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俺と2人の友達による、チケット争奪戦

『よっしゃー! 舞台挨拶のチケット当選したぞーー!』

 俺はあまりの嬉しさに叫んだ。叫んだと言っても、実際に大きな声を上げたわけでは無い。俺を含めた3人の野郎で編成されるグループLINEのトーク画面で叫んだ。2人は小学生からの友人で、かれこれ15年以上の付き合いになる。メッセージを送ってほんの数秒で、俺のメッセージの横に(既読2)の文字が浮かび上がる。あまりの速さに、思わず笑ってしまった。

『うおぉぉぉぉぉぉぉぉ!』先に雄たけびを上げたのは、黒原卓也。通称タクちゃんだ。

『やったーー!!!!!! 俺達の大勝利だ!!!!!!』タクちゃんに続いて、ビックリマークがふんだんに使用された喜びのメッセージを送ってきたのは、宮田光一。通称キンキだ。

 2人の反応が予想通りのものだったので、俺は声を出して笑った。

 さてと、そろそろ本題に入るか……。俺はついさっきまでの笑顔を消して、殺伐とした雰囲気を作り、トーク画面を睨み付ける。そうして、次のメッセージを送信する。

『今からお前ら2人は、俺の友達でもなんでもねぇ……。ただの敵だ』俺のメッセージから闘志を感じ取ったのだろう。2人からも挑発的なメッセージが届く。

『当ったり前だろクソ野郎。負けてピーピー泣いても知らねぇからなぁ! おい、黒原! てめぇもママの膝の上で泣く準備でもしておけよ』

 キン……じゃなくて、宮田の野郎ふざけたこと言いやがって。俺は怒りがこみ上げてくるのを感じた。 

『てめぇら23歳にもなって、ガキみたいに喚いてんじゃねぇぞ。一番に勝つのは、この俺だ。ガキは黙って、逆上がりの練習でもしておけば良いんだよ。青あざには十分に気を付けろよな! はっはっは!』

 挑発的なメッセージではあるものの、本来持つ優しさを覗かせる黒原。とりあえず俺は、こいつに対しても怒りをこみ上げておく。これで準備は完璧だ。

『決戦は明後日、日曜日の13時。場所は、キラキラ公園の招き猫像の前だ。おめーら逃げんじゃねぇぞ!』2人にメッセージを送ると、罵詈雑言が混ざった了解のメッセージが届いた。俺は2人とのやり取りを終えた後、スマートフォンを机の上に置いて、ベッドに体を倒した。

 今回なぜ、3人で決戦をすることになったのか。その経緯がこれだ。俺達は昔から同じ女優さんの大ファンだ。その女優さんがテレビ出演の時には、番組をしっかり録画し、後日3人の誰かの家で鑑賞会を開いている。映画が公開となれば、3人で一緒に見に行く。毎回舞台挨拶の申し込みをしているが、これまで一度たりとも当選したことはない。とにかく、それぐらい俺達はその女優さんに夢中なのだ。

 今回も3人で申し込みをし、その結果俺1人が当選した。こういったイベントは基本的に、1人が申し込みできる枚数は2枚と決まっており、現在手元にチケットは2枚ある。ということは、1人あぶれてしまうのだ。

 今回の決戦は、あぶれる1人を決めるために行う。普通に考えると、当たった本人は行く権利がある気もするが、俺達はそんなしょうもないことはしない。必ず決戦に参加し、勝ちあがった場合に行く権利を得られるのだ。これが申し込みを始めた時からの、俺達流のルールとなっている。

 俺はベッドから起き上がり、部屋の壁に飾っている女優さんのポスターの前に立った。そして、ポスターに両手を合わせて願った。

「決戦に勝てますように」

●●●

 決戦当日。

 俺達3人は、キラキラ公園の中央で睨み合っていた。西部劇で良く見るガンマン同士の決闘の様な静けさは、そこにはなかった。キラキラ公園は割と広い公園なので、日曜日には沢山のファミリーで賑わっている。

