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私が本を持ち歩く理由

ある日用品店のアルバイトをしていたとき、私は必ず本を持っていった。
それは単なる暇つぶしのためではない。
鞄の中にもう一つ別の現実とは異なる別世界が広がっている、と考えたとき私の心が軽くなるからだ。

私は日用品店のレジ業務をしていた。
商品のバーコードを読み込んで、清算するだけの単純なバイトだと思う人もいるかもしれない。
しかしやってみると、もたついたり、商品をカゴに詰めるのが上手くいかなかったりして、お客様を待たせたこともあった。
すると、もちろんのこと怒られる。
しかも、人の怒りとはなかなかおさまらないもので、お店を出るまで永遠に毒を吐き続ける。
店内に響き渡る自分へのクレームをききながら、別のお客様の接客をやっているときのみじめさが1番心にくる。
もちろん、アルバイトを続けていると不慣れな私の対応にも感謝してくれるお客様やむしろサポートしてくれるお客様にも出会える。
そのときは人の心のあたたかさ、みたいなものを感じることができた。
それでも、レジのアルバイトへ向かうときの足取りが軽いものになるときは一時たりともなくて、毎日嫌で嫌で逃げ出したかった。

そんな逃げ出したくても逃げ出せないとき、私は本を持っていく。
読むために持っていくのではない。
ここじゃないどこかで、私ではない誰かになって、豊かで自由な別世界へいくためだ。そうすることで、私の心は軽くなる。
そして今日も黒いリュックの中に1冊の本を忍ばせている。

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