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【短編】理想のさよなら

誰でもない誰かの話



業者が庭を訪れて
放射線測定をしている時だった。

「別れましょう、私たち」
俺は辻仁成を読みながら
真心ブラザーズを聞いていた。

震災があって、
少し忙しくはなったけど
平穏な日常に
ふと訪れた別れ話。
釣り好きな主人公と同じ世界にいたが
一気に現実がなだれ込んできた。

「なんて?」
妻の呟きは空耳だったかもしれない。
サマーヌードの歌詞と聞き間違えたんだ。
「別れましょう。」

最近妻と話していたのは
海外旅行の話。
別れ話なんかしたことがない。

「あなたにとって
急な話だけど
私はずっと考えていたの」

ドラマチックなセリフだった。
引用したとしか思えない。
歌の歌詞なら
ジャスラックに
お金を払わないと。

「誰に教えてもらったの?そんないいセリフ」
思わず、書き留めていた。

「離婚届はもう書いてある。」
見せられて
この紙に俺の日頃の行いを
指摘されているようだった。

だけど、俺は何をした?
医師であるため、家を空けたことが
別れの原因か。

「あなたのことは嫌いじゃない。
あなたの仕事は尊敬してる」
妻は医者でも看護師でもないが、
医療関係の仕事をしている。
「だったらなんで?」

俺は妻を愛している。
その言葉は、そのままで、間違いない。

「つまらないの。」
目の前でそう言われて
何がそう思わせているのか
頭を動かしても思い浮かばない。

「あなたは、家にいても、
私じゃない人を思っているし。」
コピー用紙とボールペン。
付箋と修正テープ。
「誰のために何をしてるの?」
本にiPod。
「私のために何もしてくれない」
片耳にハマったままのイヤホン。
「いや、ごめん」
「ずっと、そう思っていたの。」
曲は次々に再生されている。
なぜ入れたか忘れたクラシック曲。
ああ、病院で朝かけるためだった。

キッチンにはまだ洗っていない食器が
シンクで水浸しになっている。
「あなたの唾液がついた食器を洗いたくないの」
拒絶に近い言葉だ。
「それなら俺が洗うから」
「あなたのために料理をしたくないの」
それならしなくても良い。
世の中には、
作らない人のためのシステムが溢れている。
「もう私は、あなたといたくない。」
「何がいやだった?」
「さっき言ったの聞いてなかったの?」
「聞いてた。
なんでそう思ったか教えて」
「めんどくさい。そういうの。」
俺から、目を逸らして、
別の部屋に消えていく。

今のは夢で
明日も明後日も一緒に飯を食うだろう。

だけど、目が覚めない。
現実はこっちだ。

何を間違えたんだ?
一体。



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#息つぎがわからない今日はお休みです

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