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【連載】ヒーローは遅れてやってくる!! 第十八話 第3ラウンド

【前回までのあらすじ】
 ブラック・アルケミストの野望を知った吉郎達はそれを阻止すべく戦いを挑む。だが、直後にケージの空間操作で吉郎とユキル、ダシャとイラ、マニサとプラティマの三組に分断され、大二十面体の捕虜収容施設のどこかへと瞬間移動させられてしまう。マニサはプラティマを連れて迷路のような通路の暗号を読み解き、ケージのいる部屋を発見する。二人は協力してケージを撃破することに成功した。

[第十八話] 第3ラウンド

 ケージとカルシが吉郎達と交戦中、アルゴンは自身の執務室でイデア界と通信していた。相手は真っ黒い巻き毛を足元まで伸ばした女性だった。隣に男性が座っているのがわかるが、顔は画面から外れている。女性の背後に見える空間はどす黒い闇に包まれて何も見えない。
 アルゴンは人前では滅多に外さないマスクを外し、笑顔を見せている。
「それで、セリグはよくやっているのね」
「もちろんよ」
 アルゴンと黒髪カールの女性はやけに親しげだ。
「あなたがセリグを幹部にと言ってきた時に、まさかとは思ったけど、思い切ってそうしてみてよかったわ」
「セリグは好戦的過ぎるところがあるけど、部下からの人望は厚いのよ。最重要の実験は私が請け負って、部下の統括はセリグに任せれば万事うまく行くはずよ」
「だけど、アルゴン。例の男についてはどうなってるの?」
 黒髪カールの女性は眉をしかめた。「例の男」が目下の悩みの種だとはっきり示している。
「問題ないわ。私の部下が始末してくれる」
「頼りにしてるわよ」
 画面が暗くなった。黒髪カールの女性が通信を切ったらしかった。アルゴンはマスクをはめ直した。アルゴンの中から笑顔が消える。既に幹部の側近の顔に戻っていた。

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 ダシャとイラは刺客達と交戦中だった。イラの攻撃力が厄介だと思われたのか、二人は集中攻撃に合っていた。何人もの刺客が次から次へと現れ、その度にイラがKOしていった。
「ケージとカルシとかいうモンスターはどこに行ったんだ! 見つけたらぶん殴ってやる!」
 イラは完全に頭に来ているようで、刺客達と戦いながら物騒な事を言っている。
 イラが三十体目をKOした時から、刺客達の士気が徐々に下がり始めた。
「どうしたの? 私が怖いの? だったら、ケージとかいうヤツを呼んできなよ」
「イラ、やめなさい。本当に出てきたらどうするの?」
「ボッコボコにする!」
 ダシャは溜息をついた。イラが一歩踏み出すだけで、刺客達は三歩下がるような状況なので、ダシャは頃合だと察した。
 ダシャがイラの前に出ると、刺客達は困惑の表情を見せた。
「あなた達、これ以上戦っても無駄だってわかってるでしょ? 私達は吉郎を探してるの。あなた達の野望を打ち砕こうとするヒーローよ。これ以上被害を大きくしたくなかったら、私達を吉郎のところへ案内して」
 しばし、シーンとして、誰も動こうとしなかった。刺客達は背を向けて相談し始めた。
 ダシャもイラほどではないが、焦りを感じていた。アルゴンの部下、ケージとカルシと戦っていたはずだが、気付けば全く別の部屋で気を失っていた。吉郎もマニサもプラティマもいないし、刺客はイラを狙って続々と集結してくる。三人もどこかで同じ状況に陥っているだろう。ケージとカルシを見つけ出して戦うのも大事だが、はぐれた三人と合流した方がいいとダシャは思う。
「ああ! カルシさん!」
「今、俺達が戦っているところですので!」
「ここは俺達にお任せください!」
刺客達が騒がしくなった。カルシという声が聞こえてきた。ダシャはイラが飛びかからないように道を塞いだ。
「何がお任せを、だ、お前達。たった二人の敵にてこずりおって。セリグの部下は勢いだけの馬鹿ものの集まりなのか」
 間違いなくカルシだった。ダシャとイラは全身に力が入るのを感じた。
「お嬢さん方、一つ私とゲームをしませんかね?」
「はあ?」
 カルシは指をパチンと鳴らした。どす黒い竜巻がカルシの足元から立ち上ってきた。
「イラ、危ない!」
 ダシャはイラを抱えて後ろに飛び退いた。が、間に合わなかった。竜巻は二人を巻き込んで勢力を強めた。

