【短編小説】桜物語。
4月も中旬にさしかかるある日、公園で遊んでいたら、桜に声を掛けられた。
「もうそろそろ春が終わってしまうから、今年の僕が死ぬ前に、願いを叶えてくれないか?」
どうやら、桜は毎年、別人に生まれ変わるらしい。
来年生きられないならしょうがない、そう思って、協力することにした。
1つ目の願いは、「お店の中に入ってみたい」だった。
木である桜が、どうやったら動けるのか聞くと、花びらを1枚持っていくだけで良いとのこと。
なんだ、簡単じゃないか。
花びらを持って、親とスーパーに行った。
「有難う、これで願いが1つ叶ったよ」と、桜は言った。
2つ目の願いは、「日の出をみたい」だった。
早起きかーと思いながら、みんなが寝静まっている暗い時間に起き、桜の花びらを持って、屋根上に向かった。
桜は日の出を見て、「君とみられてよかった。有難う」と言った。
3つ目の願いは、「僕と1日一緒にいて欲しい」だった。
なんて寂しがり屋な桜なんだ、と思ったものの、枝に登って桜と1日を過ごした。
ふと下を見ると、地面は沢山の散った桜の花びらで満ちていた。
そしてそれらには、誰かに踏まれた後や、誰かにちぎれたような跡が刻まれていた。
「誰かと1日、一緒にいられて嬉しかったよ、有難う」と,桜はそう言った。
4つ目の願いは、「桜に関する絵本を読みたい」だった。
本に詳しくないから少し悩んだけど、桜に関する絵本なら「はなさかじいさんかな」と思った。
でも絵本なんて家にないから、親に頼んで買って貰わなければならない。
家に帰り、親に、「はなさかじいさんの絵本を買ってくれ」と頼んだ。
親は、「はいはい分かりましたよ」と言いながら奥の部屋に行き,何かを持ってきた。
ハウチュールだった。
「ちがうよ、はなさかじいさんの絵本が欲しいんだ」と、もう一度訴えた。
親は困ったように首を傾げ、再び奥の部屋から何かを取り出してきた。
ミルクだった。
「だから違うって…」
そう言いかけて、ふと気付いた。
そうだ僕は、猫だった。
公園に戻り、絵本を渡すことができないと、桜に伝えた。
「その気持ちだけで嬉しいよ」という言葉が降ってきた。
「じゃあ、最後のお願いだ。僕が、絵本を読みたがっていたことを、来年の僕に伝えてくれないか?」
その願いは、叶えられると答えた。
1週間もたたないうちに、桜はいなくなった。
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