「データサイエンティスト」っていう職業、なくなるってマジ?
2019年あたりからだろうか、こんな言葉を聞くようになった。
データサイエンティストという職に限らず、AIブームが立ち去ってしまうとも聞く。
果たしてそうなんだろうか?
今後の自分のキャリア、そしてこれから目指そうとしている人たちにとっても重要な問題になってくるので、意識の低いしがないデータサイエンティスト(笑)である私がこの問題に対しての考えを述べている。
(たかが、27歳小娘の戯言なので聞きたくない人はスルーで構いません。)
そもそも「データサイエンティスト」ってなんだよ!
とりあえず、ここから話そうと思う。
データサイエンティストとは以下のようなスキルを持ち合わせた人のことである。
ビジネス力: 課題背景を理解した上で、ビジネス課題を整理し、解決する力
データサイエンス: 情報処理、人工知能、統計学などの情報科学系の知恵を理解し、使う力
データエンジニアリング: データサイエンスを意味のある形に使えるようにし、実装、運用できるようにする力
出典
ただ、日本でデータサイエンティストと言っている人の中でも、これらの力を全て持ち合わせて活躍している人など多分ほとんどいない。(100人もいるのか?ってレベル。もちろん自分も全部はない。)
全て持ち合わせてる人がいたらそれこそ全知全能の神と称えたいレベルである。そもそも、そんな人はもう自分の名前で売れているだろうし、データサイエンティストとかAIブームがどうなろうとも生き残れる人だと思う。
で、「データサイエンティスト」ってなくなるの?
今回の本題である。
結論から言うと
「データサイエンティストという職業自体は無くならないと思うが、所謂なんちゃってデータサイエンティストが淘汰される」
または
「データサイエンティストが分業化されて、それぞれの専門家になっていく」
と思っている。
一応、データサイエンティスト協会でデータサイエンティストのスキル定義などはなされているが、全てを身につけるにはあまりに長い時間を費やさなきゃいけないし、そんだったら目の前の課題解決の方が先になるだろう。
前者は先ほども申した全知全能の神がそれにあたり、ほとんどのデータサイエンティストが淘汰されてしまうことになる。
となると、後者である。今のAI業界はデータサイエンティストと名乗りつつも(そう名乗っておけばかっこいいし)、実務は分業化されていることがほとんどであるだろう。
ビジネスに強い所謂コンサル的な人、データ解釈に強い人、前処理強い人、必要に応じたデータを引き抜くのに強い人、実装力が高い人、こんな感じだろうか。
上記のいずれもなさそうな人は、早急に自分の得意を見つけ、生き残るために頑張る必要がある。
じゃあ私たちデータサイエンティストはどう生き残ればいいんや?
これはデータサイエンティストに限った話ではないが、データサイエンティストとしてキャリアを築いていくには以下が必要になってくるだろう。
・その組織の中でオンリーワンの役目を果たすことができ、貢献できるか
・古の技術に囚われず、ビジネス課題解決というのを大前提に新しい技術やツールの情報を吸収する
・システムやAI、機械などに代替されない人間にしかできない強みを持っておく(データ解釈などのビジネス力の部分)
一つ目は自己ブランド化にもなってくる話である。自分がその組織でオンリーワンな役目を果たせるなら当然ながら「◯◯さんに仕事を頼んでよかった」ということになる。そして信頼に繋がる。これはデータサイエンティストに限った話ではないと思う。
二つ目はデータサイエンティストというよりは日進月歩のAI業界でどれだけ新しい情報に敏感になれるかが大事だと思う。私も病気と失職で現場を数ヶ月離れていたが、それだけでもサービス名が変わるだの新しいサービスができただの色々あって、浦島太郎状態になっていた。
もちろん、プログラミングなどできるに越したことないし、統計学だってできなきゃ顧客への説得力がでない。
その上でだが、最近ではコーディングできなくてもAI作れまっせ!っていう、いわゆる「ノンプログラミング」というものもできてきている。GUI上で完結できてしまうという優れものである。
