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江戸川乱歩『蟲』を現代版リメイク!(小説コミカライズ)

むせ返るような香気の中を、底知れぬどう沼へ、はてしも知らず沈んで行く気持ちだった。悪夢の恋であった。地獄の恋であった。それゆえに、この世のそれの幾層倍、強烈で、甘美で、物狂おしき恋であった。

『D坂の殺人事件』『人間椅子』『人でなしの恋』、少年探偵団に明智小五郎シリーズなどなど、いまなおファンの多い江戸川乱歩ですが、もしかするとこちらの作品は少しだけマイナーかもしれません。

蟲』は、雑誌『改造』の1929年9月10月に掲載された江戸川乱歩の中編です。ちなみに、同1929年3月には草間彌生さんがご誕生…て、草間さんって90歳オーバーなんですね。すごい。

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<原作のあらすじ>
主人公・柾木愛造はかつての幼馴染である木下芙蓉と再会する。美しく成長し舞台女優として活躍する彼女に魅了され、恋にのぼせる愛造。しかし彼女に気はなく、その必死な思いを嘲笑されてしまう。淡い恋心は抑えきれない憎しみへと変わり、彼女の後を付け回すように。そうしてついに、彼は芙蓉の首に手をかけるがー

乱歩作品の核となる思想はいくつかあるかと思いますが、中でも本作はお得意の”厭人”つまり人間嫌いと"偏愛"を存分に味わえる作品となっています。

1.名作を漫画に

すでに著作権が消失している(パブリックドメイン:PD)文芸作品をリメイクし、コミカライズしたいという企画を伺ったときに、最初に頭に浮かんだのがこの『蟲』でした。

無事完成して、先日めちゃコミックさんにて公開(3話まで無料)されたのですが、note内でも一話分まるごと公開しておりますので、そちらをご覧になってからですと、より本稿楽しんでいただけると思います。(もちろん読まなくても大丈夫!)

とにもかくにも、漫画家のムライさんが最高です。

<ムライ> 漫画家・イラストレーター。在学中に『月刊IKKI』(小学館)にて『アラーム』等の超短編漫画4本でデビュー。2013年にオンラインマガジン電脳マヴォに掲載したWEBスクロール漫画「鳥の眼」が第17回文化庁メディア芸術祭「審査員推薦作品」に選出。HP→http://kusamurai.web.fc2.com/ Twitter→https://twitter.com/kusamurai

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では、この作品をどのようにリメイク&コミカライズしていったか、ご紹介していきます。

2.Let's リメイク&コミカライズ!(我流)

①章割

前回の『大地の子』でもご紹介しましたが、原作ありきの場合には、まず最初にどのような話構成にするか考える必要があります。「蟲」の場合は全部で12章あり、いろいろ条件を考慮した上で、とりあえず全体を5話に分けました

②リメイク(キャラ編)

リメイクが決まった当初から、原作では”(二流の)舞台女優”であるヒロイン・芙蓉は”人気アイドル”に変更すると決めていたため、そこから逆算してキャラ設定しようと思いました。

ヒロイン:木下芙蓉 絵的に映えそう、という理由からアイドルに。原作にあるサロメの舞台を冒頭に持ってきたかったので、女優に転身したがっているという設定を追加しました。

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親友:池内光太郎 芙蓉を主人公に紹介する、学生時代からの親友。アイドルと仲良くなりそうという理由で、大手広告代理店の社員となりました。完全なる偏見です。

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■主人公:柾木愛造 乱歩の世界観が崩れてしまうこともあり、主人公のキャラ設定はあまり変えていません。人嫌いで思い込みが強い、ストーカータイプです。

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原作でたまに出てくるお手伝いさんは、登場させないことにしました。代わりにスマホが活躍します。なお、名前は三人とも原作ママです。

③リメイク(ストーリー編)

「蟲」をリメイクするにあたって、もっとも気をつけたのは芙蓉の在り方でした。原作ではかなり高慢ちきな悪女ですが、それはあくまで愛造目線の姿。

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近年、アイドルに関連した痛ましい事件が多数起こっていることもあり、本作はそういった社会問題とも向き合えるものにしたいと考えました。愛造だけでなく芙蓉視点もあったほうがストーリーのバランスが取りやすいこともあり、完全オリジナルの1話追加し全6話に変更しました。

また、これは "コミカライズあるある" ですが、小説で頻繁に用いられる独白をそのまま漫画にすると、どエライことになってしまいます。具体的に言うと、セリフやナレーションを含めてとにかく文字だらけになるのです。

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(※ちょっと違いますが、上記の手紙のシーンなんかは、漫画にしてはかなり文字が多め。どうするか最後まで迷ったのですが、後半につながる大事なシーンなので、他キャラとの会話を交えて画面の変化を出しつつ処理してもらいました。)

独白の回避方法はいくつかありますが、今回は作品のテイストに合わせて妄想の芙蓉を登場させて処理しました。その細かい描写も、ムライさんならでは!! 2話目以降に登場しますので、ぜひ注目してください。

③シナリオ

章割とリメイクの方向性が決まり、話構成が終わったらシナリオです。今回は1話15ページ前後を目指していたため、2~2.5エピソードだとちょうどよかった印象です(「2.5」とはエピソードの途中で切るイメージ)。原作を再度読み込んだ上で、

・盛り込みたいエピソードはなにか?
・どうアレンジするか?
・どこに盛り上がりを持ってくるか?