「良く逃げないで来たもんだな。家で寝ておけば、恥をかかずに済んだだろうに」俺は2人を挑発する。俺の言葉を聞いた宮田は、右頬を上げてフッと小さく笑い口を開いた。

「そんな安い挑発に乗るとでも思ってんのか? 馬鹿野郎が。どうでも良いけど早く始めようぜ」宮田は両肩を回し、軽いストレッチをした。

 黒原は言葉を交わそうとはせず、俺と宮田を交互に睨み付けた後「ぺっ!」と唾を吐き捨てる真似をしていた。悪い顔を作っているにも関わらず優しい性格が滲み出てしまっていた。

「よし、そろそろやるぞ。恨みっこは無しだぜ」そう言って俺は足を肩幅ほどに広げ、両手を前に出す。それに倣って2人も同じ態勢を取る。

「先に倒れた奴の負けだからな! せーの!」

「「「1、2、3……」」」今、決戦の火蓋が切って落とされた。3人同時に腰を落とし、上げ、また落とし、また上げてを繰り返す。そう、今日の決戦の内容はスクワットだ。一番最初に倒れたら、舞台挨拶に行く権利を獲得できないデスゲーム。

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 誰も脱落することなく決戦は続き、スクワットの数は120回まで到達していた。俺達3人は、ヒィヒィ言っており体力は限界を超えていた。気付けばギャラリーが集まっていて、多方面から声援が送られる。

 125回目に差し掛かったころ、勝負が動いた。黒原が凄まじい断末魔と共に崩れたのだ。その瞬間、黒原は敗北した。俺と宮田は125回目のスクワットを成功させて、歓喜の声を漏らしながらその場に倒れた。ギャラリーからは拍手が送られる。

 こうして決戦は終結した。

●●●

 決戦から6日後の土曜日。舞台挨拶当日。

 俺とキンキは舞台挨拶が行われる映画館前に来ていた。「ついにこの日が来たか!」俺は期待に胸を膨らませながら、映画館の高尚な佇まいを見上げた。キンキは緊張しているようで、胸に手を当て深呼吸をしている。

「でもやっぱ、タクちゃんも入れて3人で来たかったな」俺が言うと、キンキも少し寂しそうに、そうだなと呟いた。その時……。

「何をそんなに、つまらなさそうにしてんだよお前ら」背後から突然、聞き覚えのある声が聞こえた。俺とキンキが振り返ると、そこにはタクちゃんがいた。

「は? 何でタクちゃんがここにいんの?」キンキが驚きの表情を浮かべながら問う。すると、タクちゃんは胸ポケットに手を入れて、1枚の紙を取り出した。えっ、これって。

「実はさ、姉ちゃんの友達がチケット余ってたみたいで、それを譲ってくれたんだよ」

「「え、えーー!?」」俺とキンキが揃って声を上げると、タクちゃんは不敵に笑って、チケットの座席番号を指さした。そこにはB列15番の文字があった。それにまた、俺とキンキは驚く。

「タクちゃん! 前から2列目じゃん。ズルいわ」急展開からの急展開に、俺は頭がクラクラしてきた。キンキも同じ気持ちだったらしく、その辺の壁に身を預けていた。タクちゃんの表情は自慢げだ。

「そのチケットを賭けて、ここで決戦しかないよなぁ……」俺はタクちゃんの肩に手を置いて、そう提案した。俺の発言にキンキも同意したようでストレッチを始める。

「待て、やるわけねぇだろが! 絶対これは渡さねぇ!」タクちゃんは胸ポケットにチケットを隠して逃げていった。それを俺とキンキが追いかける。

「お前らなんか、絶交だ!!」映画館前の人が賑わう広場にタクちゃんの叫び声が響き渡る。そんな悲痛な叫び声とは裏腹に3人の顔には眩しい笑みがこぼれていた。

 

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