出典
今はまだエンジニア力ゴリゴリの人にコーディングしたものに精度は劣るだろうが、5年後とかにはそれを上回るものができてしまう可能性だって十分ある。
そしたら工数削減のためにも是非使ってみたいものである。
三つ目も、データサイエンティストに限ったことではないが、人間にしかできないことを強みとして持っておく必要がある。二つ目に話したように、実装の部分が簡略化される技術が発展してきた場合、ゴリゴリにコーディングしていた技術者は淘汰されることになってしまう。そうならないためにも、人間にしかできないことをできる力を身につける必要がある。
ただ、ここらへんは、個々人のセンスもあるし、どうしても自分の興味などによってはこの分野は嫌だなどあるかもしれない。
だけど、データサイエンティストとして付加価値を高めるなら多少嫌でも課題解決のために現場に寄り添うことが大事だし、それをできるのは人間しかいないのである。
「データサイエンティスト」が生き残るには、日本国民のAIリテラシーを高める必要がある
データサイエンティスト不要論が出てきたのも、データサイエンティストが力不足だったのもあるのかもしれないが、関係者がデータサイエンティストそのものへの理解が足りなかった可能性もあると言える。
そもそも国民の大半はAIってなんやねん!なんかこわい!けどすごい!ってなっている人が大半である。
ただ、その不安や変な期待を取り除いてあげるのもデータサイエンティストの役目の一つではないだろうか。
まず、データを取得する段階で多くの国民が怖がっているのも事実である。でも、データサイエンティストはデータがなければ何もできないのである。だからデータを取得して、どう利益をもたらすのかを知ってもらう必要がある。
続いて、一見ブラックボックスに見えるAI(というより機械学習)の仕組みを教え、変な期待を抱かせないこと、不安を取り除く必要がある。これも、AIはデータありきだから完璧ではないし、イレギュラーに対応しにくいから100%ではない、ということ、AIはこう言う仕組みで利益をもたらしてるんです、ということを知ってもらう必要がある。
日本国民にはみんなAIリテラシーを高めてもらい、AIは道標を示すものなんだ、くらいの認識になってくれれば嬉しいと思う。(その上で最終決断は自分で下す強さも持って欲しいが)
ビジネス課題解決だけならデータサイエンスが要らないこともある、そういう妥協も時には必要である
私はかれこれDX分野には学生時代から数えると7年くらい触れていることになるが、ビジネス課題を解決するだけならデータサイエンスすら必要がない、ということも念頭に入れる必要がある。
データサイエンティストだから必ずデータサイエンスしなきゃAI使わなきゃ、と言う必要はない。
EDA(探索的データ分析)だけでも十分経営指針を示せることだって多々あるのだ。
というか、特に流れの早い業界だとそもそも機械学習はビジネス課題解決と相性が悪く、EDAでデータ可視化して解釈し課題解決に向けて実行する、くらいの方がくるくるPDCAが回って良い結果をもたらすこともある。
だから可視化ツールであるBIツールが現場で導入されることが多いのである。
なので、コーディングやデータサイエンスに拘らずスピーディーな課題解決のためにはツールに頼る、という考えでも構わないのである。
その上で、コーディングやデータサイエンスも必要になった時に実装していけばいいと思う。
まとめ: 「データサイエンティスト」は泥臭く、とても現実的な仕事である、という認識のもと生き残ろう
強引にまとめに入ってしまったが、結構データサイエンティストって響きほどスマートじゃないし、ある意味現実を突きつけるし突きつけられる仕事である。
その認識の上で、なお、生き残りたいという人は一緒に頑張っていきましょう。
といっても私はゆるふわに、けどビジネス観点だけは忘れない、という認識でこれからも仕事していこうと思います。(じゃないと潰れちゃうので)
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