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なんのはなしですか。【長編小説】24

 それはまさに理生がイイ感じに酔ってきた頃だった。

「榎本さんは路地裏のプリンセスのことをご存知ですか?」
 唐突の質問だった。
 榎本は思い出した。ホーミーを放つ奇怪な自称プリンセス、ミルコ。やはり、奴らと同じ臭いがしたのは間違いではなかったか。

「あーたしかそんな人が…」
「やはり路地裏では有名ですよね」と理生は食いつくように目を輝かせた。
 この目は、あの難解な話の時の目だ。榎本は瞬時に察した。

「あ、有名なんですね…いや、私は少し関わる機会があっただけでして…」
「ミルコさんとどんなお話をされたんですか?」
 理生は目を輝かせ、身を乗り出して食い気味に質問した。
「あ、えーっと、何やら変な声を出していて…」
「あぁ!ホーミーですね!」
 なぜ知っているんだ。あの奇怪な発声はそんなに有名なのか。

「理生さんはミルコさんのことをよくご存知なんですね」
 この時、榎本は墓穴を掘った。そして暫くは理生から逃げられないと悟った。
「そりゃあ、もう、僕はミルコさんの全てを追っているところですから」と自信満々に理生が答える。
 どういうことだ。全てを追っている?ファンか?それともストーカーか?
「そうなんですね」榎本が無難に答える。
「ミルコさんは素晴らしいお方です。プロフェッショナルなんです。そして何より人知を超えて恐ろしい」理生の目は爛々としている。
 榎本は理生を見て、まさに狂っていると感じた。

「榎本さんも刹那的に生きたいと思ったことはありませんか」
 いや、ない。と、即答したかったが、「あぁ、はぁ、まぁ…」と濁す。
「僕はミルコさんの全てを追うことで何か僕にも悟りが見えてくるのかもしれないと感じました。そして今もそう信じています」
 強く力の籠った眼差し。なるほど、ミルコ信者か。まさか、ミルコは何かの教祖なのか?それとも、その後ろにさらに大きな組織でもあるのか…?そして布教により難民が増えていると…榎本に一つの新たな疑念が生じた。

「ミルコさんは宗教の布教か何かされているんですか」
 理生はやや怪訝そうな顔付きで榎本を見た。

「なんの話しですか」そうして、少し考えた後に理生が続ける。「あ、榎本さんもしかしてミルコさんに興味があるんですね!」
「まぁ、そうですね、どんな方なのかなと…」
「それでしたらぜひ、こちらの検定を」
 そういうと理生は一枚の紙を差し出した。

ゆらゆらミルコまほろばソムリエ検定
 そこには全10問のミルコに関する問題が書かれていた。
 榎本は理生の圧に負けて検定を受けた。
 結果は惨敗。10問中1問正解という結果に終わった。
 むしろ、1問目の『奈良』が当たったことが奇跡に近かった。ここまでの宗教という流れから選択したのが功を奏した。

「榎本さん、まだまだですね…まぁ、これからですよ、頑張ってください」
 いったい何を頑張れというのか。
「それにしても、問題作るほどとは理生さんも恐ろしいですね」榎本が思わず口に出す。
 理生は今までの輝いていた目と打って変わって、後悔と反省の色を滲ませた遠い目をした。

「えぇ、私も思いました。なぜこんなことを始めてしまったのかと。私はどうかしていました。あの時やめていれば良かったんです。でも思い立ったが吉日とばかりに始めてしまった。もう、逃れられないんです」
 洗脳とはなんと恐ろしい事か。榎本はなぜか理生へ同情しそうになった。こんなおかしな事をやめれられない彼を救わなければ、榎本はそう思った。
「理生さんも辛いんですね」
「いえ、全ては自分のせいなんです」
「まぁ、呑みましょう」
 榎本は理生のグラスへビールを注いだ。

 2人が解散した頃には、もう深夜0時を回っていた。榎本はフラフラになりながら帰路へ着いた。




次へ続く





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