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20代最終日に寄せて。

こちらは9月20日の21時。サンクトペテルブルクは日本よりも6時間遅い。

日本ではすでに21日になっていて、それはつまり私の20代最後の日がはじまったことを意味している。

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まるで年をとることに抵抗するかのように西へと向かってみたけれど、20代最後を縁もゆかりもないロシアで過ごしてみようと思ったのはそれなりに理由がある。

以前このnoteでも書いたけれど、10年前の今日はNYにいた。

そのときに目にしたもの、気づいたこと、感じたことは私の20代の過ごし方に大きな影響を与えてくれた。
私の価値観のひとつである『多様性の受容』は、バックグラウンドの異なる人たちが時折ぶつかりながらもエネルギッシュに生きる様を目の当たりにしたことが根底にあると思っている。

だから30歳になるときも、次の10年に影響を与えてくれそうな場所に行こうとずっと前から決めていた。

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そんな経緯があって冒頭のnoteにも書いた通りヨーロッパに行こうと計画していたのだけど、のっぴきならない事情があってヨーロッパ行きは少し延期することになった。

ぽっかり空いた誕生日前後のスケジュール。

10年前と同じように、純粋に自分だけの意志で行ってみたいと思うところはどこだろうかと考え始めた。

そこで一番はじめに思いついたのがサンクトペテルブルクだった。

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きっかけは、ちょうど数週間前に読んだ『女帝エカテリーナ』の中で、エカテリーナ2世がロシアのことを『西洋でも東洋でもない、私を惹きつけてやまない国』と表現していたことだった。

私はこの2年ほど東洋や日本の精神性について興味を持って、本を読んだりゆかりの場所に出かけてみたりしてきた。
しかし己を知るだけでは片手落ちで、他の場所に訪れてみてはじめて『日本/東洋とは何か』をもっと感覚的に知ることができるはず。

そう思ってヨーロッパに行こうと思っていたのだけど、その前に西洋と東洋が交わる場所を訪れてみたいと思ったのだ。

日本からヨーロッパまでは、飛行機に乗ってしまえばあっというまだ。

しかし飛行機で十数時間飛んでいる空の下には、それぞれの文化がゆるやかに交わる無数のグラデーションがある。

まったく異なる文化圏に一足飛びに行くのではなく、その緩衝地帯を一度経験することで、グラデーションの中では何が残って何が削ぎ落とされているかを知りたいと思ったのだ。

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もうひとつこの国が面白いと思ったのは、ロシア人ではないドイツ生まれのプリンセスを皇后から女帝に変え、国を繁栄させた歴史があるということだ。

エカテリーナ2世はもともと北ドイツの田舎生まれで、皇太子との結婚のためにロシアにやってきた。結婚前の名前はゾフィーという。

当時のヨーロッパは各国が政略結婚のために国を超えて結婚していた時代ではあるけれど、結婚後に外国人が女帝として統治者になるのはかなり異例と言えるだろう。

しかも夫である皇太子が即位した後、皇帝としてのあまりの無能ぶりにクーデターを起こして夫を廃位に追い込み、自ら女帝となる流れは史実とは思えないほどドラマチックだ。

もちろん外国人であるエカテリーナの統治には疑問の声もあったという。それでもロシアの繁栄のために全力を尽くし、結果的に領土を大きく広げてロシア繁栄の礎を作ったことで名実ともに女帝として君臨していく彼女の人生は、何もないところから知力と努力によって偉大な事業を成し遂げた究極の例ではないかと思う。

『女帝エカテリーナ』の中で、エカテリーナが幼少期からロシアへの憧れを持っていたことがわかる描写がある。
自分はロシアという国を率いてさらに繁栄させていく人間なのだという確信と、そのための努力を惜しまなかったエカテリーナ。

しかし彼女のロシアへの憧れは単なる権力欲ではなく、使命感ゆえのものだったというのが漫画内での描写だ。

どこまでが真実かは定かではないけれど、『私が導かなければならない国民たちがいるのです』と強い使命感を滲ませながら語る場面が本当なら、彼女は天性の統治者だったのだなと思う。

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そして彼女の政治において私が一番興味を持ったのは、文化教育の整備に力を注いでいたことだ。

当時は国として領土拡大していた時期でありながら、単に物資面で豊かにするだけではなく文化レベルと教育水準をあげ、本当の豊かさを目指したのが彼女の政治だった。

その結果としてエルミタージュ美術館やロシアバレエをはじめとする芸術が根付き、国を発展させていった。

『栄華を極める』とは単に領土や資金をたくさん持つことではなく、たくさんの人を精神的にも豊かにし、活気溢れる国を作ることをいうのだと彼女の人生を通して改めて感じたのだった。

こうして『女帝エカテリーナ』を読み終わった頃にはすっかり彼女に興味が湧いてしまい、女帝が繁栄させた街を実際に見てみたいと思うようになった。

そんな思いつきをきっかけに、私は今ロシアにいる。

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実際に歩いてみたサンクトペテルブルクの街は、たしかに西洋的でありながらもどこか東洋の神秘的な雰囲気とゆったりした空間の使い方が印象的な、どこの国とも違う独特の街だった。

高い建物は少なく、どれも長い間使われてきたことがひとめでわかる歴史のある街並み。

エルミタージュ美術館前の広場はきっと、エカテリーナ2世が統治していた300年前からほとんど変わることなく国の行く末を見守ってきたのだろう。

首都はすでにモスクワに移ってしまったけれど、サンクトペテルブルクの街を歩いてみて、エカテリーナ2世が作ろうとした国の理想像を少しだけ垣間見た気がした。

彼女が人生をかけて作ろうとしたのは、質実剛健な強さを持ちながらも華美で流麗な明るさもある、矛盾した要素が織りなす世界だったのではないだろうか。
自分自身も多くの矛盾を孕む人生を歩んできたからこそ、矛盾を矛盾のままに受け入れて前に進める人だったのではないか、と。

田舎の貧乏貴族という何者でもない立場から、大国ロシアの女帝にまで登りつめ、国家繁栄のために尽力して国民からの支持を集めたエカテリーナ2世。
彼女の華々しい人生の裏にあった矛盾と葛藤は、立場こそ違えど現代の私たちにも通じるものがあるのではないかと思う。

これからはじまる30代でどんなことが起こるのかはまだわからないけれど、どんなときも品位と威厳を失わないこと、自分の使命をまっとうするために努力すること、そして矛盾やグラデーションを受け入れて前に進むことは胸に刻んで次の10年を生きていこうと思う。

もうすぐ、30代の幕が上がる。

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20代よりも豊かに、でも軽やかに、私だけのオリジナルな道を歩んでいこうと思う。

***

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今日もいい日になりますように。

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