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 ダシャが目を覚ました。
「……嘘でしょ!?」
 そこはダシャとイラが二人きりで気を失っていた最初の部屋だった。
「ダシャ、どうしたの?」
 イラも目を覚ました。そして、辺りを見て事態に自分で気付いた。
「これって……!」
「お目覚めかな、お嬢さん方」
 どこからともなく声が聞こえてきた。カルシの声だった。
「突然の出来事に驚いておられるだろう。私のゲームはもう始まっている。お嬢さん方はケージが瞬間移動させた後、目覚めた瞬間にタイムスリップしている。その部屋を出れば、先程と同じような出来事が起こるだろう」
「おい、カルシ! ゲームするなんて承諾した覚えはないぞ!」
 イラが中空に向かって叫ぶ。
「まあ、そう怒りなさるな。ルールはたったの二つ。お嬢さん方は私のいる部屋、つまりアルゴン様が君達をお連れした実験室にたどり着けばいい。通路には刺客達が先程と同じようにお嬢さん方を狙って集まってきている。倒すも、逃げるも自由だ。ただ、倒してはいけない刺客、ジョーカーを倒してしまった場合、お嬢さん方は振り出しに戻り、その部屋に戻される。お嬢さん方が部屋に連れ戻される回数が三回に達した時がゲームオーバーだ。もうやり直すことはできない。私はその時、お嬢さん方を始末するだろう」
「そんなのフェアじゃない」
 ダシャも中空に向かって叫んだ。
「いいや、フェアだよ。お嬢さん。私の能力は近接戦闘には向かないのだ。実験室にたどり着きさえすれば、私はもう君達には敵わない。時間を巻き戻すか、止めるかしなければ太刀打ちできないが、実験室にたどり着いたならば、もう私は時間を操作してお嬢さん方を退けることはしないことにするよ。それが私に課せられたこのゲームのルールだ」
「じゃあその始末ってのは何だ? 直接の攻撃はできないんだろ?」
「いい質問だ。お嬢さん方がゲームオーバーになった時、私は君達の時間を永遠に凍結する」
「そ、そんな……!」
「事実上の死と言ってもいいだろうね。お嬢さん方は永遠にこの時間に縛りつけられるのだ。どれだけ月日が流れても、お嬢さん方は精巧に作られた像のように、その場に留まり続ける」
 イラとダシャは手を握り合った。何を考えているのかはそれでわかった。戦うしかない。二人で力を合わせてこのゲームをクリアするしかないのだ。
「おわかりいただけましたかな?」
「わかった」
 ダシャが口を開いた。
「そのゲーム、受けて立つ」
「では、扉を開けた瞬間がゲームスタートですよ」
 ダシャとイラは部屋を出た。案の定、先程倒した刺客達がうじゃうじゃいる。
「イラ、わかってると思うけど戦ってはダメよ。なるべくやりすごして進むのよ」
「わかってる!」
 イラが刺客の集団に突っ込んでいった。
「何でそうなるのよ!」
 ダシャも慌ててイラの後ろをついていく。
 イラは驚いて脇へ退く刺客達を次々と通り越して先を急いだ。迷路のようになっている廊下から実験室へ続く道を見つけ出さなければならない。明らかに実験室の周辺とその他のエリアでは内装が違っていたのをイラは覚えている。厳重そうな扉が立ち並ぶ通路さえ見つかれば、あとは片っ端から扉を開けて回るだけだ。
「すごいよ、イラ! 敵を一人も倒さずに突破した!」
「だからわかってるって言ったでしょ!」
「実験室への道って言われても、ここがどの辺りだかわからなきゃ検討もつけようもない」
「わからないならとにかく動き回るだけだ」
「いいえ、考えて行動しないと体力が尽きたらおしまいよ」
「でも、周りを見てよ。どこもかしこもおんなじだ。まるで特徴がない。実験室のある辺りは明らかに他と比べて豪華だった。そこを探すんだよ」
「それはそうだけど」
「待って!」
 ダシャは熱弁をしていて敵が後ろから来たことに気付かなかった。イラは咄嗟にダシャを守ろうと敵を殴り倒した。

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「戻ってきてしまったのね」
「ごめん、ダシャ」
「いいの。ありがとう。私を助けてくれたんでしょ?」
 ダシャとイラは振り出しの部屋に戻された。不意打ちでジョーカーが現れてはこちらとしても対処のしようがない。
「少しだけ作戦を立てましょう。敵がいる場所で話し合うのは危険すぎる」
「同感」
 二人は話し合った。敵と戦わずに実験室を見つけるにはどうするのが最適か。
イラは既にパワーボールをグローブに変えてしまっている。ダシャは吉郎に新しくもらったパワーボール一個を使わずに残している。イラが即戦力となり、ダシャのパワーボールは温存することにした。
迷路の攻略は困難だ。目印も何もない通路をひたすら歩いて実験室を探すのだから当然だ。暗記能力に長けたマニサがいれば少しは違ったかもしれないが。
「じゃあ、いい? 絶対に左には曲がらないこと。右に曲がる回数をきちんと数えて、行き止まりになったら同じだけ左に進む。その作戦でいくよ」
 ダシャとイラは部屋を出た。何度見ても同じ光景が広がっている。イラが特攻して道を作り、二人は右へ右へと突き進んで行った。ダシャとイラはその方法でかなりの距離を走破した。敵をやり過ごしながらの迷路攻略は骨の折れる作業だったが、イラは根気よくKOさせずに牽制だけで敵を退けていった。ダシャはイラの代わりに正確に右へ曲がった数をカウントしなければならない。
 やがて、ダシャとイラは大二十面体の中心部分にたどり着いた。
「この道が中心に繋がっていたのね」
「ダシャ、わかるか。ここからの道」
 イラも気付いていたようだった。大二十面体の中心は、どの突起部分から見ても同じに見える。アルゴンが実験室に案内した時もここを通ったはずだったが、どこからどこに移動したのか皆目見当がつかなった。
「片っ端から行くしかない」
 ダシャは先程と同じで右側から攻めることに決めた。一つずつ虱潰しにしていけば、いつかは実験室にたどり着く。
「やっぱり来やがったぜ!」
「カルシさんの言う通りだ!」
 ダシャとイラが辺りを見ると、ありとあらゆる突起部分から刺客達が顔をのぞかせていた。カルシは刺客達にゲームの内容を教えて、ダシャとイラが必ず通る大二十面体の中心部分に来させ、戦わざるを得ない状況を作り出していたのだ。
「こんな四方八方から来られても無理だよ!」
「かかれ!」
 刺客達は一斉に飛びかかってきた。
「イラ、やりなさい!」
 イラはダシャが叫ぶや否や、パワーボールで作られたグローブを光らせて刺客を蹴散らした。

