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なんのはなしですか。【長編小説】34《最終回》

 翌日、朝早くから2人は本部へと集まった。
 奴が『なんのはなしです課』通信を発行するのは朝7~8時前後の時間帯だ。総勢約70人以上の難民を紹介している2万字を超える記事。
 先週まとめあげた分の記事を月曜朝一で無事投稿し終えたとなれば、少し安心して今日は油断しているはずだ。夕方、魑魅魍魎の開店と同時に奴を仕留める。

 まずは、その前に通信記事の確認が優先だ。2人はコニシ木の子のnoteオンラインを見張った。
 朝7時半になり榎本の元へ通知が届く。来た、『なんのはなしです課』通信だ。榎本が通信の内容を確認する。
「相変わらずの膨大な内容だな。人数も簡単には数え切れない」
 内容はいつもと特段変わったところはなく、難民達を『おかしな人達』や『面白い』が『なんのはなし』をしているか分からないと紹介している。しかし、よく見比べてみると、各難民に応じたコメントに加え『最高』や『素晴らしい』『ありがたい』など相手の気持ちを支えるような言葉も添えられていた。
「やはり、吉穂達が言っていた通りなのかもしれないな」
 榎本は通信の記事を見ながら言った。
「コニシキノコイズムですか」宮下が呟いた。
 榎本は煙草を吹かしながら「あぁ」と答えた。

 夕方になり2人は魑魅魍魎の開店時間に合わせて店を訪れた。
「榎本さんじゃないですか。どうしたんですか、こんな早くから」コニシは軽く笑った。
「お久しぶりです。ちょっと時間が空いたもので」榎本が答える。
 2人は席に着くと、串を数本とビールを注文した。
「そういえば、今日の通信、見ましたよ」
 注文した料理を差し出すコニシに榎本が言う。
「そうなんですね。まさかあんなに長い記事を見てくれていた人がいるとは、ありがとうございます」コニシが答える。
 榎本は続けて話した。
「吉穂さん達から聞きました。コニシさんのこと。『なんのはなしですか』すごい盛り上りですね」
「そうなんですね。いえ、あれはただ、タグが独り歩きしているだけなんです。私はそれにコメントして、通信で紹介しているだけで…」コニシが串を焼きながら答える。
 榎本はビールを呑むとグラスを置いて言った。
「コニシさん、これは、あなたが図ったことなんですよね」
 コニシは少し驚いた様子で榎本を見た。

なんの話しですか

 榎本はまたそれか、と思った。
「誤魔化すのはもうやめです。今日はじっくりと、真実を聞き出すまでは帰りませんから」
 榎本が真っ直ぐな目でコニシを見る。
 コニシは諦めて観念したように話し始めた。

「3年も前の話です。『なんのはなしですか』このタグ言葉がnoteの街にないことを知りました」
 どうやらコニシの話によると、このタグ言葉は日々の出来事や創作、言えない悩みなど、どのジャンルでも使えて、感情表現もでき、真偽を言及しなくてもいい『魔法の言葉』であるとの事だった。
「そんなタグ言葉を流行らせる事ができれば、どこか『おかしな人』が集まり面白いものを読めるのではと思いました。そしてバトンが周りへ繋がっていき、楽しくワクワクした場所になれば、みんなこの街に踏みとどまってくれる。街が面白くなる・1つのエンタメになるかもしれないと考えました」
 そんな事を考えていたのか。さすが『にほんごであそぼ』でお馴染み元NHKnote発展課のKONISHIKIと関わっていた男だ。榎本は軽く拳を握った。
「でも、よく2年以上も1人で使い続けましたね」宮下が訊く。
「期待してたんです、自分の才能に。若い頃、3年もの間『にほんごであそぼ』のKONISHIKIと共に過ごしていたので、そこで培われたと思っていました。自分なら流行らせられると。でも現実は違いました」
 コニシは乾いた笑いを見せ、話を続けた。
「誰にも相手にされませんでした。求められていなかった。たぶん生まれてくる時代を間違えたんです」コニシは目をつぶって言った。
 その後もコニシは自分の暗黒時代の出来事や、黒く澱んだ感情が自分の中に渦巻いていたことを明かした。それでも『魔法の言葉』を信じ書き続けたが、とうとう昨今まで流行る日は訪れなかったと。

