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  「トライアングル」その10

   連載ファンタジー  わたしはだれ?
   
      

   第二五章 光は闇を吸い天に放つ

 

ブルーフェアリーの花をきざんだ石に立つフレイの上に、ゆっくりと光が射し込んできた。

フレイは髪の毛を後ろに束ね、両耳を出した。

 光がフレイの体を包み込むと、フレイは自分と光が一つになっていくのを感じた。

あたたかく愛情に満ちた光だ。しかしそれは一瞬のことで、すぐにスゥーと氷のように冷たい風が吹きこんてきた。

フレイは感じた、あの風がくると。

 「風が来る。みんな柱につかまってっ!」

 一瞬にして光が闇に変わった。闇は憎悪と悲しみに満ちている。

 ぎゃあああー。闇の中から背筋が凍るような声が響いた。

『寒い寒い、だれかここから出して』『みんな死んでしまえばいいんだ。おれは誰も助けてやるものか』口汚くののしり、哀れみを乞い、嘆き悲しむ声が延々と続く。

 「いやっ、聞きたくないっ!」

 フレイは叫んだが、声にならなかった。

 底なしのように深い闇の下から、青白く冷たい手がフレイに向かって何本も伸びてきた。一本、また一本、青白い手が次々とフレイの足をつかんだ。

フレイはこれを振りほどこうとしたがけれど、そうすればするほど何本もの手は、ますます強くその足を強くにぎった。

青白い手は、フレイを下へ下へと引きずり込もうとしている。

 「もうやめてーっ!」

 恐怖がフレイの体をつらぬいた瞬間、フレイは深い闇の中に引きずり込まれていった。

 ばぁばたちは、天井から降り注ぐ光がフレイの体を包み込んでいくのをじっと見ていた。

虹色に輝くまぶしい光に中で、フレイ自身も光となり、見ている者も幸せな気持ちにさせた。

 突然「来るわ、みんな柱につかまってーっ!」と叫ぶフレイの声と、それに続いてぎゃああーとうなる声が聞こえた。

 「あいつが来る。飛ばされるぞ、柱につかまれ」

 アルドは叫び、ばあばとサラダッテの手をとり、柱をつかませた。

 ぎゃあああー、うなり声をあげた風が、フラリアの街に降り積もった砂を巻き上げながら近づいてくる。

風は風聴塔の三方から光に包まれたフレイに向かって突進し、大きな渦となって光をおおいかくしてしまった。

 振り落とされないように柱にしがみついていたばぁばは、砂といっしょに渦巻く風の中で、フレイの光がしだいに消えていくのが見えた。

 渦巻く風がしだいに黒くなっていく。

 「フレイ」

 ばぁばは叫んだ。けれども、もうどうすることもできなかった。

この時、どこにいたのか突然ミラクルが現れ、黒く渦巻く風の中に飛び込んだ。

 首まで闇の中に引きずり込まれ、しだいに意識が遠のいていくフレイの目に、きらきらと輝く二つの光がゆっくりと近づいてくるのが見えた。

 「フレイ」

 光がささやいた。

 (この声、どこかできいたことがある。ばあば?サラダッテ?)

 「フレイ」

 (だれ?私を呼ぶのはだれ?)

 「私だよ。ミラクルだよ」

 (ミラクル?どうしてミラクルがここにいるの?ああ、でももうそんなことはどうでもいい。ミラクル、私、眠りたいの)

 「フレイ、闇に引きずり込まれてはだめだ。喜びの声をきけ」

 (喜びの声?そんなもの、ここにはないわ。

ここにあるのは、悲しみ、恨み、憎しみの声だけですもの。

そうよ、どこにいってもこの声から逃げることはできないわ。

この声が世界を覆いつくすのよ。喜びなんて、もうどこにもないのよ)

 「ちがう。人は光と喜びの声に包まれて生きていくんだ。

ほら、聞いてごらん、あの声を」

 『この子の名前は、フレイよ。フレイ・サテルド。すてきな名前でしょ?フレイ、フレイ、わたしの赤ちゃん、わたしの宝物』

 (母さん?、これが母さんの声?)

 『♪一月 わたしは恥ずかしがり屋 雪の中から顔だすガランサス 二月・・・♪さあさ、もう泣くんじゃないよ。私は、おまえの笑った顔が一番好きなんだから』

 (ばぁば、ばぁば)

 『見ててごらん、大きくなったらこの子はすばらしいブルーフェアリーの世話人になる』

 (この声はだれ?)

 「わたしだ」

 (ミラクル?)

 「わたしは、フォラードだよ」

 (フォラード?アルドが話してくれたあの長フォラードなの?どうしてここにいるの?)

