高くないもんね」
「そうなのよ」
ダシャはちらと横を見る。そこにはユキルがいた。ユキルはダシャの様子を見ているようだった。
「大丈夫よ。吉郎は私達の味方なんだから、その正体が全然違っても心配することはない」
ダシャはプラティマの背中を撫でてから立ち上がった。
「おいしい物ないけど、宴会楽しみなさいよ」
「あとで行くよ」
ダシャは宴会場の方へと歩き出す。ユキルとすれ違い様に目が合った。ダシャはユキルに何もバラさないから安心してと目で合図した。それは伝わったようだった。
同時刻、イラも単独行動をしていた。セリグ親衛隊が出てきた瞬間に一発KOされたことが悔しくてたまらなかった。走り込み、もも上げ、素振り、どれだけやっても足りない気分だ。とにかく体を動かしていないと気が済まなかった。
マニサは捕虜だった人達とずっと喋っていた。イギリスに留学していたことがあるマニサは大勢の人達と話すのが楽しかった。自分が倒したケージという敵が使う空間魔法のような技がどんなだったかを数学に興味がある人達の前で長々と説明していた。
人々は活気を取り戻しつつあった。ここからは事態が好転するのではないかと希望の光が見えてきていた。疑問や不安は残りつつも、確実に今までよりは状況が良くなっていると皆が思っていた。
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当の吉郎は一人で捕虜収容施設の跡地に戻っていた。疲れない体の吉郎にとって夜は無駄に長いだけだった。宴会も楽しかったが、どうしても蹴りをつけておきたい事があるのに、一晩中浮かれていられなかった。
セリグとアルゴンはまるで吉郎が来るのを知っていたかのように、砂漠の真ん中で待っていた。
「よう、セリグ」
「来たな」
セリグと吉郎はしばらく無言で向かい合っていた。アルゴンは口を挟まない。
「俺が憎いだろうな」
セリグが言った。
「当たり前だ」
吉郎が言った。
セリグはブラック・アルケミストの幹部だが、そうなる前は仕事熱心で人望も厚い男だった。イレナクルフに洗脳されて残虐な戦士にされていた。ダシャ・ユキル連合の攻撃で洗脳が解けても、自分が今まで何をしてきたのか忘れたわけではなかった。
吉郎は奏汰の名札をセリグに見せた。
「これが何だかわかるか?」
セリグは吉郎よりはるかに背が高いため、俯き加減で奏汰の名札を見た。その目は優しく見えて、吉郎は苛立ちを募らせる。
「覚えてはいないが、何を意味しているかはわかる」
「これはお前と俺が初めて会った夜、お前が殺した幼稚園児の遺品だ」
「そうか……、あの夜……」
「俺の復讐は終わった。自分で決着つけたわけじゃないけど、目的は果たしたんだ。お前は自分が殺した人達のことを忘れるな」
「わかっている。洗脳されていたとはいえ、自分のやったことは理解している。俺はイデア界に戻っても永遠にこの事を忘れない」
吉郎は奏汰の名札を握り締めてセリグに背を向けた。吉郎の汗と涙で名札は濡れていた。それでも奏汰の名札にこびりついた血の跡は消えない。永遠に残り続けるのだ。
吉郎の姿が砂漠の向こうに消えても、セリグとアルゴンはその場に残っていた。二人はこの後何が起こるのかを知っていた。
背後にイレナクルフがいる。
「あらあら、何してるのかしらね、お二人さん」
「イレナクルフ、来たのね」
アルゴンが口を開く。
「べったりくっついちゃって、お熱いのね。こんな状況だって言うのにさ」
「私達は負けてしまった。イレナクルフ、どんな罰でも受ける覚悟よ」
「当然ね!」
イレナクルフが手を上にかざすと、雲が離散し、星空が見えるようになった。
「あなた達を滅ぼすのに太陽ほどの光は必要ないわ!」
イレナクルフは星空の光を全て集めて闇のパワーを増幅させた。セリグとアルゴンはその強力なパワーの前になす術もない。
セリグとアルゴンの中からパワーの源が引き摺りだされた。イレナクルフは高笑いをしながらそのパワーの源をそれぞれ瓶に詰める。再び雲で頭上の闇を覆い尽くすと、イレナクルフは空の彼方へ去って行った。
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朝方、宴会場は騒然としていた。敵の刺客が現れたのだ。しかも、二体だ。
人々はその辺にある物で武器を作って戦うが、刺客に敵うはずがない。ダシャ達も油断して吉郎からパワーボールをもらうのを忘れていた。
「ユキル! 私達が戦わなければ!」
ダシャはユキルを呼んだが、ユキルは乗り気ではなかった。
「ダメよ、あれはあなたの体に負担をかけすぎる!」
