ビル・エヴァンスの厳しさとは何か?
ビル・エヴァンスはジャズミュージシャンの中でも知名度が高く、幅広く支持されている印象がある。
ジャズの歴史的な貢献から言っても凄いジャズピアニストであることは周知のことであると思う。
一方で、有名なアルバム『ポートレート・イン・ジャズ』での写真にあるように、眼鏡をかけ、髪をぴっちりとセットしてスーツを着ているといった印象が強く、見た目はどこかインテリのビジネスマンのような感じだ。
『マイ・フーリッシュ・ハート』や『ワルツ・フォー・デビー』のような美しい曲を演奏するジャズピアニスト…そんなイメージが強い。
しかし、私にとってビル・エヴァンスは、最も厳しいジャズメンの一人に思えるのだ。
エヴァンスは単に美しいピアノを弾くジャズピアニストという視点から…いや、それだけではない…ちょっと違うぞと私が思い始めたのは、学生時代、札幌の『ジャマイカ』というジャズ喫茶でエヴァンスを聴いた時だった。
良い音楽環境でじっくりとエヴァンスの演奏を聴いていると、より上を目指す彼の強い意志のようなものが、その演奏から感じとられたのだ。
美しさとともに強靭な彼の意志が感じとれたのである。
そして、大人しく静かだと思っていたエヴァンスの演奏は、彼の後期の演奏を聴いていくと覆される。
ハーモニーの美しさはそのままで、より彼の意志や感情を全面に出すようなダイナミックな演奏になっている。
彼の死の直前、ラストトリオの演奏は特に凄いとしか言いようがない。
そんなエヴァンスの演奏を聴くたびに、だらけていたり、モヤモヤする気持ちが正される気がする…背筋が伸びるような感じがするのだ。
気品溢れる美人画を描いた女流画家、上村松園の名言にこのような言葉がある。
『その絵を見ていると邪念の起こらない、またよこしまな心をもっている人でも、その絵に感化されて邪念が清められる、、、といった絵こそ私の願うところのものである。芸術を以て人を済度する(苦しみや困難から救うこと)。これくらいの自負を画家はもつべきである。』
エヴァンスの演奏には、そのような力がある。
私は幾度となくエヴァンスの演奏によって清められたことか…。
ビル・エヴァンスのドキュメンタリー映画『タイム・リメンバード』を観ると、彼は決して清らかな生活をしていたわけではないことがわかる。
ドラッグ、身近な人たちの死、女性問題など彼には闇の部分も多い。
だが、彼の本当の姿、本質は同ドキュメンタリー映画の中でベーシストのチャックイスラエルズが言っていたように、彼の音楽の中にあるのだと思う。
その音楽に、美の実現と自己の全てを注ぎ込んだ姿勢こそが、エヴァンスの演奏の厳しさとして現れているように思えてならない…。
9月15日はビル・エヴァンスの命日である。
今一度、彼のアルバムをじっくり聴いてみようと思う。