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【ネタバレあり】シン・エヴァンゲリオン劇場版:|| の感想と半考察と謎【ネタバレあり】

注意:以下の感想はネタバレを含みます。 


シン・エヴァンゲリオン劇場版:|| を新宿バルト 9 で観てきた。
取り急ぎ、劇場から帰ってすぐの所感を雑に綴っておきたい。

所感

展開自体はかなり順当な内容で、丁寧に物語が閉じられたと思う。旧劇場版、TVシリーズ、コミックス版の展開を意識しながら、新たな分岐や逆転を加えた上で、新劇場版で随所に散りばめられていた伏線を回収し、父と真剣に向き合い、母の隠された意思を知るという大きな目的が達成されたのではないか。

観客に驚きをもたらしたのは、シンジが迎えた全く新しい結末だろう。結果的に彼が選ぶことになったマリも、この結末をもたらすために登場した感さえある。ただ、結末の展開という意味ではコミックス版を読んでいると何となく予想できた内容である感があるが、これはこれでコミックス版のネタバレになってしまうので詳しくは書かない。

特に印象的だったのは、これまで母と子の関係が中心的で、父親像があまり描かれていなかったエヴァシリーズで、これほど多くの父親像が描かれているという点。ゲンドウをはじめ(子との関わりはないが)加持、トウジと、主要キャラが、みな一様ではないが父親になっていた。

また、母親像についても新たな追加点があった。旧劇場版ではシンジの母親代わりになれなかったことを悔いていたミサトだが、今作でも任務一筋の不器用な母親(ある意味、ゲンドウの女性版ともいえる)であったことを後悔するという描写は特筆に値するだろう。

ストーリー展開については、Q と比較すると前半部(時間測ってないけどシンジがマイナス宇宙に足を踏み入れ、ゲンドウと対峙するまで)の展開のわかりやすさが特徴的。ヴンダーは冒頭のユーロネルフ跡地を経て、すぐさま作中最大の因縁の地に向かう。しかしながら予定調和的な展開ではなく、しれっととんでもない事実が会話上明らかにされることが多く、開始後 20 分後からは驚きの連続だった。

今作で個人的に良かった点は以下のふたつ。

親父と向き合うパートの充実ぶり

まず、旧劇場版では少ししか描かれなかったシンジとゲンドウの向き合いが描かれている点だ。移動するネルフ本部の最深部、ヴンダーでは到達できないマイナス宇宙のゴルゴダオブジェクトで、ゲンドウを取り込んだ第十三号機と、シンジを載せた初号機の格闘が、二人が共有する精神世界の一幕として描かれる。

マイナス宇宙のシーンでは、これまでの新劇場版の作中シーンを舞台とした特撮映画の撮影かのように二体の戦闘が描かれている。まるで師弟関係にある俳優同士が特撮映画の殺陣の稽古をしているかのようなシーンだ。これはマイナス宇宙、裏宇宙と呼ばれている作中シーンが、現実世界であることを示唆しているようにも感じられ、劇中劇的展開とも解釈できると感じた。

合わせ鏡のように同じ動作をする二体からは、ゲンドウもまたシンジの写し鏡であり、同様の葛藤を抱えていたことが暗示される。そこでゲンドウは、旧劇場版でほとんど描かれることのなかった自身の半生と、過去の苦悩を語り始める。父親像の印象が薄いゲンドウだったが、旧劇場版におけるシンジの独白にも劣らない量のセリフでそのほの暗い半生を語っている。

ユイの最終的な目的が明らかになった点

旧劇場版では自らの意思で初号機に留まるという目的を果たすために数多くの登場人物の人生を狂わせ、そこはかとないサイコパス感が漂っていた(個人的感想)母・碇ユイだが、新劇場版では終盤でその最終的な目的が明らかになり、シンジは後ろ髪を引かれず別れることができる。後味がよくてよかった。

エンドロールで流れたアレンジされた Beautiful World もよかった。旧劇のようにエンドロールがない可能性を考慮していたが、きっちりと流され、しんみり。それにしても神木隆之介には驚かされた。

なお残る謎

以下は個人的に謎だった点。前後関係の記憶が曖昧なシーンが多く、いろいろと誤解に基づいている可能性もあるため悪しからず。

結局破と Q の間にシンジがスヤァしてる間みんな何してたの?
作中では決定的な事実が一つだけ明らかにされる。ネルフからのヴィレの決起にその人物が関わっていることも確か。だがそれ以外は不明点が多い。その人物は、自分の命と引換えにサードインパクトをニアに留めたとされるため(つまり、カヲルくんと繋がっていたのだ)実はヴィレの母体は破の時点で存在し、その意思をミサトたちも知っていた可能性がある。

シンジはなぜ劇中序盤にあれほど速い精神的回復を見せたのか?
正直なところ、ここはやや描写が不足しているように感じた。序盤 20 分ほど(時間は適当)セリフもなくほぼ心神衰弱、人形のような状態で、DSS チョーカーを見てカヲルくんの死を思い出す程度にしか反応を見せなかったシンジだが、綾波の度重なるシンジ参りの末、号泣した後に再起する。

その後のシンジの腹のくくり方、精神的安定性は異常だ。他の登場人物からも一様に一皮むけたと評される。シンジをワンコと呼んできたマリも、ついに「シンジくん」と呼び始める。何がシンジのスイッチを入れたのか?綾波のあの言葉?でもそれだけ?もし綾波のそっくりさんの献身的な態度がシンジを再起動したのなら、なぜその崩壊後にもシンジは(それほど)取り乱さなかったのか?