「そんな事言ってられない! 吉郎はどこかへ行っちゃったし、他の皆に戦う能力はない。ここで私達が何もしなかったら、せっかく助けた人達が殺されちゃう!」
敵は吉郎のいない地球人類を舐めているのか、あまり攻撃はしてこなかった。廃墟に立てこもった人達は外の様子を見ているが、敵は近くの物を壊すことはしても、直接攻撃を加えてくることはなかった。
「アタシタチはフェデコとコデコでしゅ!」
「アタシタチは伝達に来たでしゅ!」
敵は幼稚園児くらいの双子の女の子のようなサイズ感だった。
「地球の人類の皆さん、実験を阻止したからと言って安心はしてはいけましぇんよ」
「これはほんの序章に過ぎないのでしゅから」
「これから計画は第二段階に突入しましゅ」
「地球に残った美しい自然を全て闇のパワーで覆い尽くすまで、ブラック・アルケミストの勢いは止まらないでしゅ」
フェデコとコデコの話をマニサは聞いていた。具体的に何をするつもりなのか、少しでも多くの情報がほしかった。マニサは武器を置いて外に出た。
「マニサ! どこ行くの!」
プラティマが叫んで追いかけてくるが、マニサは手をさっと上げて制した。イラがマニサの出て行ったドアの付近の物陰に隠れていつでも応戦できるようにスタンバイした。それを見てプラティマも物陰に隠れる。
「美しい自然を闇のパワーで覆い尽くす目的は何なの?」
「そんなの知らないでしゅ」
「イレナクルフ様のご趣味でしゅ」
「じゃあ、闇のパワーで覆い尽くされた自然がその後どうなるのかはわかる?」
「生きる苦しみから解放されるでしゅ」
「真っ黒なきれいな世界になるでしゅ」
「そこでは皆が平等に無になるでしゅ」
「誰も何も持たないことが真の平等でしゅ」
「それがたとえ命であっても」
「全てが無なら関係ないでしゅ」
マニサはここまで聞ければ十分だと思った。フェデコとコデコが言っているのは、アルゴンが行っていた実験を人間ではなく自然に対して行うということだと考えられる。これから人が生きられる環境を整備していこうとしている自分達にとって、それは大打撃だ。
「あなた達のやりたい事はわかった。でも、私達とは相容れないようね」
「だからそう言ってるでしゅ」
「投降するなら助けてやっても構わないでしゅ」
「我らと同じにはなれなくても命だけは助けてやるでしゅ」
「ブラック・アルケミストの奴隷として闇の世界を永遠に生き続けるでしゅ」
マニサはフェデコとコデコよりずっと遠くの曇り空がわずかに煌いたのを見逃さなかった。時間稼ぎも終わりだ。
「私達は諦めない! 闇の世界とは違うものを望んでいるの! だから、戦う!」
「うおおおおおお!!」
イラが大勢の人達を引き連れて廃墟から出てきた。フェデコとコデコは驚いて泣きながら逃げようとした。なんだかその姿は普通の幼稚園児のようで少しかわいそうにも思えたが、人々は容赦しなかった。
「大勢で物投げてくるだなんて卑怯でしゅ!」
「お前達なんか皆消えてしまうでしゅ!」
フェデコとコデコがカラフルなボールの形の爆弾を投げてきた。人々は陣形を組んで巧みに避けては当たったら痛そうな物をフェデコとコデコに向かって投げる。
「うぇーん」
「ひどいでしゅ」
フェデコとコデコが本格的に泣くと、それは大音量の騒音になった。耳を塞いで人々がうずくまると、フェデコとコデコが泣きながら爆弾を投げ始めた。
「危ない!」
人々が動けないでいる所へ大きな光る絨毯が降ってきて、爆弾との間にクッションを作った。爆弾は爆発したが、絨毯の下の人達は助かった。
「皆、無事か!」
吉郎だった。
「吉郎! 遅いじゃない!」
ダシャとユキルが一緒に出てくる。
「ごめん、ちょっと用事思い出して」
「いいから早く!」
吉郎はフェデコとコデコと人々の間に立ちふさがった。
「もう泣くのはやめおよ、いい子だから。一発殴らせてくれればそれで済むからね」
「暴力反対でしゅ!」
「幼児虐待でしゅ!」
「おイタはいけません!」
吉郎がフェデコとコデコのおでこにデコピンを放った。
「ふぎゃあ!」
「ぴえん!」
フェデコとコデコは気を失った。どす黒い闇が体から抜けて、かわいい幼稚園児に戻った二人はすやすやと寝息を立てた。
「こんな子供が次の敵だなんて、どうなってるんだ」
耳を塞いでうずくまっていたイラが吉郎とフェデコ・コデコの前に歩いてくる。
「わからんな。でも、ユキルのこともあるし、本当の子供じゃないのかも」
「なるほど」
「吉郎! 聞いて!」
マニサが走ってきた。吉郎にフェデコとコデコが言っていた事を話した。
いつの間にかフェデコとコデコの姿は消えていた。
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