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短編小説「情動の月」②(全3話)

第2話

(第1話はこちら)


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君は死んだ。

君との友情は、
儚く残酷なものだったが、

今になって、
案外そうでもない気がしている。

君は、確かに生きていた。

僕たちは一度も話をすることも
なかったが、

友達だった。

確かに君は生きていたんだ。

君は最後の狼。

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夜中に目が覚めた。

用を足しなくなったが、
少し躊躇った。

というのは、
厠は母屋の外にあって、
薄暗い縁側を通らなければならない。

まして今は、
薄雪が庭石を覆う1月だ。

しばらくそのまま呆けていたが、
朝まで持ちそうにもないので、
厠へ行くことにする。

花びらの様に
ひらひらと舞う雪の中、

体を小さく畳み、
いそいそと厠へ向かう。

ぼんやりとした
月の光が、

厠までの道を
照らしてくれていた。

厠がうっすら姿を見せた頃、

ぞくりと肌が
何かの気配を知らせる。

月明かりに
青白く浮かぶ

いるはずのない君がそこにいた。

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その昔、

狼は人と共に暮らしたが、

今ではすっかり
その姿は見なくなった。

実際に僕は
君を、狼を初めて見た。

犬よりも、
ひとまわりは大きく、

どっしりとしている。

尻尾はだらりと垂れ、
愛想を見せる様子もない。

凶暴な牙を隠しているであろう
口元は長く、紳士的に噤んでいる。

そして、

冷たく鋭い
どこか寂しげな眼をしている。

狼はもういなくなった、
はずだった。

だが、あの日、山で
僕は君と初めて出会った。

お互いの領域を確認する様に、
その場を動くこともなく、

ただ視線と視線を交わした。

その時間は、
周りの物全てが静止した様に
静かな時間だった。

あれから
僕は君のことを考えた。

家族はいるだろうか

兄弟はいるだろうか

友達はいるだろうか

もしかすると
君はひとりぼっち
なのかもしれない。

狼はすっかり
いなくなったんだから。

君は言葉を持たない。

それでも感じていることは
あるのではないだろうか。

凛とした雰囲気の影に
寂しさが見えるのは
気のせいだろうか。

僕は父さんから
阿呆だと言われているから、

友達がいない。

だから、
父さんの仕事の手伝いを
しているけど、

それも、
阿呆な息子を
やるところがないからだと
言っていた。

僕はひとりぼっちだった。

生きる意味を持っていなかった。

しかし、
君は堂々と生きている。

名前も持たない君は、

ひとりぼっちで
生きる意味もないはずの君は、

僕の憧れになった。

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君は死んだ。

いるはずのない君が、
琥珀の月に照らされて、

ぼんやりと青白くそこにいた。

友情の証を
見せてくれている様に、

君はそこにただいた。

しかし、
君は最後の狼。

最後の君は、
生きる情動をその眼に灯した。

その姿を僕は忘れない。

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この短編は
僕にとって、
初めての創作となる

「情動の月」短編第2話です。

次回は最終話。

生きるということ、

本当に大切なことは
何だろうか、

ということを
テーマに、

僕自身の人生観を
照らし合わせ、
書いたものです。

狼(ニホンオオカミ)は100年以上前に、
奈良の吉野で捕獲されたのを最後に
絶滅されたとなっています。

結末は決められない、
だけど生きていたことが美しい。

正直、
やりたいことをやる、
というのは怖い。

それでも
今やりたいことに
挑戦したい。

結末は決められない、
だけど今を生きるんだ、

書くということ。


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