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 ダシャとイラは落ち着いた様子で目覚めた。
「あと一回しかない」
「そうね」
「中心部分までたどり着けても、その先は無理だ」
「行きましょう、イラ」
 ダシャは立ち上がった。
「でも、これ以上は何をやっても」
「無駄なんかじゃない」
「何でそんな事が言えるんだよ?」
「イラ、よく聞いて。私達は吉郎のおかげでこんなわけのわからない敵とも戦える力を得た。どんなに私達が格闘技を習っていても、吉郎のパワーボールがなければ無理だった。今、私達にはどんな願いも叶えてくれるパワーボールが一つだけ、使われずに残っている。だから安心して、あなたは敵を倒せばいい」
「どういう事?」
「敵がどこで聞いているかわからないから言えない。でも、いい? 二回やって、ジョーカーを倒した時に一瞬だけ竜巻の中に戻るのがわかったでしょ? あの状態になったら、あなたはもう一度パンチを繰り出すのよ。約束して」
「何なの、それ? 悪あがきじゃないか」
「いいから、約束できる? 気を失う直前に必ずもう一度だけ攻撃するって」
「わ、わかった。やるよ」
「それじゃ、イラ。ここを出たら、集まっている敵をジョーカー諸共吹き飛ばして」
 イラは立ち上がった。グローブを締め直して戦闘態勢に入った。部屋を出たら一発、いや二発勝負だ。ジョーカーを倒すのと、竜巻の中でも力を振り絞ってもう一発攻撃する。
 ダシャが扉を開けた。二人に緊張が走った。イラは勢いよく飛び出していき、左右両方の通路にごった返している敵を一斉に撃破した。
 どこかに紛れこんでいたジョーカーを倒したらしかった。竜巻が二人の足元に巻き起こる。イラはもう一度パンチを繰り出すために態勢を整えた。
 その時だった。ダシャのパワーボールが光り輝きだした。パワーボールはどす黒い竜巻とは反対方向に渦を巻き、どす黒い竜巻を消滅させた。
「な、なんだと……!」
 どす黒い竜巻が消えた向こうにはカルシがいた。
「イラ、今よ!」
「はあああああああああああ!!」
 イラは今までの何倍もの渾身の力でカルシの頬に拳をぶち込んだ。グローブが光り、カルシの全身を包み込んだ。
「か……勝ったのか……?」
 イラはダシャの方を見た。ダシャはイラに飛びつき、抱きしめた。
「よくやった! さすがイラね!」
「わあ、やめてよ……!」
 これまでの戦闘と安堵感でイラは一気に脱力した。
「しっかりして、イラ。まだ何も終わってないんだから」
「うん、でもちょっとだけ休ませて」
 イラとダシャは通路の端に並んで座った。
「何で竜巻が起こる時、カルシがいるってわかったの?」
「三回目には私達の時間を凍結させるために術を仕掛けに来ると思ったの」
「なるほどね」
「一瞬でも隙ができれば、あとはイラの攻撃力でどうにかできる気がして。私が残りのパワーボールでカルシの攻撃を防いで、その隙にってね。うまくいくとは思わなかったけど」
「一か八かだったね。よかった、うまくいって」
「素晴らしいよ、イラ。世の中が平和ならあなたはきっとワールドチャンピオンにだってなっていた」
「もうやめて。どこにもそんな世界、残ってないんだから」
 ダシャとイラは背にもたれかかっていた壁がわずかに傾き始めたことに気付いた。
「何だ、これ?」
「イラ、離れないで」
 二人はしっかりと抱き合った。だが、壁だけでなく、床もどんどん傾き始め、二人は座っていることもできなくなった。
「掴まって! イラ!」
「ダシャ! もっと近づいて!」
「きゃああああああああ!!」
 二人は必死に抵抗したが、重力に逆らうことはできず、真っ逆さまに大二十面体の中心部分へと落ちていった。

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