 「闇の力がフラリアをおおいつくそうとした時、私の魂は体を離れ、こなごなに砕けて空に飛び散った。

細かいチリとなった私は、雨粒といっしょにこの世界に落ちてきた。

雨はネコの体に降り注ぎ、私はネコに形を変えて、再びこの世にもどってきたんだ。そして待った、火階の声をきく者が育つのを。

フレイ、闇に力を与えるものは何かおまえにはわかるだろ?」

 (悲しみ、苦しみ、妬み、恨み)

 「フラリアの民は、みな、これに囚われた。

怒りと闇の世界、笑いと光の世界。今、おまえはどちらを選ぶ?」

 フレイの体は闇に沈み、全ての感覚がなくなりはじめていた。

フォラードの声が、遠くできこえる。

失いかけていく意識の中で、フレイは、笑いってどんなものなの?と必死になって考えていた。

 『あははは、ダフネ見てごらん。またカンタンがおかしな顔をしているよ』

 『アルド、お願いがあるの。もし私が怒りの風につかまったら、この子をこの手から引き離して逃がしてやってちょうだい。

わたしの大事なフレイ、あなたは笑いの中で生きるのよ』

 (ばぁば、お母さん・・・)

 あたたかな涙がフレイの頬に流れた。

その涙が闇の中に染み込んでいくと、フレイを取り囲んでいた闇が少しつ熔けはじめていった。

 「フレイ、フレイ」

 (ばぁばが呼ぶ声が聞える)

 「フレイ」

 (母さんの呼ぶ声が聞える。母さんの声が光を連れてきてくれる。

あたたかい・・・)

 金色の光が、フレイを包み込んだ。

  黒く渦巻く闇の中にミラクルが飛び込んだあとも、ばぁばは、ただこの渦巻く風を見ていることしかできなかった。

フレイを包み込んでいた光が徐々に弱まり、ついに闇のようにまっ黒な渦巻く風だけが残ったとき、ばぁばは声を限りに叫んだ。

 「フレイ、フレイ」

 フレイ、帰ってきておくれ、ばぁば頬を流れる涙をぬぐいもせず、黒い風の渦を見ていた。

 どれくらい時間がたったのだろう?もう流す涙もかれてしまった。

光はどこにもない。黒く渦巻く風を見ていたばぁばは決意した。

 「あんなところで、あの子をひとりにさせないよ」

  ばぁばが柱をつかんでいた手を離して、フレイをのみこんだ黒い風の中に飛び込もうとしたそのとき、その風の中に小さな光が現れた。

 「フレイ」

 ばぁばが、もう一度叫ぶ。

 光は黒く渦巻く風の中から輝き始め、やがて竜巻のような大きな渦となっていった。

光が塔の中に満ちていく。

床も、柱も、全てが光に満ちたとき、光の渦は天を目指すかのように舞い上がっていった。

 この光景をことばもなく見ていたばぁばが、はっと我に返った。

 「フレイは?」

 石の上にフレイが倒れている。

 「フレイ!」

 ばぁばが駆け寄ると、フレイの服は細かい砂でずたずたに切りきざまれ、体中にできた傷から幾筋もの血が流れおちていた。

「フレイ、しっかりおし、フレイ!」  

  

                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                

   第二六章 ブルーフェアリー

 フレイが目を覚ましたのは、それから二日後のことだった。

 「フレイ、気がついたかい?」

 目の前に、心配そうにのぞきこんでいるばぁばの顔があった。

 「ばぁば、私ね、暗闇の中でばぁばとお母さんが呼ぶ声が聞こえたの。ばぁばたちが私をここにもどしてくれたのよ」

 「おまえがもどってきてくれて、わたしはうれしいよ」

 ばぁばは震える声でいった。

 「サラダッテは?トンデンじいさんは?みんなはどこにいるの?」

 「ブルーファリーが咲いていた丘にいるんだよ。今ごろは、サラダッテに指揮されて畑を耕しているころさ」

 「丘を?でも、あそこは砂だらけでしょ?」

 「フラリアに積もっていた砂は、みーんなあの風が空の上まで持っていってくれたんだよ」

 ばぁばが、うれしそうに笑っている。

 「ねえ、ばぁば」

 「なんだい?」

 「またあの丘にブルーフェアリーの花が咲くかしら?」

 「心配しなくてもいいよ。じきに丘一面にブルーフェアリーの花が咲くからね。なんたって、あのサラダッテがついているし、ここにも優秀な世話人がいるんだろ?」

 幸せそうにうなずいたフレイの枕もとで、小さな種をつけ始めたブルーフェアリーが、風にゆれていた。

 

              完

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