第三村と第三新東京市との位置関係は?
第三村のはずれのビルドハウスにて、彷徨うシンジを探す綾波(のそっくりさん)に対し、アスカは「ネルフ第 2 支部◯◯」跡地にいると伝えるが...。第 2 支部って海外じゃないの?(一瞬の会話だったので聞き間違いの可能性もある)

パイロットたちの生い立ち
Q 終盤で、 L 結界密度が濃い、赤い大地にいる時点でパイロットたちは既にリリン(人類)ではないという疑惑があった。実際、アスカは使徒を左眼に取り込んでおり、人外になっていた。それは破の時点で起きたのは明らかだ。そして今作では更に衝撃的な事実が明かされる。なんと、アスカは綾波と同様に...。

だがその他のパイロットたちの真の生い立ちはまだ謎に包まれている。また、シンジはアスカにより「リリンもどき」と呼ばれていたが、どのタイミングで人外に近づいたのだろうか。ニアサーを起こした時点?

ケンスケとアスカの関係はいつから始まっていたのか?
たしかに消去法(失礼)的にはこの二人がくっつくが...。いつから?破の時点でこの二人ってそんなに関係性を匂わせる描写あったっけ?トウジがシンジたちをピックアップできたのも、アスカとケンスケに関係があったためだと思うが...。これも破と Q の間のストーリー案件なのか?

第三村でシンジを迎え入れるトウジたちに「大将」が持ってきた酒瓶に書かれていたシリアルナンバーに隠された意味は?
一瞬だったので見逃してしまったこともあり、わからなかった (T_T)。「US... 」から始まっていた気がするが...。

アスカが第三村から離れた場所にとどまり、村の人々と交流しない理由とは?
何らかの理由があると本人の口から述べられていたが、謎。使徒を取り込み、リリンでなくなっていることが関係するのか?

ミサトはセカンドインパクトが父の構想だったとどの時点から知っていたのか?

序・破では家庭を顧みず憎んでいた父に命を救われたことがミサトが使徒に立ち向かう理由として描かれていたと記憶しているが、冬月によって明らかにされたこの衝撃の事実も「父の世迷い言」と即座に斬って捨てており、初耳だったら衝撃すぎる内容にも動じていない。

ではいつから知っていたのか?また、今作ではミサトの行動理由は、加持の遺志を継ぐためであることが強調されており、ある意味父への感情の決着をシンジより先に果たしていたともいえる。

鈴原サクラが帰還したシンジにかけるセリフ、公開前に Twitter でネタツイとして見かけた内容に似てるような...
たぶん気のせい。

なぜ冬月だけが旧劇場版と同様 LCL に還ったのか?
そして、それをもたらしたと示唆されるのがマリなのは何故?冬月がマリを指して言った「イスカリオテのマリア」とはどういう意味か?ユダと対応するなら、裏切り者?でも、何の?

「オーバーラッピング」って何の意味があったの?
謎多き登場人物、マリ。破の序盤からしれっと登場し、作中人物とそこまで絡むこともないが印象的なシーンでは必ず登場し、これまでのエヴァシリーズには存在しない数々の要素を兼ね備えた、まるで「エヴァファンが二次創作で描きこんだオリジナルキャラ」のような雰囲気が漂う謎キャラだ。

その連想でいくと、この用語自体がエヴァシリーズの結末を上書きしてあのエンディングを迎えること自体を指しているともいえる...?作中では 8 号機をオーバーラッピング対応型機体として言及していた。いくつかのエヴァモデルが重なっていたような気がするが失念。あれは何?

カヲルくんの迎える結末で見られる加持とのイチャつきは何?
最終盤、メインキャラたちがそれぞれの望む結末に向かうかのような(?)回想シーンで、再び登場した加持はカヲルのことを渚司令と呼ぶ。加持は前述の通り、サードインパクトをニアに留めた張本人であるとされるため、破の最終シーンより前にカヲルくんと繋がりがあったのは確かだろう。で、なんでゲンドウの位置をカヲルくんが占めていて、加持と睦まじく会話してるの?それがカヲルくんの望む結末なのか?

なぜ最後にシンジを迎えに来たのはマリだったのか?

タイトルの直前で、マリは遂にシンジを「シンジくん」と呼び、何があっても助け出すと宣言する。シンジを「ワンコくん」と呼び続け、組織の犬扱いしてきたこれまでの態度では想像ができない展開だ。何がこの展開をもたらしたのか?シンジが絶望の淵から立ち直ったから?

マイナス宇宙に踏み込むシンジに対してアスカの救出を強く求めている点は、これまでの仲睦まじさから容易に理解できるが、なぜここで急に(綾波が発破をかけたことにより殻を破ったとはいえ)シンジの存在を承認し、最終的な結末を方向づけたのかはまだ個人的に理解できていない。

ヒントになりそうな描写として、ゲンドウの幼少期は、庵野総監督の故郷・宇部市を彷彿とさせる工業地帯を背景に描かれている。そこでゲンドウには庵野の人格が映し出されていると考えられる。同様に、シンジにも庵野の半生が投影されていると考えると、マリ=モヨコ?

「エヴァンゲリオンがない世界」とは?

10 年以上に渡る新劇場版の製作を完了し、呪縛から解き放たれた庵野(≒ シンジ)とモヨコ(≒ マリ)がたどり着いた世界?

他にもあった気がするが、思い出したら追記する。

そして二回目の観劇へ...

中盤あたりからトイレに行きたくなったこと、また東北地方を震源とした大きめの地震で劇場が揺れたことにより集中力を削がれていたのでもう一度観るぞ。あと、次回はパンフレットも買ってこなきゃ。二回目を観終わったらこの記事も増補改訂したい。

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