で骨子をつくり、シナリオに落としていきました。盛り込みたいエピソードについては、自分が読んだときに原作のどこを面白いと思ったか、を何度も確認しながら選び、アレンジしていった感じです。

④ネーム~完成

本作については、諸事情によりネームなどをお見せするのが難しく…代わりに1話の完成原稿を交えつつ「私的ムライさんの凄さ」を簡単に解説させてください。

◯コマはこび

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肉の焼かれた網→高級店っぽい外観→肉を運ぶ女性の口元→じっと見つめる目元。パーツパーツを繋げることで、「高級店で男女が焼肉を食べていて、男は女を意識しているらしい」ということが端的にわかります。通常、場面切り替えには頭に外観を持ってくることが多いのですが、寄りのコマの間に差し込むあたり、さすがセンスあるなあと思いました。

◯抜き

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漫画でよく見る簡単なつなぎのコマなんですが、意外にこういうコマを描けない方が多かったりします。背景や顔などできる限り要素を省略することで、画面全体にメリハリが出て見やすくなるわけです画面全体は前記事をご参照ください)。場合によって、作画の密度と自信のなさは紙一重にもなりかねないのですが、そういった意味でムライさんは度胸があるなと思いました。

◯描き込み

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先程のように簡略化されたコマがあるかと思えば、こちらのようにぎっちり描き込みされたコマがある。まさにメリハリですね。特にこのコマでいいなと思ったのは、主人公の座り姿です。暗い部屋で、あぐらをかいて背を丸め、机に向かう中学生。何気ないコマなんですが、前後のストーリーと相まって、その丸い背中から幼さゆえの純真さが伝わってきます

◯間合いと表情

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見てください!この愛造の表情2連発を!!不意打ちに目を見開き、その意味を知って目を伏せ頬を染める。絵柄としてはシンプルな印象のあるムライさんですが、こういった繊細な漫画演出が随所に散りばめられてて、個人的に身悶えます。

乱歩と聞くと、いわゆる美麗系の絵柄を想像される方もいらっしゃるかもしれませんが、個人的には乱歩作品の本質はそこではないと考えておりまして、今回ムライさんのように個性と実力を兼ね備えた方が描いてくださって本当に幸せでした。

4.小ネタ

下記もろもろ本作の小ネタです。

主人公の呼び名は、漢字とカタカナで表記分けしてあります。これにもちょっとだけ意味があります。

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・原作の舞台は浅草や築地、向島ですが、それは当時の文化が東京東部中心だったから。リメイク版では、渋谷や六本木など東京西部に移しました

ラスト周辺に渋谷のスクランブル交差点を出したかったので、愛造の家は松濤にしました。5話の後半に登場するのですが、ムライさんが想像を超える最高のシーンに仕上げてくれています。なお、愛造の自室はもちろん蔵です。

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・原作のラストでは、愛造は芙蓉のはらわたに顔を突っ込んで死んでいますが、リメイク版はまったく違う内容にしました。無料話の最後はちょっと怖い感じで終わっていますが、全体としてはある種の公平性と救いのあるストーリーになっています。

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5.まとめ

最後に忘れてはならない装丁デザイン

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担当してくださったのは宮下裕一さんHP:https://imagecabinet.jp/ Twitter:https://twitter.com/imgcab)です。いつも素晴らしいデザインをありがとうございます!

とにかく最後まで読んでもらって、初めて意味がわかる作品になっているので……ご興味のある方は、まずは下記にて無料話の続きをご覧ください。

※サイトだと有料部分が月額なのでハードル高いのですが…300円で登録すればコメントをつけるだけでポイントが入り、新作漫画にも使えます。アプリだとポイント購入で気軽にご覧いただける模様です!
App Store:https://apple.co/3762rIG
Google Play:https://bit.ly/3d5rVsc

おまけ

青空文庫にはまだ「蟲」は掲載されていないようです。残念。(21/3/25現在)。ということで、文庫をご紹介しておきます。こちらは作家の辻村深月さんが編者!なにそれ素敵。ネット書店はもちろん、たまにはお散歩がてらお近くの本屋さんで注文もおすすめです。

江戸川乱歩傑作選 蟲 (辻村深月編)
出版社 : 文藝春秋 (2016/11/10)
発売日 : 2016/11/10
ISBN-13 : 978-4167907334

あとYou Tubeの朗読版もありました。ゆっくり読み上げられているため、右下の[設定]ボタン→再生速度→1.5倍 でもいいかもしれません。


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