「じゃあ、どうして最近になって…」榎本が訊いた。
「あるお客さんに出会いました。その人はただこの街を面白くしたいという一心で見返りを求めず、沢山の面白い住人を一生懸命、周りに紹介してました」
「そのお客さんとは…」宮下が訊く。
「すみません、個人情報でして」コニシは申し訳なさそうに笑った。
「大丈夫です。それが何かキッカケになったんですか?」宮下が続きを訊いた。
「えぇ、私はぶん殴られた気分でした。面白くしようともせず、ただ虎視眈々としているだけの自分に嫌気がさしました。それは自分が1番なりたくなかった姿でした。それから全力で取り組もうと思ったんです」
「それでコニシさんはいったい何をしたんですか」
「私はまず皆さんがタグを使った記事をマガジンに追加し始めました。その時に別のお客さんから言われたんです。『あなたの本気を感じました』って。ちゃんと動けば反応してくれる、改めて気付かされました。女性のことが好きな私としては、そこも含め恩返しは必須でした」
 これが女性好きで有名なハードボイルドコニシか。(#知らんけど)
 ハードボイルドコニシは話を続けた。
「今年の3月になり複数の方がタグを同時に使ってくれました。絶対にこのチャンスを逃がすまいと誓い、もう一度書きたくなるように願いつつ、そうは見えないように記事にまとめました」
 何が、そうは見えないように、だ。一通目から泣いて喜んでたじゃないか。榎本はグッと堪えた。
「なるほど、そうだったんですね」
「この時、私は『なんのはなしですか』は1つのジャンルになる。記事の助けになると伝えました。そして、努めて冷静に、私情は挟まず、強制することもなく全て受け入れろ。相手に徹底的になれ。と決めました」
 コニシ曰く、この時点では、流行るかどうかは賭けだったという。
 それからコニシは通信を重ねる度に試行錯誤した。なんの話しか分からない紹介文を書き、全てがエンタメだと記した。そして必ずコメントして拾う事で、どんな内容でも許される安心感を与えた。この努力もあり、『なんのはなしですか』を面白がる難民が増えていったという。
「それでここまで増えたわけですね」
「そうですね。自分より面白い人が沢山いて悔しい気持ちもありましたけどね」コニシは笑った。

「どうして今も続けているんですか。もう充分なのでは」榎本が訊く。
「えぇ、たしかに。でも『引いた方が良いと思う時ほど突き抜けるべき』というお客さんの言葉に、それ以上の熱で返すと決めたんです」
 どこまでも熱い男だ。榎本達はそんなコニシに感心した。
 この熱に感化されたのか、様々なジャンルや感情表現豊かな記事が増え、『なんのはなしですかそのものを楽しむ』難民が急増し、迷路のように混沌とした場所となっていった。
「それがこの路地裏というわけですね」宮下が訊いた。
「えぇ。その混沌こそ、noteの街の路地裏文化だと思いました。そして私自身、タグ言葉が流行っていると感じることが増えました」
「なるほど、文化、ですか…」
 たしかに文化だと言えるほど、ここにいる難民達は楽しそうに狂っている。奴らは魔法の言葉に秘められた力に動かされたのか。
 コニシは続けた。
「『投稿ボタン』を押して、路地裏へと足を踏み入れることが、どれだけ勇気がいることか私は知っています。相手にされない怖さも知っています。恐れずに、誰かと比べず素直にさらけ出せる場所や、くだらない事を言える場所があっても良いと思うんです」
「たしかにそうですね。皆が安心して楽しく暮らせる街にするためには、そういう場所も必要かもしれません」

 つまり、難民達は魔法の言葉に救われ、路地裏を安寧の地や居場所としているわけか。奴らにとっての難民キャンプ。だから、繰り返し使い続ける。逃げるは恥だが役に立つ。そうやって奴らはこの魔法の言葉を使っているのか。
「まぁ、詰まるところ、私はくだらないことが好きなんですよ。今しか出来ないことをやってるんです」コニシは口を開けて笑った。
「今しか出来ないことか」榎本は穏やかな表情を浮かべた。
「私は路地裏の皆さんと一緒に、誰もが書ける『書く裾野を拡げたこと』ができたと今では思っています。これが私から話せる全て、ですかね」コニシはスッキリとした表情で微笑んだ。
皆と一緒にか。だから大将と呼ばれていたのか。榎本は寿司柄スカートネキのティコや蒔倉の真意を知った。
 誰かを傷つけたり、貶めたりしないがぎりnoteの街では自由だ。そして、どんな話でも受け入れてもらえる場所。それがnoteの街の路地裏だ。安心して話したい事を話せばいい。書きたいことを書けばいい。描きたいものを描けばいい。
 不安な時は魔法の言葉を使えばいい。お遊びでも、誤魔化しでも、逃げ道でも、どんな時でも全ての人に寄り添う魔法の言葉。それが『#なんのはなしですか』か。これからも、時には悠々自適にこの街で暮らしていけるように。

「本当のことを話して頂き、ありがとうございます」榎本は机に手を付き頭を下げた。
「よかったです。やはり洗脳や薬物という危険なものではないということですね」宮下は胸を撫で下ろした。
 その言葉にコニシはきょとんと拍子抜けした表情で言った。
「なんの話ですか」
 榎本は「ほんと、そうですよね」と少し吹き出すように笑って言った。
「なんの話しですかね。ほんと、今まで僕ら、なんの話をしてきたんですかね」
 宮下も、いったい今までコソコソと何を一生懸命やっていたのだろうとおかしくなって笑った。
 もう、#どうでもいいか。
 2人は一通り笑うと、榎本が涙を拭きながらコニシへ訊いた。
「それでコニシさんは、こらからはどうされるおつもりなんですか?」
「そうですね、この街をもっと面白く出来る方法をこれからも探していきたいと思っています」
「なるほど、そうですか。では、影ながら応援しています」
 榎本はそう言うとコニシの分も酒を注いだ。
 コニシ達はその日、思う存分くだらない話をして笑い合いながら楽しく酒を酌み交わした。

「なんのはなしですか」



~完~


【エンディングテーマ】

KONISHIKI 『No Rain No Rainbow🌈』

コニシさんの記事より引用しています。

締めくくりの歌詞は
「楽しむことをあきらめない」

連載コラム「木ノ子のこの子」vol.9
著コニシ 木ノ子(気持ちはハワイアン)より



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