おはよう世界と言う為に。2
趣味――?読書だよ。他に?んー、特にないけど…。
そう聞かれ、そう答えると、バイト先の同期の子は「あ~ー」と小さく唸ると同時に(つまんねぇ奴だな)と察したのか「そおっぽい感じするもんね」と離れていく。そおっぽい趣味ってなんだろうか。本を読まない人が知りたい内容でもないから去ったのだろうが、いささか腹が立つ。
バイトの給料日の次の日が土日なのが重なり、自由に使えるだけの給料をATMで下すと電車で大きな本屋さんへ出向く。地下から最上階まで全部本で埋め尽くされている大型書店の本店舗というやつだ。
まず、一番上の階までゆっくりとエスカレーターに揺られる。
そのまま最上階でやっている催しや知らない分野の知らない本の配置された棚をぐるりと回り、下りのエスカレーター前で会計用のかごを持って、下の会へ下る。また同じようにワンフロアずつ端から端までぐるりと巡り、ゆっくりと棚と向き合う。
シリーズの続刊、好きな漫画、気になる雑誌、ピンときた話題の本、探すために顔をあげる、手にしたけどしっくりこない本、昔見た本、読むのをやめた本、イラッとする本、珍しいポップ、文房具、邪魔な客、欲しかった本、本、本、本。
「全部で1万8420円になります」
本屋さんの大きな紙袋に全てを詰め込んでもらい、そのまま駅前の大きなデパートでお歳暮に贈る様なでっかい缶入りのクッキーを買う。お茶はまだある。
夕餉の前にお風呂をすませたら、さっと残り物を食べて腹を満たす。やる事をやったらたっぷりお湯を沸かし、ティーポットに紅茶を用意する。お気に入りのカラトリーを気分で選び、小さなトレー(これは零しても本が汚れないため)に全て載せて、窓辺の読書コーナーに持っていく。
ビックリするような値段の、アンティークのテーブルライトを灯す。丁寧に包装を解き、銀色の缶を開けると、宝石の様なお菓子が並ぶ。紅茶を注いで一口飲む。
―――あ~ー。
聞かれた時の事を思い出す。あの「読書だよ」といった瞬間の熱が冷めていく相手の顔を思い出す。人に趣味を聞いておいて「つまんなさそう」と判断したあの子に、これを見せたらどう言うだろう?映え~とかで済ませたらこっちが後悔しそうだな。誰に聞かれる事のない趣味で、良かったのかもしれない。
まだ暑い日が続くのでベランダに続く窓を開けると、さぁっと涼しい風がレースカーテンの薄い膜を揺らした。ビル街の明かり、夜の匂い。ページを開けば始まる物語。読書開始の合図を鳴らしてくれる。贅沢で、至福な、私の趣味―――読書。
明日、朝を迎えるまで、この最高の趣味は続くのだ。