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なんのはなしですか。【長編小説】14

 そこは路地裏の先にある小さな池のほとり。例の女性が特殊な奇声を上げながら池の前をゆらゆらしている。
 やはり路地裏によく出没するのか。それとも路地裏に住んでいるのか?それにしても路地裏での遭遇頻度が高すぎる。色々と考えている間も依然、女性は変な声を出し続けている。

 榎本が恐る恐る近寄ると、女性は気配を感じたのか榎本の方を振り向いた。
 榎本が「あ、どうも…」と声をかけ頭を下げる。

「あら、ホーミーって人には効果があるんですね」女性はそういうと可笑おかしげに笑った。

 ホーミー?何だそれは?人に効果がある?どういうことだ。この女性はいったい何を言っているんだ。
「…なんの、話ですか」榎本が訊く。

「ほら、やっぱり」女性は嬉しそうに続けた。「私のホーミーは動物にあまり効果がないみたいだったの。それで鯉とか亀ならどうかなと思って、そしたらあなたが」ふふふ、と女性は笑った。
「他の生き物ではなく人間に効果があるものなんですか?」
「さぁ、それはどうかしら。私が路地裏のプリンセスだから、その魅力であなたを引き寄せたという可能性もあるわね」

 ここのプリンセス?路地裏に城などない。なによりこの国でプリンセスとはどういうことなんだ。榎本は女性の話に全く付いて行けずにいた。現状を把握しようにも情報が錯綜しすぎている。

 すると、そこに一人の男性が近づいてきた。見覚えのある容姿…それは昼間、道端で猫に話しかけていたpersi(中毒者オヤジ)だった。

「榎本さんじゃないですか。先ほどこの辺りで何やら興味深い音がしていませんでしたか?」persiは大きく辺りを見渡した。
 まさか、厄介な中毒者がもう一人増えるとは…これからこの二人を相手するのか、榎本はげんなりした。

「えぇ、まぁ」榎本が適当に答える。
「お知り合いなんですか?」女性が榎本とpersiを交互に見た。
 榎本はpersiと昼間に出会っていたことを伝えた。それから3人はお互いに名前を開示しあった。女性の名前は『ミルコ』というらしい。

「あなたもこの声に釣られて来られたんですね」ミルコがpersiへ訊く。
「はい。つい気になってしまって。あの音はミルコさんが出していたんですか?」
「えぇ、まぁ。でも、大したことではないですよ。皆さん練習すればできるようになりますから」
 persiは驚きながらも、なぜかとても感心している。
「なぜそのような声を出していたんですか」persiは興味津々だ。
「この発声はホーミーと言いまして、説明すると長くなるので詳しいことについては清水さんに確認してください」
 その言葉を聞いた途端、persiは息を呑んだ。

「あれはミルコさんの事だったんですね」persiがミルコを見つめる。
 ミルコは「え?」と首を傾げた。

「なんの話ですか」ミルコはpersiへ訊いた。
「まさに、それです。『清水さんに確認してください』と先日、夢の中でたった一言お告げがありまして、なんの話ですかとなっていたんですが、今、分かりました。あれはそういう事だったんですね」
「そうだったんですか。お告げの答え、見つかってよかったですね。これも全てホーミーのおかげかもしれません」ミルコは微笑んだ。

 どうやら二人は何の話か分からない話で分かり合っている。これが中毒者同士の共鳴か。榎本は呆気に取られた。
 その日、共鳴しあった二人は清水ミ〇コさんの動画を共有しあった。ついでに、榎本も共有してもらった。
 動画を見ながら2人は何やら盛り上がっている。話についていけない榎本は動画は後で見ることにして、ただ意味不明に盛り上がる2人を眺めていた。

「また路地裏でお会いした際は楽しくお話ししましょう」ミルコは満足したような笑顔で去っていった。
 persiも「それでは、また」と、昼間と変わらず軽やかに走っていく。

 なんだかもう世も末かもしれない。そんな思いが脳裏をかすめる。榎本は二人を見送ると本部へ向けて歩き出した。




次へ続く





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