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【連載】ヒーローは遅れてやってくる!! 第十三話 邂逅


【前回までのあらすじ】
 捕虜の大行列に紛れ込むことに成功した吉郎。敵の刺客を倒したところを目撃したダシャ、マニサ、プラティマ、イラの女子四人が吉郎と共に戦うと声をかける。吉郎は四人に自分のヒーローパワーを球体に閉じ込めたパワーボールを渡し、どれだけ戦えるかテストする。結果、敵に怪しまれてしまい吉郎とダシャ達四人は目的地まで監視下に置かれることになった。

[第十三話] 邂逅

 曇り空のエジプトは禍々しい雰囲気を醸し出していた。黒い雲がはるか上空で渦を巻き、生暖かい風が重々しく吉郎達の体にまとわりついた。

「ここが最終到達地点……」
 吉郎は思わず声に出して言った。今までの捕虜収容施設とは比べ物にならないほどの重圧を感じていた。今、ピラミッドの代わりに吉郎達の前にそびえ立っているのは、尖った部分がいくつも突き出している大二十面体の巨大な建造物だった。
「男と女に分かれろ!」
 見張りをしていたブラック・アルケミストの刺客達が捕虜の大行列に指示を出した。吉郎はダシャとアイコンタクトを取る。「ここは従うべきだ」とダシャの目は言っていた。
「無事でいろよ」
 吉郎は小声でダシャと仲間達に言い残し、男達が集められている一角に足を運んだ。

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 男達と女達は別々に大二十面体の建物に入った。吉郎にもダシャ達がどの廊下を歩かされているかわからないし、ダシャ達も同様だった。だが、今は他人の心配をしている場合ではない。自分が脱出できるかも不明だし、ここで何をさせられるのかも不明だ。何のために捕虜がここへ集められたのかわかるまでは辛抱も必要なことの一つだった。
 吉郎は何か胸騒ぎのようなものを感じていた。複雑な構造をした建物の階段を一段一段ゆっくりと上っていた。周囲を警戒しつつ、前にいる捕虜の男性の足を踏まないように慎重に足を下ろす。何もおかしなものは見当たらない。だが、どうしても何かが気になる。それは吉郎に宿ったヒーローのパワーが警告を発しているかに思えた。
人波に揉まれながら階段を上るのは、縛られたままの吉郎にはかなりキツイ動作だった。おまけに周囲に何か嫌な空気を感じている吉郎は、注意力が散漫になり階段を踏み外した。後ろからついてきていた捕虜の男達が吉郎にぶつかられ次々と転び、百人単位が雪崩式に階段を滑り落ちていった。
「イッテー……」
「おい、何やってんだ!」
「よそ見すんじゃねえぞ!」
「早く退けよ!」
 吉郎に落とされた男達が様々な言語で吉郎に罵倒を浴びせかけた。英語、フランス語、アラビア語、わかっただけでも十以上の言語が話されている。自動翻訳で意味がわかって伝わるからよかったが、そうでなければ小心者の吉郎はビビって謝り倒していたところだろう。
「起き上がれねえ!」
 今の吉郎には男達から怒鳴られたくらいどうということではなかった。胸騒ぎの正体を突き止めるべく、すぐに起き上がって周囲に目を配りたい。しかし、吉郎は縛られていてなかなか起き上がれないでいた。もがいていると刺客が来て吉郎の縄の端を引っ張り吉郎を立たせた。
「何してるんだお前は? こっちへ来い!」
「パビ! こいつを連れていけ!」
 吉郎は刺客の一人、パビに縄を引っ張られ、他の男達とは別の道を歩かされる羽目になった。行列から抜け出て別の階段を上らされた。

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 吉郎は独房に入れられ、縄を解かれた。
不思議なことにこの建物の壁は透けて向こう側が見える壁とそうでない壁があった。外から見た時は真っ黒で中が見えなかったが、中からだと外の景色が見えるようになっていた。だが、建物の内壁は真っ黒で向こう側は何も見えない。
 外の景色を見ても砂漠が広がっているだけだった。吉郎はかなり高い所に連れて行かれたので、遠くの方までよく見渡せる。
 見張りの刺客はパビだけだった。檻の向こう側の右寄りの所に仁王立ちしている。ここへ来るまでも一言も発さなかった。今も吉郎のことを注視するでもなくただ立っていた。
 ユキルが吉郎の胸ポケットから顔を出した。
「これからどうするの?」
 ユキルの質問に吉郎は少し考えてから答えた。
「うん、まずはここから出る。なんだか嫌な予感がする。ここの空気はかなり重い」
「そうね。私もここは危険だと思う。ブラック・アルケミストが行動を開始する前に手を打つべきよ」
「それにしても、この壁、一体何なんだ? 透けてるのと透けてないのがある」
「これはブラック・アルケミストのパワーで作られた構造物よ。壁の素材が光の反射をコントロールできるの。見せたい物は見えて、見せたくない物は見えないようになっている」
「こんな物が作れるのかよ、ブラック・アルケミスト。敵ながらあっぱれだ」
 吉郎は何気なく壁に手を当てた。ひんやりした感触がした直後、全身を寒気が走った。
 意識の中にとあるヴィジョンが入り込んできた。壁を構成している邪悪なパワーを通して吉郎は壁のずっと向こうの景色を見た。
 セリグがいた。東京で捕虜を皆殺しにしたブラック・アルケミストの幹部だ。そのセリグがここエジプトにいるのだ。何たる偶然、何たる運命のいたずらか、吉郎は意図せずして宿敵と鉢合わせた。
 予期せぬ再会に吉郎が身動き一つ取れずにその光景を見つめていると、セリグもこちらに気付いたようだった。そこにいるはずのない吉郎の目をセリグは見つめ返してきた。
「ああ!!」
 吉郎は慌てて壁から手を離した。
「吉郎、どうかしたの?」
 吉郎は全身から冷や汗が出るのを感じた。鳥肌が立って、息も荒くなった。
「吉郎、しっかりしなさい!」
 ユキルが叫ぶと吉郎はほんの少し正気を取り戻した。
「アイツがいる……」
 ユキルはその一言で事態を把握した。
 吉郎はズボンのポケットの中に大事にしまっている奏汰の名札を取り出した。渇いて茶色く変色した血で汚れた花の形の幼稚園の名札だ。奏汰はいきなり登場して敵を倒した冴えない普段着の青年をヒーローだと信じてくれた。純粋な心を持った子供の命をセリグは無慈悲に奪ったのだ。
 吉郎は体の震えが勇気のそれに変わっていくのを感じた。自分が甘かったばっかりに救えなかった命がある。でも今度は負けられない。第二、第三の奏汰を出さないためにも、この戦いだけは勝たなければならない。
奏汰の敵を討つ時が迫っている。吉郎はそう確信した。ならば、今すべき事は一つしかない。
吉郎はパワーを右足に集中させ、回し蹴りで檻をぶち破った。ブラック・アルケミストのパワーで作られた檻は吉郎の渾身のパワーで破壊され、吉郎一人が通れるくらいの穴を開けた。
「うわ!」
 パビは叫び声を上げて反射的に吉郎に槍を向けた。吉郎はさっと槍をかわしてパビの顔面をぶん殴って気絶させた。
「まずはあの四人を探すぞ」
 吉郎は決意に満ちたいい目をしていた。ユキルは胸ポケットの中で吉郎の成長に驚き、頼もしい姿に感動した。

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