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『よくきたね』

くまのお母さんのあたたかな眼差しが印象的なこの絵本。
柔らかな色合いの表紙は、決して目を引くわけでもなく華美なものではありませんが、ここに描かれている愛情はとても深く、心を優しく包んでくれます。

「おいで おいで ここまで おいで」
おかあさんいぬが こいぬを よんでいます
「よくきたね いいこだね」
『よくきたね』福音館書店

優しさ溢れる文章の繰り返し。
単調で大きな展開もありませんが、「よくきたね」と語りかける声は、自然と優しくなります。

この絵本は、息子がまだ赤ちゃんの頃、とある絵本屋さんで出会いました。
絵本選びのいろはも全くわからずに、「目を引く絵本」や「仕掛けの面白い絵本」、「成長に繋がりそうな絵本」など、絵本を読むことによって目に見える反応を求めて選んでいた時期でもありました。

そんなわたしが書店や図書館でこの絵本に出会ったとて、恐らく手には取らなかったと思います。

でも、この絵本をお店の方に読んで頂き、抱っこ紐の中ですやすや眠る息子を抱きしめながら、思わず目頭が熱くなっている自分がそこにはいました。

はじめての子育て。右も左もわからないまま、社会から取り残されてしまったかの様な喪失感も抱えながらの息子と2人きりの日々。
何かに急かされるかの様に、無意識に息子に対して、子育てに対して、「正解」を求めていたのかもしれません。
これを読めば、何かができる様になる。反応がある。成果が見られる。
それが「絵本の読み聞かせ」だと思っていました。

でも、そんなわたしの固定概念は、この絵本によってガラガラと崩れ落ちてくれました。

絵本って、なんて愛情深いものなんだろう。
なんて優しいものなんだろう。
なんて穏やかで、幸せなものなんだろう。

「よくきたね いいこだね」と優しく包み込み、頭を撫で、抱きしめられる幸せ。
その一瞬があれば、それ以上のものは何もいらないじゃない。
絵本を読むことによって得られるものは、そんな幸せな時間に他ならない。
それが、何より大切なんだと、この絵本はわたしに教えてくれました。

息子は勿論、下の2人の娘達にも、この絵本は何度も何度も開きました。
大きくなった息子を、「いいこ いいこ」と抱きしめることは、もうほとんどなくなったけれど。
最後のページを開くと、いつでもあの頃の子ども達が蘇り、心の中でぎゅーっと思い出を抱きしめられます。

そして今でもあの頃と変わらない愛情を抱いていることを、改めて感じさせてくれます。

絵本を親子で開き楽しめる時間は、ほんの一瞬。
子ども達はあっという間に大きくなり、いつのまにか背中ばかりを追いかける日々になります。

よちよちと覚束ない足元で、両手を開いた胸に飛び込んで来てくれる時期と同じくらい、あっという間の日々。
よくきたね、と抱き締められる幸せを、心に刻みたい。

一冊一冊に思い出を閉じ込めながら、限りある時間を楽しんで欲しい。

わたしにとってこの絵本は、あの頃の精一杯の新米ママであったわたしも一緒に抱きしめてくれる様な、そんな宝物の1冊です。


『よくきたね』
松野正子 文/鎌田暢子 絵
福音館書店 2009/06

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